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Neoネくら魔's  作者: Reサクラ
勇者編
2/21

第1話 美少女天才魔法使いの華麗なる軌跡と帰還

 俺は学校の屋上から落ちて死んでしまったが、不思議なことに異世界へ転生して美少女になってしまった。


 ただの美少女ではない。

 美少女天才魔法使いだ。


 転生ってのは赤ん坊からおぎゃあと生まれ直して、また一から人生再出発するわけだが、さすがは二回目の人生だ。もう好き勝手し放題よ。


 そもそも俺は元の人生からして再出発する必要のないくらいベリパピだったわけで、そいつを二回目ともなると平凡な生活ってわけにはいかない。

 前世より女神に愛され才能にも恵まれた俺は、乳歯が生えそろう頃には美少女天才魔法使いの頭角をすっかりと現していた。


 それもそのはずだ。

 何故だか知らないがが、この世界で魔法を発動させるために唱える古い妖精語は、元いた世界の元いた国の言葉――日本語とほとんど同じのだ。


 パツプラ(プラチナ髪のこと)のママンのお腹でたっぷりこっちの言葉を聞いていたおかげで、こっちの世界の言葉――なんとなくギリシャ語っぽいと感じたけど、よく考えると俺はギリシャ語のことなんて全くわからない。カスピ海ヨーグルトってギリシャ語? ――はたいして労せずに話せるようになったのだが、生まれ変わっても日本語はちっとも忘れちゃいない。


 前々から俺がおもむろに日本語をつぶやいた時に限って変なことが起きるな、とは思っていた。

 スカートよ捲れろ! と悪意もなく日本語を口にすると都合良く風が吹いたし、腹減ったなって言うだけで美人のママがカボチャのシチュー出してくれたこともあった。


 で後々わかったのだが、俺が時たま口にしている言葉は、魔法の言葉――古い妖精語なのだそうだ。もちろん俺はなつかしの日本語をしゃべっているつもりで意図せず使っていたわけだが、習いもせずに魔法の言葉が使える神童として、一躍俺は美少女天才魔法使いとしてのスターダムを駆け上ることになった。


 魔法で村中の山羊を暴徒へと変え危うく廃村にしかけたり、魔法で豪雨を降らして干上がった畑を水没させたり、いけ好かない従兄弟をヘビがいる沼にたたき落としたりして、ちょっとした村の伝説にもなったがこんなものは序の口である。


 俺が十歳になる頃には親の強い勧めで、村を出て王国の魔法学校へ入学して一から魔法を学び直すことになった。今更基礎とかねえ、って感じで気乗りしなかったのだけど、王国の魔法学校には可愛い女の子が大勢いるという噂を聞きつけ、やはり何事も基礎が大事だ、と考え直したわけだ。


 そこでも数々のレジェンドオブブラックを築き上げたがそれは省略して、本来なら五年間みっちり学ばないと卒業できないはずの魔法学校をたった三年、プラス校舎の半分を炎上させるという偉業と共に、自主卒業となった。え、退学? いや、違うって、ちゃんと卒業証書もらったし、花かざりとか印鑑とかももらったから。飛び級みたいなもんだよ? わかるかな、ほら俺って美少女天才魔法使いだからね。


 さて冒険者ギルドにでも入って仲間を見つけて旅に出るか、と王国の冒険者組合へ行ったは良いが、俺の見てくれに野郎冒険者共が集まってくる。


「ねえねえ、俺らのチームに入らない? 大丈夫大丈夫、君は後衛で楽させてあげるからさ」

「君可愛いね。え、魔法使えるの? なら是非うちの仲間にさあ」

「君みたいな素敵なお尻に出会えて感激だよ」

「俺ら、今王都で超キメてるチームだからさ、入って絶対損はないよ? なんだったら俺の彼女としてさ」

「ご心配無用、拙者下心皆無の故。当チームは恋愛禁止ですからな、若い女性の方も安心して参加できますよ」


 俺はやってられるかと一人で旅に出た。


 俺だってせっかく美少女に生まれ変わったんだからマンブー(※1)決めて、上級者ギルドにおんぶにだっこっても良かったんだろうが、何せ天才魔法使いなわけで、別にこいつらの力借りる必要なくね? ってなる。


 だいたいおんぶにだっこなら良いけど、胸や尻をじろじろ見てくるやつらと寝屋を共に冒険なんて出られるわけがない。怖いわ、男って。本当あいつら性欲で生きてるし。女をそういう目でしか見られないんですかね、最低ですよ!


 あー本当だったら女の子しかいないおにゃんこパーティー組んで、毎日無防備な胸とか尻とか見ながら性に満ちたやりやりな冒険生活送りたかったなあ。

 今の俺に槍はないけど。


 ないならしょうがない。

 美少女天才魔法使いは孤高に生きよう。

 その内、猫耳の獣人とか助けて仲間にすればいいっしょ。

 とお気楽に考えていたのだが。


 王国近くに魔物が良く出るって噂の森があった。森に魔物ね。はいはい、お決まりですよ。って思ってたらゴブリンが三匹出てくる。

 最初の敵がこいつか。

 楽勝だな。ザコだろ。

 と舐めてかかる俺。


 一応言って置くと、確かに実際見るゴブリンってのはだいぶグロかった。

 緑の肌は土で汚れて、デキモノなのかそういう皮膚なのか、でこぼこが目立っていた。半開きのままの口から伸びる舌は細長く、やたらねばっこいよだれが、身体と地面に垂れ流しだった。眼はぎょろりとでかいし、焦点が合っていない。

 あと息が荒い。

 で服を着ていない。


 だからグロテスクなあれも見える。

 なんかね、皮が半分くらい剥けてるんだけど、端から覗くあれの先っぽが紫色っぽいの。

 で、人の七割くらいしかない背丈から考えるとかなりでかいサイズ。子供の腕くらいある。それも腕白な子供ね。


 前々から映画とか漫画とかに出てくるゴブリンを見て、あいつら何で服着てるの? 見るからに知能指数ゼロなのに服着てるとかおかしいでしょ。って思ってた。


 今ならはっきりわかる。全裸だとマジで十八禁だからだ。エロとグロ(※2)でアウトなんだよ。

 服は必要だから着ていた。

 それだけなのだ。

 どんな物事にも意味があるんだな、と俺はまた異世界で一つ学ぶ。


 気分も悪いし、さっさと魔法で倒すか。

 俺は威力の高い火炎球の魔法を唱える。こいつなら遠距離から強力な一撃で、敵を焼き払うことができる。あんなのに近づきたくないしな。


「ゲキャキャッ!」


 俺が呪文を唱え始めて直ぐ、手頃な石と木の棒を持った二匹のゴブリンが襲いかかってくる。

 けっこう距離があったつもりなのに、ぐんぐんと近づいてきて、近接戦闘の範囲まで入ってくる。


 ちょっと待ってって。動き速くね?

 焦る俺。


 日本語そっくりの魔法の言葉を口にする。

 元日本人の俺はほとんど自由自在に魔法の言葉を使えるのだが、長い呪文を唱えなくちゃいけないのは他の連中と一緒だった。

 火炎球を放とうと急ぐあまり、舌を噛むし、細かいルールをいくつか飛ばして、呪文が失敗に終わる。


 そこで、ゴブリンが木の棒を振り下ろしてきた。

 攻撃は直線的で、スピードもたいしたことはない。


 魔法学校でやっていた戦闘訓練は体育の授業染みていてほとんどサボっていた俺だけど、それくらい難なく避ける。

 だが開きっぱなしの口から飛んだよだれが顔に付いた。

 最悪だ。酷い臭いがする。


「こんにゃろ! 丸焼きにしてやるからなっ!」

 距離を取りつつ、魔法を唱え直す。なるべく短い呪文にしよう。たいした威力がなくても勝てるはずだ。

「くらえっ!」

 木の棒を持った方のゴブリンが燃え上がり、ウギャウギャうめいて倒れる。

 思った通りレベルの低い魔法でも十分効果がある。

 あとは石コロ持った方もさっさと始末して――。


「ギィチャギ!」


 俺は迫ってきた二匹に必死で、もう一匹いたことを忘れていた。いつの間にか背後に回っていた、ゴブリンが俺に武器を振るった。だがこれも咄嗟にかわす。運動神経は悪くないんだよ。

 バカなやつめ、声を出さなければ、かするぐらいしただろうに!


「ギャギョ」

「って――え、そ、あれ」


 視界に、鈍く光りを反射する、灰色の物体が映る。


 背筋が凍り、自分の顔が一瞬で青ざめたのがわかった。

 ゴブリンの手に握られていたのはナイフだった。


 どっかの冒険者から奪ったのか、ただ拾っただけなのかはわからない。なんてことないナイフだ。果物でも切るのに便利そうなやつ。

 だけど、俺は屋上から落下したあの日、危うくカッターで真っ二つにされそうになって以来、刃物が全てダメだった。


 持つことは論外。

 そのせいで「え、魔法剣士(※3)? 超かっこいい、俺これになる!」という夢も破れるし、こうやって刃物を向けられるだけで身体が震え、どうしょうもなくなってしまうのだった。


 ゴブリンがもう一度ナイフで切りつけてくる。なんとかぎりぎり回避はしたものの、尻餅をついてしまう。

 脚に力が入らず、立ち上がれない。

「あ、あ……あ、あの、お金……お金あるから……。話し合いでな、解決しないか?」

「ゲキャヤ!」

 ゴブリンに言葉が通じている様子はない。


 もう一匹が石で殴りかかってくる。痛い。普通に痛い。丈夫なローブを着ているけれど、そんなの関係ない。つうか魔物と戦うのにローブ(※4)ってバカかよ。鎧ぐらい着とけば良かった。


 このまま俺、死ぬのか。

 ゴブリンに殺されて。


「って、え、え?」

 ゴブリンが、俺のローブを乱暴に引きちぎり始めた。服を脱がせようとしている。

「な、何なんだよ、こいつら――」


 あれか、ゴブリンって人間を食うのか? だから邪魔な服を剥いでるのか?

 最初にそう考えたのだが。


「……」

 グロテスクなあれが目に入る。

「え、え、いや、そんな、これもよくある話っちゃ話だけど、違うだろ。ちゃんとゴブリンにだって雌がいるだろ。普通そういうのは自分と同じ相手とさあ――え、あの……」


 服をどんどん脱がされながらも、刃物をちらつかされるだけでろくな抵抗もできない俺。

 グロい棒が素肌の太ももに触れた。「ひぃ」生温かい。これが俺の中に? やめて、無理だから絶対無理。しかし何の抵抗もできず俺は――。


「待てっ!」


 そこに颯爽と、剣士が現れた。

 マントを羽織り、銀の剣を構えている。


「そいつから手を離せ、お前たちは何をしている?」

「ゲカヤヤッ」

「ん? 何だって? 悪いがゴブリンと会話するのは初めてだからな。もう一回言ってくれないか」

「ギャキョヨッ!」

「ダメだ、わからないな。しかし話ができないとどうすれば良いか……」


 何でこいつゴブリンと友好的な会話しようとしてんの。そういうのじゃないからこいつ。

 さっきも言ったとおり、ゴブリンにはどう見ても言葉が通じない。

 何か相づちみたいのを返しているように聞こえるが、別にゴブリンはこっちが何も言わなくても「ゴギョゴギョ」みたいな感じで絶えず鳴いている。

 剣士がきょとんとしたまま何もしないと、ゴブリンたちも気にするのをやめて俺を脱がす作業に戻る。

 もうほぼ全裸。

 ゴブリンと違って俺は玉のような白い肌だけど、揃って全裸。

 泣きたい。と言うか泣いてる。


「なんでも良いから早く助けてくれっ!」


 俺が泣きわめくと、剣士は「なるほど、やはり襲われていたのか」とこともなげにゴブリンを斬り殺した。

 一匹の首を落とし、もう一匹の腹に深々と剣を刺す。

 生臭い血が俺にかかったが、臭いとかどうでも良かった。

 俺は助かった。それだけだった。


 昔から、ヒーローに助けられて惚れるヒロインってのは怪しいもんだって思ってた。

 だってよ、ちょっと助けられたくらいで惚れるか? そりゃ命でも救われりゃ感謝はするだろうけどさ、それと好きは別だろ。あんなもん童貞の妄想だろ、と。

 つうかもっと早く助けに来いよ、ピンチになる前に助けろ。あれか? 実はちょうど良いタイミングを影で見計らってたんじゃねえの?

 だからこの時だって、「別に女の子助けるのって普通じゃん?」ってちょっと軽い礼を言って終わらせようとしたんだが。


「……こ、怖かったっ!」と抱きついてしまったほぼ全裸俺。鼻水と涙とよだれで色々ぐちょぐちょで、胸はティンクルティンクルだった。

 認めたくないが、俺が本当に正真正銘の女だったらこいつに惚れていただろうね(※5)。


 でもそこは魂レベルで刻まれた益荒男の俺、直ぐに我に返って。


「な、なんだよ、別に助けてなんて頼んでないだろ!」

 と剣士から離れる。


 助かったらもうこんなやつに用はないからな。さっさと帰れ。

 えっと服は――。


「服が……」


 ゴブリンたちに無残に引き裂かれたローブや服を見て軽く絶望する。とても着られるような状態ではない。こんなもんナマ足魅惑のマーメイドだって着ねえよってくらいズタボロだ。

 このままでは俺はほぼ全裸のまま王都まで戻らなくてはならないのか。


 うむ、やはり命の恩人には礼節を尽くすべきだな。

 俺は剣士が羽織っているマントを眺めながら、人としての最低限の道徳というやつを考える。

 小学校の頃、道徳の授業中に見させられたがんこちゃんと家で見るがんこちゃんは違った――そう、あれが人の背徳心なのだ。逃れられない禁断の果実! 俺は恩人だって利用してやるぞ!


「あ、あれだよ、助けてとは言っていなかったけど、助けてくれたことには感謝しているよ」

「……そうなんだ。まず第一に助けてって泣き疲れた覚えがあるけど」


 意味のわからないことを言う剣士。

 きっと童貞特有の妄言だな。こっちが裸の美少女だからって混乱しているんだろう。


 けどさ。美少女の裸が見られたんだぜ、もっと他にあるだろ?

 最近のキッズはネットの流行と共に、無料でポルノにありつけるからわかってないみたいだけどさ、美少女の柔肌見て、タダってそんなわけねえからよ。そこは出すもん出そうぜ。

 というか言わないとダメなの? 裸なんですけど?

 ねえ、そのマントくれよ。


 裸を見られ、危うく緑の気持ち悪いやつに処女を奪われそうなところを助けられたばかりだけど、俺の変なプライドが物乞いを拒む。これ以上こっちが下手には出たくない。


「あー寒いなあ。ここら辺まだけっこう寒いね」

「裸だからじゃないの?」

「え? 裸? うっそ、えええーそういえばそうだった! やだ恥ずかしい! でも、着てた服が破られてて……」

「大丈夫?」

「……いや、ちょっと大丈夫じゃないかも」


 と結局俺は頭を下げてマントを頂戴したわけだが、この察しの悪いアホは実は勇者で、コラプス・アーザス・オペランド(※6)――通称ラプスだった。

 いや、勇者とかどうでも良いんだけど。

 オペランド? そういや俺のいる国ってオペランド王国だっけ? ってそんなこともどうでも良くて。


 それより落ち着いてみると、ラプスはどこからどう見ても女の子だった。

 俺レベルではないが、十分に美少女だ。 

 冷静に考えてみれば、俺は本能でこいつは女だって気づいていたんだ。だから抱きついたんだ。そりゃ胸もドキンドキンよ。ないからね、男に惚れるとか抱きつくとか。


 そっからはこいつと三年間くらい旅をして気づけば魔王まで倒すわけだが、思えばこいつの全盛期は俺を助けた出会いの時だったろうな。

 あの時のこいつちょっとアホだけど命の恩人だし、歳相応の胸で美少女だしって正直かなり高評価だった。

 だが今となっては貧相な胸で超絶アホなダメ勇者だ。なんて言うかこいつといると高頻度で災難に巻き込まれている気がするんだよな。貧乏神的な何かなのかも知れない。


 しうかも、遂には元の世界にまでついてきて、俺のベッドでよだれを垂らして眠っている。

 何がしたいんだ? こいつからしてみれば、こっちの世界は完全に未知の異世界なわけだし、言葉だって――あ、言葉はなんとかなるのか? ラプスは魔力がないから魔法は使えないけど、対魔法使い戦の一環で妖精語自体はしゃべれるんだっけか。俺もけっこう教えたし、多分日本語も大丈夫だろうな。


 さて思い出にふけっている場合でもないか。


 鏡に映る俺は、相変わらず美少女だ。

 元の世界に戻れたのは良いが、元の姿に戻れていない。


 鏡の中の美少女は、さらさらの白金色の髪を首の後ろで結んでいる。前髪は少し長めだが、隙間から覗く緑の瞳は宝石のように美しく、白い肌と薄紅の唇と合わせて全てが完璧だった。


 元の俺なら間違いなく惚れるレベルの文句のない美少女だ。点数を付けるなら――いや、女性に点数をつけるなんて良くないな。例えそれが自分自身でも。


 ちなみに横でぐうすかしている勇者ラプスはまぶしいくらいの金髪と王族の証らしい紫の瞳をしている。

 顔はこいつも十分の美少女で鎖骨から上だけなら90点越えだが、中身と胸を加味すると50から60点という残念な女なのだ。

 俺は生粋のフェミニストなので女性は性格重視でおっぱいが大好き。ただ前世からの面食いレイシストの一面もあるため顔が70点いっていない女性相手には、男性でも女性でもない第三の勢力として接することにしている。これを俗に、ノーマン(※7)と俺は呼んでいる。


 50点のナイチチ女などどうでも良いのだが、俺は自分の格好を見て違和感を覚える。

 黒のローブに、黒の帽子。耳や髪には魔法の力がこもったアクセサリーを付けている。


「コスプレだろこれ……」


 向こうの世界では、魔法使いのジャーナルスタンダードな服装だったが、こちらの世界だと急激に恥ずかしく思えてくる。何これ、バカ? 魔法使い? そういうのは小学生までに卒業しとけっての。

 とりあえず帽子とローブは脱いで、ベッドの上に放っておく。


 幸い、下に着ているのはちょっと古めかしい洋装といったところで――襟のあるボタン付きの白いシャツと黒いサンキュロットに編み込みブーツ――って俺部屋でブーツ履いてるし、床が汚れんじゃん! ととりあえずさっさとブーツは脱いだ。

 ついでに勇者のブーツも脱がした。人様のベッドに土足で入るとかけしからん奴だ。胸でももんで――ダメだな、空気をつかめるかって話だよ。俺には無理だね。


 代わりに足でもくすぐっておく。

「ふきょっふきょきょ」

 嬉しそうな声をあげる。奇っ怪な生き物だ。妖怪ぬりかべ。それか、ぺったん木綿かも。


「しかし腹が減ったな。……そうだ、カレーだ! 魔法でカレーも頼んでおいたな」


 多分疲れていたんだろう。そりゃちょっと前に魔王を倒した(倒された)ばっかだったからな。すげえ呪文つかって世界を移動もしたし、自分の姿にびっくりして動揺もしてたし、あと少なからずこっちの世界に戻れたことで舞い上がってもいた。


「母さん、飯できてる? 今日カレーだよね?」

 で部屋から出て、階段降りて台所へ行って、いつもみたいに母親に声をかけてしまった。


「え?」

 まず何故か俺の方が最初に驚く。俺何してんの? って。

「あ、今できたとこ――え?」

 次に母親。このタイムラグは歳のせいなのか?

「あーその、俺、私じゃなくて、俺はあの」

 まずい、非常にまずい。今の俺は俺ではなく美少女だった。

 それのに普通にいつも通り話しかけてしまった(※8)。



「あ、あなた誰! 何で家に入ってきているの!? というか外国人? わっちゅゆあーねーむ? へるぷみー?」

 突然美少女が目の前に現れて混乱している。

 残念すぎる母親の英語力を尻目に、俺もどうして良いか困っていた。俺が異世界から来たあんたの息子だって言ったら信用してくれるかな? 美少女に転生しちゃったの! ってさ。


「……あーその、信じられないと思うけどさ」

「あ、あなたもしかして!」


 何故か俺が肝心の話を始める前に驚く母親。

 もしやこれは、やはり血の繋がった親子。姿性別は変われど、息子だと気づいたのか。感動の再会だ。俺にとっては十数年ぶり、母さんにとっては三日ぶりだけど。


「日本語がしゃべれるのね!」

「おーいえーす……」


 呆れた俺はさっさと事情を説明することにした。

 一縷の望みにかけて、俺はあんたの息子なんだよ、と正直に打ち明けてみた。


「……ポリース・オア・ビョウイン、ドゥーユーライック?」


 案の定全く信用されないどころか話が突拍子もなさ過ぎて理解できていないようだ。いや、日本語がしゃべれるってのはさっきわかってたろ。


「どっちも用はないよ。俺は暗真なんだって信じてくれよ」

「ノーノー! アイムソーリー!」

「もはや母さんの方が日本人というか人から離れている気がするんだけど……」


 腹減ったし、早く台所から良い香り放っているビーフカレーにありつきたいんだけどな。もう早く米が食べたくて仕方がない。俺白米食べた過ぎて夢にまで見てたからね。

 俺が元の世界に戻った理由の九割は元の姿に戻って女の子たちとエロエロなことがしたいっていうダーウィンも納得の種の生存本能なわけだが、残り一割は炊きたての白飯が食いたいという大和男子的なものなのだった。


 こうなったらあれだな。少し恥ずかしいが、親子の感動思い出エピソードを話して、本人だって信じてもらう作戦に出よう。

「あ、あのさ! 母さん、スカーフ持ってるだろ? 薄紫にオレンジの花が描いてあるやつ。あれさ、母さんの三十歳の誕生日の日に俺があげたやつでさ、俺あれ買うために頑張って初めてバイトして――」

「あーそんなスカーフあった気がするわね。柄も好みじゃなかったし、薄汚れてきてちょっと前に捨てちゃったけど。で、それがどうかしたの?」


「……いえ、何でも。俺とそのスカーフとは無関係です」

 え、何この人、むしろこの人こそ本当に俺の母さんなの? って俺が疑いたくなってくる。

 まあ頑張ってバイトってのは嘘で、本当は学校で秘密裏に開かれている下着ポーカー(※9)の勝った儲けで購入したんだけどね。

 すげえボロ勝ちしてね。

 俺、下着ポーカーの世界に舞い降りた天才なんじゃないかって思ったよ。

 しかしエロいもん買いすぎて売れ残りのスカーフしか買えなかったことが、まさかこんな悲劇を生むとは。


 親子の絆を失うなんて、代償が大きすぎるだろう。

 このままじゃ俺は母さんから信用されず、警察か病院にでも連れて行かれてしまう。

 どうせなら病院にしてくれ。俺ナースってかなり好きなんだよね。婦警も嫌いじゃないけどさ。


 あきらめかけた時、救いの勇者が現れた。


「ネクロ! 大丈夫か……!」


 よだれの後を残し、颯爽と階段を降りて来たのが、まごう事なき勇者コラプス・アーザス・オペランド――あだ名はラプス、その人であった。

 こいつは、いつだって俺を助けてくれる。


「ま、また外国人っ!? 何で、何で二階から!? 二階に何があるの?」

 混乱している母さんを他所に、俺はラプスにかくかくしかじかと経緯を話す。


「……つまり、お腹が空いたからあのご婦人から夕食をいただきたいんだな」

「えっと、そうなるのかな?」

 なんだか違う気がするけど、でも結局のところそれが一番重要だった。

 母さんと比べるとパソコンと輪投げぐらい理解力が違う。ラプスがこんなにも頼もしいなんて。アホだと思っていたがさすが勇者だ。あの輪投げみたいなパズル――ハノイの塔だっけ? とかやらせたら一生遊んでそうだもんな、このアホ勇者。


「任せてくれ! なんとしても私が食事をちょうだいしてみせる!」

 と胸を叩いてみせる勇者。

「ぐぅうー」

 と勇者の腹が相づちを打つ。

「いやお前も腹減ってるだけだろ」

 多分俺の話は半分も伝わっていなかった。


「ご婦人、少し私の話を聞いていただいてもよろしいでしょうか」

 とラプスは流暢な日本語で話した。やはり上手いな。ちょっとアクセント変かな、って感じはするが、十分会話できるレベルだった。

「え、あの……ええ、少しなら」

 携帯で電話をかけようとしていた母さんの手が止まる。

 どっちだ、どっちに電話しようとしていた?


「あそこの彼女」とラプスは俺を目で指す。「彼女があなたの息子というのは、少しばかり語弊がありました。あなたをとても驚かせてしまったようで、大変心苦しい限りです。たしいたものではありませんが、手土産がありますから、どうか受け取ってください。もちろん、あなたを驚かせてしまったことの謝罪は後日改めてさせていただきますが」


 などとのたまう勇者を、俺は呆れた目で眺めていた。

 すらすらと出てくる日本語――そして普段の振る舞いからは想像できない丁寧な言葉と慇懃な態度。

 そうだ、こいつは王族の血筋をひいているのだ。

 正当な王位継承権なんかはないが、仮にも王族の人間だから厳しい教育を受けているし、国のパーティーやら政の席やらに呼ばれることもある。

 王国では国王陛下や貴族の相手におべんちゃらをかましているのだ。

 アホに見えてアホだが、礼節や作法には至って詳しいのだ。


「あ、ありがとうございます、わざわざ……」

 かたや同窓会の幹事すらろくに勤められないような専業主婦・美香代(37歳)は空気に飲まれてしどろもどろに土産を受け取る。

 いつの間にあんなもの用意したんだ?

 中身は何だろうな。食い物かな。

 だとしたら向こうの食い物は基本的にこっちと比べるとかなりランクが落ちるしなあ。王城で出された食事ですらこっちのチェーンのイタリアンレストランと大差ないレベルだったし。


「それは私の母の――地元の山で取れる仙草と呼ばれる薬草の一種でして」

「仙草……? ってそれ精力増強効果(※10)があるやつじゃねえかよっ!! なに変なもん渡してんだっ!」

「へ、変な物じゃない! 数少ない母さんの故郷の特産品だ!!」

「歳の離れた妹ができたらどうしてくれんだ! 責任取れるのか!」 


 取りあえず仙草は後で盗んで置くとしよう。

「お土産のことは良いんですが、それであなたたちは息子の知り合いなんですか? そういえば、あの子今日は遅いわね」

「遅いわねって……」


 十数年ぶりの再開なんだけど。そりゃ俺と違って、母さんに取っては俺の顔は朝見たばっかりだ。でももうちょっとなんかなあ。


「だからその息子は俺で――」

「私たちは息子さんのあれです。許嫁です」

「え」

 俺と母の声が重なった。やっぱり親子なんだなって思った。そんなことはどうでもいい。

「待て何だそれ、許嫁って」

「本当です。子供もいます。ここに!」

 と勇者は俺の腹を指さした。

「いねえよ、何言ってんだお前っ!?」


 女性に手をあげることを串カツのソース二度付けの次に重く禁じている俺も、勇者ラプスの頭を叩きたくなった。ふざけんなアホ勇者! ソースくらいケチケチすんな、客が来る度に新しいの出しやがれ!


「あ、あの子がこんな若い娘さんを孕ませて……」


 どんどん顔が青白くなっていく母さん。え、信じたの? ねえ、美少女になった息子のことはあんなに信じなかったのに、こんなアホな話は信じるの?


「……と、とりあえず、夕食でも食べていってください」

 母さんの言葉に、ラプスが満足げなしたり顔でグーサインしてくる。むかつく。でもカレーだ、やっと食えるぞ。白米に母さん手作りカレー!

 そしてカレーと一緒に出てきたのがパンだったので俺は切れて暴れた。

※1 マンブー

こちらの世界にいる、すごくすばしっこいサルの名前。


※2 エロとグロ

一般的に男はエロと言えば女の裸でグロと言えばおっさんの裸かぐちゃぐちゃに潰れたオランウータンを思い浮かべる。では女はエロで男の裸、グロでババアの裸を思い浮かべるのか? 身体は美少女だった俺はそんなことなかったけど。


※3 魔法剣士(パラディナイト)

魔法も使える剣士。剣を握れない俺にはなれなかった職業だが、よく考えれば鉄の棒きれ振り回してぶつぶつ呪文唱えるなんてダサいよな。いや俺がなれなかったから言ってるわけじゃないよ?


※4 魔法使いのローブ

初心者魔法使い向けのローブは家に掛かっているカーテンと同じくらいの厚さだ。お前らカーテン来て戦争行けんのか? 無理だろ。


※5 ピンチに助けに来るヒーローについて

童貞のみんな。彼女欲しかったらゴブリンにレイプされそうな女の子助けると良いよ。


※6 コラプス・アーザス・オペランド

第七王子と雌のゴリラの間に生まれたと噂される、いわゆる妾の子なのだが、生まれ持った剣の才能でいつしか勇者になった。マジで強い。ゴリラ二十頭分くらい強い。もしかしたら雄のゴリラと雌のゴリラの子かも知れない。


※7 ノーマン

ノーマンは俺の人生から故意的に切り離しているから今後出てこないだろうし、忘れてもいいワードだ。


※8 言い訳

言い訳になってしまうが、この時は本当に疲れていて、とにかく腹が空いていた。どれくらい腹が空いているかと言うと小猿の脳みそを五頭分くらいぺろりと食べられるくらいだ。


※9 下着ポーカー

説明いる? いらないよね、下着ポーカーだよ?


※10 仙草

女性が服用するとどのような効果があるのかって? それはまあ、察してくれ。いろいろとすごいとだけ言っておこうか。ちなみに俺は使ったことがあるぞ、自分にだけど。詳しい効能については次回。

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