第6話 ちょっとドラゴン倒してくる
ドラゴンを倒したことのある美少女天才魔法使いたる俺が、まさかこちらの世界の不良相手に負けるなんてな。俺の前に魔王が赤子同然にひねられていなければ魔法使いなんて辞職していたかも知れない。
しかし魔法使いを辞職するとどうなるんだろうな。別に定期収入とかないし、誰かに雇われているわけでもない。
これは魔法使いを冒険者(※1)に代えたとしても同じだ。
勇者のパーティーなんぞに参加しているが、ありていに言えば好き勝手旅しているだけ、というのが世間的な扱いなのだろうか。
あんまりだな。魔王を倒せたから良かったものの、もし倒せていなければニートと大差なかったのかも知れない。
とは言え、もちろん勇者と旅をしていれば人から感謝されたり莫大な報酬をもらったりすることも多い。
かくいうドラゴン討伐の時が良い例だろう。
◆
「ドラゴン討伐?」
カボチャのパイを食べながら、巨乳と貧乳の哲学的な違いについて思案していると、貧乳のラプスが「ドラゴン討伐へ行こう」と言ってきた。何それ、ゲームかよ。
「近くの谷で暴れているらしいんだ。さっき行商人から聞いた」
剣は振ってもナイフは使わない――あるいは使えない――勇者は片手でそのままパイをつかんでかじりついていた。ぽろぽろとパイの欠片がこぼれる。
「暴れさせておけば良いだろ。ドラゴンにだってそういう気分の時があるだろ」
「ドラゴンの事情は知ったことじゃない」
「そうだろうけどさ、谷だろ? 別に困らないだろ、ちょっとぐらい好きにさせてやれよ」
俺とラプスは旅の道中、小さな村に寄っていた。
村に寄ってもすることは特になく、久々に屋根のあるところで眠れるという以外はこうやってまともな人間の食事ぐらいしか目的もない。
適当に入った――というよりこんな村には食堂のような店は一軒でもあれば僥倖――年配の婦人(※2)が切り盛りする店で昼食を取っていた。
料理の味は悪くないし、年齢の割には婦人も可愛げがある。
俺はおよそ一ヶ月ぶりに平穏と小さな幸せをカボチャパイと一緒に噛み締めていたのだが、どうやらこの勇者の頭には戦闘と殺戮しかないらしい。
まあでも、ドラゴンね。
良いかも知れない。せっかく異世界へ転生したのだ。それっぽいことをもう少ししても良いのでは? と思っていた。
魔法こそ使えて、勇者と冒険こそしているものの、俺の日常は非常に地味でしんどいばかりだった。何かが決定的に足りていない。俺はおそらく胸の大きい女性では? と推測しているが、もしかしたらドラゴンのような、模範的ファンタジー要素なのかも知れない。
だいたいこの異世界、今のところ割と平和で森やら山やら――人里からかなり離れた場所にでもいかなければ基本的に魔物なんていないのだ。
「ドラゴンねえ、どうせでかいワニみたいなもんだろ。軽くひねってやろうじゃないか」
俺の言葉にラプスも満足したように肯く。
半分ぐらい残っていたカボチャパイを一口で頬張ってから、「賛成してくれて良かった。ドラゴンを倒せば、路銀の足しにもなる」
「路銀? え、金もらえんの?」
「そうだよ。基本的にドラゴンみたいな大型の魔物は倒せば国から報奨金が出る」
「まじかよ! それ先に言えよ! 十匹ぐらい倒そうぜ!」
と勇ましくも俺とラプスは谷へ向かったのだが。
「……でかいな。うん、思ってたよりでかい」
谷を降りるまでもなく、丘の上――ちょっとした岸壁の近く――からでも十分姿が見えるほどの大きなワニがいた。
サイズは目算、十六メートルぐらいはある。鎌倉の大仏が立ち上がったくらい――あるいはビルだと五階分くらいか?
いやいやワニとかそういうレベルじゃねえよ。あんなでかいワニいてたまるか。ギュスターブでもあそこまででかくねえぞ。
「ネクロ、準備は良いか」
ラプスは剣を抜くと、軽々しく言う。
「準備だって? 何の準備したらあいつを倒せるんだよっ!? 大砲か? ミサイルか?」
「そうか、準備は必要ないみたいだな」
「待て待て、おいおいその剣であのドラゴンと戦うのか? あいつから見たらそんなもん爪楊枝だぞ! それで何ができるって言うんだよ!」
「勇者の剣は敵を倒すためにある」
何を言っているんだこいつ。
くそ、やはり巨乳イコールバカ(※3)みたいな偏見がある一方で、別に貧乳だからと言って賢いわけではない、というのは自明の理というやつらしい。
同じバカなら巨乳の方が断然特じゃないか!
「……うん、私は遠くから魔法で援護するから」
もしこのバカがぱくっとドラゴンに食われたら見なかったことにして速攻逃げよう。俺は巨乳の神にそう誓ってから、魔法の準備をする。
簡単な詠唱をいくつか唱え、強力な魔法の下準備を行うわけだ。
俺は微粒な電磁波――静電気の尖っているやつ――を空気中にまき散らす。俺のキューティクル溢れる髪が少しばかり逆立つ。枝毛にならないか心配だ。
広範囲に帯電させ、トドメの一撃を放てばその電気は拡散し、増長し合うように強力な雷となって谷底へ落ちるだろう。俺は知っている何も氷だけが弱点じゃない、あいつらは飛行タイプもあるから電気だって弱いはずだ。
するすると谷底へ降りていくラプスを遠巻きに、俺は十分に電力を貯める。オール電化状態だ。
ドラゴンの方は小さいものを気にとめない性格なのか、気が立って回りが見えていないのか、まだ俺にもラプスにも気づいていない。グルグルとうなりながら、谷底を徘徊しているだけだ。
あとはタイミングを見計らって魔法を放つだけだが。
待てよ、このままもし、もしもだ。
ラプスがあの爪楊枝でドラゴンを倒したら、竜殺しの英雄はあいつだ。
何せ勇者だからな。
俺の扱いは、ああ魔法使いもいたのね、どうせ女の子だしオマケみたいなもんでしょ、メインで倒したのはこっちのゴリラ勇者でさ、となるのではないだろうか。
くそ、せっかく異世界を求めて来たのに、このままじゃドラゴンスレイヤーになり損ねてしまうではないか。
そうだよ。
こっちは距離もあるし、強力な魔法が今にも撃てるんだ。
あのバカに手柄を譲る必要なんてないじゃないか。
さっさと撃って俺がドラゴンを倒してしまおう。
そうすれば俺は晴れて国民的美少女天才魔法使いだ。
今だって十分そうだが、何せ地味な冒険しかしていないせいで認知度はせいぜい両親と村の愉快なやつらに魔法学校の連中くらいだろうからな。
ああ、喝采が、人々の羨望が目に浮かぶよ。
あのでかいドラゴンを倒せば、異世界での俺の冒険が本当に始まる気がする。
「嘶け雷っ! あのワニを始末しろッ!」
雷撃がドラゴンへ一直線と伸びて、弾けるように散った。
バリバリという音が遅れて鼓膜に打ち付けられる。
やったな。ついでにラプスも黒焦げにしちまったかも知れないぐらいだ。
その時は、あいつはドラゴン相手に一歩も退かず最後まで勇ましく戦った――と俺の伝記に書き記してやろう。
「グルルルルッ」
ぬらついた青い鱗が少しだけ黒ずんでいる。
けれど、まぶたのないどう猛な黄色い大きな目玉がぎょろりと動くと、真っ直ぐと俺を見つめた。
もしかしなくても、ほぼ無傷?
「……違うよ、誤解だから。今のはちょっとした挨拶みたいなものでさ。マッサージとか治療で電気を軽く流すようなものでね」
ドラゴンはうなりながらその巨体をものともせずに谷を上り始めた。身体からは想像できない程の速さだ。けたたましい音を立て、岸壁がぼろぼろとえぐれていくが、ドラゴンは豪快ながらも谷底から這い上がってきた。
――わかった、こいつ飛べないタイプだったんだっ!
つまり電気は弱点ではなかったらしい。おとなしく氷で攻撃しておけば――って冷静に考えるとドラゴンに氷が良く効くってどういう理屈なんだ? 火山とかにいるタイプの火竜みたいのならわかるけどさ。
余計な思考が、俺の第二撃を遅らせた。
氷どころか火の粉すら出せず、ドラゴンのばかでかい右手が俺に降りかかった。ちょっとした家くらいなら一撃でぺちゃんこにしそうだ。もちろん分厚いカーテンみたいなローブを着込んでいるだけの俺がそんなもの防げるわけがない。
「ラプス、お前の伝記に俺のことはちゃんと……」
しかし、振り下ろさるはず右手は、そっと綿でもつかむみたいに優しく俺に触れた。
「え? 何なに? どういうこと?」
もしかして俺に流れる呪われた竜の血がドラゴンに味方だと思わせている的なそういうあれなのか。
良しわかった、お前は今日から俺の相棒だ。ドラゴンスレイヤー改めドラゴンライダー(※4)になろうじゃないか。
「はは、こいつでかくてちょい不気味だけどよく見ると中々可愛げあるじゃねえの」
裁縫道具箱でドラゴン選ぶやつの気持ちとかなんとなくわかったような――と、ドラゴンの優しげな右手の爪が、俺のカーテンこと魔法使いのローブをあっさりと切り裂いた。
尖った岩石みたいな爪の前では、カーテンなんてビニールひもくらいもろい。
ローブの下に着ていた普通の服も――いわゆるユニセックスな服装――もろとも縦に裂け、俺の柔肌が露わになった。
「お、おい。待てよ。相棒でもそれはちょっとさすがにダメだろ……」
でも身体がでかいし、ちょっと手が滑っただけなのか?
「グルルッ! グルッ!」
ドラゴンは俺を丁寧に押し倒した。十数メートルの巨体は空を覆い隠すように、俺にまたがった。
「ど、どういうことなんだよ、なあ? これはドラゴンの友好の証みたいなあれか? そうなんだよな?」
「ネクロ、逃げろ! そいつはドラゴンの求愛行動だ!」
「きゅ、求愛っ!?」
ちょっと遠くから聞こえたラプスの声に、俺は思わず聞き返した。
「そうだ、こいつは発情期で気が立って暴れているんだ」
「発情期? ……お、おい、おかしいだろ! いくら発情期って言ったって何で人間相手に!」
「理由は知らない。けどドラゴンは人間の娘に恋をするんだ。これは昔からずっと続くドラコンの習性みたいなもので」
「……人間の娘に恋って」
うん、字面はちょっとロマンチックだけどさ。
今のこの状況見てよ。
大仏サイズのワニに襲われる美少女よ。
ロマンチックとかじゃねえから、ホラーだっての。
「た、助けてくれ! ラプスっ! 絶対無理だから、このサイズは絶対無理! サイズどうこうが仮に問題なくても無理だけど! ラプスお願いっ! 何でも――何でも明日の朝ご飯のおかずちょっとわけるから!」
影になってほとんど見えないが、ラプスは手に持った剣をドラゴンのしっぽに突き立てた。見たところこの鱗はかなり硬い。はぎ取ったら鎧とかに加工できそうな感じだ。
けれどラプスの剣はするりとドラゴンの肉に突き刺さった。
「グギャッ!」とドラゴンが呻く。
ちょっと慎重にやってくれよ、下に俺がいるんだからね。
「でかいな。どこも隙だらけだ」
ラプスは剣を抜いて、次は無防備な背中をたたき切ったようだ。血を流した尻尾がばちんばちんののたうち回って、背中の上の何かを払い落とそうとしていた。
なるほど、こいつはでかい身体で自分の背に手足が回らないんだろうな。
俺はそろそろとドラゴンの下から逃げだそうとするが、どたばたと暴れているせいで下手したら踏まれてしまいそうだった。
「ラプス、こいつどかしてくれ!」
「簡単に言うなよ。そこそこでかいんだぞ、こいつ」
「そこそこね……」
簡単に言ったつもりもなかったが、ラプスは簡単にドラゴンの巨体を寝返らすようにひっくり返した。俺は巻き込まれそうになるのを間一髪ですり抜け、ようやく空と再び対面できた。
良かった青い空だ。
ドラゴンの青い腹じゃない。良かった、本当に。
ひっくり返ったドラゴンは頭と首を使って、起き上がろうとしていた。なんだか亀みたいだったが、結局のところ起き上がる前に、首をラプスに両断されてそのまま動かなくなった。
赤い血を浴びながら、ラプスは「ソーセージがいいな。明日の朝食はソーセージを私にくれ」と何事もなかったように言った。
だから俺も何もなかったかのように返す。
「いや、ソーセージはダメだろ。何メイン奪おうとしてんの、にんじんとかで我慢しろよ」
恩知らず――と例え言われても、恥知らずにはなれない。
ドラゴン討伐を無事終えて帰った俺とラプスは多くの人間から賞賛を浴び、そしてかなり高額な賞金をもらった。
幸か不幸か、俺はオマケ扱いなんてこともなく「すごいよな、二人でドラゴンを倒したらしいぜ!」「勇者と魔法使いか、きっと魔法使いも凄腕なんだろうな。何せ勇者の相棒だ」という高評価を受けるわけだが。
「……私、なんもしてないですけど」
ちょっとドラゴンを黒っぽくしたくらいだ。
ダメージがどれほどあったのか。
ドラゴンの死体を武器や防具、装飾品へと加工するために買い取りに着た業者が「誰だせっかくのドラゴンの鱗を汚したやつはっ!」と怒っていたぐらいだ。俺の功績などマイナスでしかない。
「そんなことない。ネクロがおとりになってくれていたから私がドラゴンを倒せた。あいつは思いってより素早かったからな。初撃と、その後の背中の大振りを当てられたのはネクロがドラゴンに犯されそうになってくれたおかげだ」
「犯……いや、まあ、そうか。うん、そうだよな! ああ、やっぱりそうだよな!」
落ち込んだ俺を励ましてくれたラプス。
俺は、ラプスのそういうところに感謝して、今日まで一緒に旅をしてきたのだろう。
◆
「――というわけだよ、魔王。わかったかな?」
「あれ、お主は別にドラゴン倒してないよね? おとりにはなってたけど、何でドラゴンを倒した美少女天才魔法使いとか嘘ついたの?」
「おとりも戦力だから! 立派な功績だから!」
デリカシーのへったくれもない魔王に戦術というものを教えてやりたいが、そんなことは後回しで良いだろう。
「つまりだな、あの勇者は確かにお前を倒した憎むべき敵だろうが、俺にとっては大切な仲間で恩人なんだよ。というかさっきお前も助けられたんだから。ラプスが来なかったら俺もお前もどうなっていたことか……」
考えるだけでも恐ろしい。それこそ本当にAVみたいなことに――うん、考えるのもやめよう。無事なら良いんだ。
俺と魔王はラプスに助けられたあと、家に帰ってきた。放心状態の魔王はラプスが米俵みたいに担いで運んだ。
しかしあれだな、服が無事で良かったよ。こっちの世界に戻ってまで柔肌をさらすことにならなくてね。ともあれ服も身体もけっこう汚れていたし、心もっと汚されていたので風呂に入ることにした。
勝手に沸かして入るのも――いいや、ここは俺の家だしな。早く温かい湯船につかりたい。
魔王も頭からお湯に突っ込んだら正気を取り戻した。
「んなわわっ!? お、お主っ!? 何を!? ここは!?」
「風呂だ。しょうがないから先入って良いぞ」
「ふ、風呂? あの、妾は……あれ?」
その後何故か一緒に入っているが、今の俺は美少女だから特に問題もないだろう。何せ相手はラプスよりちょっと胸が大きいだけでガキだしな。俺が男でも問題ないくらいだ。
温かい風呂。やはりシャワーだけで済ますなど愚行であった。日本人の心はこの風呂にこそあると言っても過言ではない。
白金色というけったいな髪色となってしまっても、今なお俺の心は日本男児のままなのである。
はぁ、しかし早いこと下半身も男に戻りたいな。
ため息混じりの俺をさらに悩ませたのが、魔王だった。
一段落つくと、魔王は恩人であるはずの勇者に対してまたこう言うのだった。
そういえば部屋飛び出る前も言ってたな。
「あいつ、あの勇者は信じちゃダメだからね」
だから平地と山どちらが好きかと言われれば巨乳でしかない俺も、おいおい、お前さっき助けられたばかりだろうと説き、ついでにラプスと俺の思い出話までしてやったというわけだった。
おい恩知らずめ! え、俺? 俺はほら、日頃から感謝しているし、うん。
「というか、そのドラゴンの話も怪しいし。お主騙されているんじゃないの」
「騙されるってどういうことだよ(※5)」
※1 冒険者
俺は色々訳あって冒険者ギルドには入っていないし、ラプスもそうだ。ギルドに入っていれば定期的に仕事の斡旋はしてくれるらしいけれど、報酬の何割かを中引きされるし、結局ギルドから回ってきた仕事をこなさない稼ぎもない。冒険者って派遣社員どころか日雇いのフリーター並みに辛いな。
※2 年配の婦人
実際問題、いくつ上までストライクゾーンなのか。しかしそれは年齢という数字だけで明確に語ることが出来る問題なのか。俺はバストサイズ以外の数字はあくまで参考値みたいなものだって思うんだよね。そりゃ七百歳とかはさすがに無理だけど。エルフの美少女? 吸血鬼の姫? バカ野郎、そういうのは別だろうが!
※3 巨乳イコールバカ
ブロンドの巨乳はバカってのはいったいいつから生まれたイメージなんだろうな。映画かな。確かにたいていのゾンビ映画とかで金髪巨乳はあっさり殺さてる気がするけど。ん? もしかしてだからミラ・ジョヴォヴィッチは無事なのか?
※4 ドラゴンライダー
危うくライドされる側になりそうでしたね。でもまあ、ある意味俺もドラまたを名乗っても良いんじゃないか? ドラゴンにまたがられたわけだし。
※5 騙される
俺はパッドには騙されないよ。わかるからね、服の上からでも。プロだもん。