第2話「抵抗」
カルメンは、借金を理由に家からの退去を告げたが……
パティは、借金自体が無効だと主張し、認めようとしない。
「そんな違法な、借金知らないっ! あんた達みたいな、最低な愚連隊は帰って!」
「愚連隊? 誤解だよ、あたし達は庶民に優し~い慈善団体さ」
あくまでも惚けるカルメンに対し、パティは叫ぶ。
「何が誤解よ! 何が庶民に優しい慈善団体なのよ! 私、商店会のおじさん達から聞いたわよ! 赤蠍団っていう名前の、あんたがリーダーやってる愚連隊じゃないの!」
パティは、怒りを露わにして、立て続けに言い放った。
しかしカルメンは、パティの『非難』など、軽く聞き流している。
腕組みをして「にやにや」笑っているだけだ。
「愚連隊なんて失敬な。それにいくら帰れと言われても、あたし達は帰らないよ、あんたを、立ち退かせる仕事が終わっていないからね」
「うううう」
犬のように唸るパティを見ても、カルメンの表情は変わらない。
だが、いきなり!
がらりと、カルメンの口調が変わる。
「おい、パティ! いい加減にしな。もう一度きっぱり言うよ! 借金の形に、お前の家は赤蠍団が貰い受けたんだ!」
凄みのあるカルメンの声が大きく響いた。
しかし、パティは全く臆さない。
「私だってもう一回言うわっ! そんな非道な事は許さないっ! 私を騙してっ!」
「へぇ、騙す? さっきから言わせておけば、人聞きが悪いよ。あたし達はね、明日の生活にも困っていたあんた達に、ほんの好意で金を貸しただけだろ。借りたモノは返さなきゃいけないよ! 親から習わなかったのかい?」
「良く言うわ、詐欺師! 私や人の好い商店のおじさん達を騙して高利の借金を背負わせ、払えないとみるや、脅して家を容赦なく取り上げようとしてるでしょ!」
商店主達が、カルメン達を嫌い、怖れていた理由が明らかになった。
パティの家だけではない。
赤蠍団は不当な借金で、この付近の土地全てをを強奪しようとしていたのだ。
しかし、カルメンは全く悪びれていない。
「高利? 知らないね。あんたは無効だと吠えているけど、あたし達はちゃんと、法にのっとってやっているから」
「詐欺師! 人でなしっ」
「黙りな! そんなの、借用書をちゃんと読まないあんた達が悪いんだ」
「くううう……」
「耳かっぽじって聞きな! あたしたち赤蠍団がこんなしょぼい商店街はぶっ潰す」
「な、な、何ですって!」
「そうさ! いらねぇ建物をぶっ潰して、真っ平らな土地にして、賑やかな酒場や綺麗な娼楼をガンガン造って、がっつり稼げる素敵な縄張りにするんだよ」
赤蠍団の野望……
それは、このそよ風通りを完全に失くす事……
パティの家を始めとして、商店街を全て潰し、容赦なく整地。
その跡地に……派手な歓楽街を作ろうとしているのだ。
カルメンの言葉を聞いたパティはショックのあまり、ギリギリと歯ぎしりする。
「そ、そんな事は! わ、私がさせないっ!」
「はい~? 何だって?」
馬鹿にしたように返すカルメン。
パティはキッとカルメンを見据え、きっぱりと言い放つ。
「そよ風通りは! 私の故郷なのよ! お父さんとお母さんと皆の思い出が詰まった大事な大事な故郷なのよっ!」
「へぇ、故郷? ここが? こんなしょっぱい、しけた通りがかい?」
「うるさい! 私の故郷を馬鹿にするなっ! そよ風通りをなくすなんて許さない! 私はあんたなんかに負けない! 絶対にそよ風通りを元通りに! にぎやかにするんだから!」
パティの声は、カルメンより更に大きく響く。
声量は、結構なものだ。
カルメンはうんざりしたように、指で耳をふさぐ。
「ああ、もう餓鬼の御託や夢物語は聞き飽きた。さっきからやかましいし、うるさい」
「あばずれカルメン! 絶対に許さないから!」
「許さないだ? ふざけるんじゃない。はん! こんな、ちんけな小娘は下級娼婦にもなりゃしない……さあ、野郎ども!」
「「「「「おうっ!」」」」」
カルメンが叫び、配下の少年達が応えた、その時。
「し、仕方がないっ、噴き出よ、水流!」
パティは、言霊を詠唱した。
言霊とは呪文とも言い、魔法を発動する際に詠唱する特別な言葉である。
どうやらパティは魔法使いらしい。
カルメンを、魔法の力で撃退しようというのだ。
しかし、カルメンは全く動じない。
動じないのも当然である。
パティの指先から放たれた水は勢いよく飛び出したが、正面に立つカルメンの鎧を「ちょびっ」と濡らしただけだ……
「う~っ、ふ、吹け! 爽風!」
続いて、パティの指先から風が巻き起こった。
しかしその風は、カルメンの逞しい体躯に当たったが……呆気なく四散した。
「何だい? 濡れた洗濯物でも乾かすつもりかい? ならもっと吹かせないと、あんたが濡らした、あたしの鎧が乾かないよ」
カルメンの言う通りであった。
今、パティが使った風の魔法は生活魔法。
いわゆる初歩の魔法であり、洗濯物を乾かすくらいにしか、役には立たない。
「くうううっ」
悔しがるパティに対し、カルメンはきっぱりと言い放つ。
「ははは、聞いてるよ、パティ。あんた駆け出しの魔法使いなんだってね? でも生活魔法しか使えない初級魔法使いじゃ、恐るるに足らず。そんなちんけな魔法、あたし達にはぜんぜんっ、通用しない」
カルメンが、パティを調べ上げていたのは、この為であった。
普通の人にとって、世の決まり事をあっさり覆す超常現象――そんな魔法は脅威でもある。
どんなに逞しい戦士でも、魔法の前では、呆気なく敗れ去る可能性もあるからだ。
しかしパティの生活魔法では、このような戦いの役になど立たない。
自分の魔法が全く通じず、パティは歯ぎしりする。
「うぎぎ~、くっ、悔しいっ!」
「あはははは、それで魔法使いのつもりなのかい? 大笑いだね! さあて、速攻でこの子を排除しな!」
「「「「「へいっ!」」」」」
今度こそ実力行使!
少年達が応えた、その時。
にゃお~ん。
可愛い鳴き声が、部屋に響いた。
一匹の白黒ブチ猫が「とことこ」歩いて来て、パティとカルメンの間に「ちょこん」と割って入ったのであった。
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