第14話 七枚の銀貨
世界最強って何だ? そいつは君の胸の中にいる。
というか君の胸だよ、そう、そこの巨乳の君だ。ん? 貧乳のあなたはどうぞどこへでもお好きな所に行って下さい。もう戻って来ないで。
ところで俺の家には異世界からついてきた勇者がいるはずだった。
貧乳のあいつがどこぞへ消えたところで何の問題もないが、言ってしまえば密入国者のあいつが何かをしでかせば大事になりかねない。
もちろん、こちらも忘れてはいない。
魔王だ。俺に寄生してこっちの世界へついてきたが、梢桐先輩に連行され今はおそらく警備室だろうな。あるいは警察? でも見た目がガキだし無罪放免という可能性も高い。
魔王は勇者と敵対関係――というのは別にまともな話だが、どうにも普通の敵対関係と言うよりは、密告者のような態度であった魔王。勇者の裏を、真実を、と俺に警告してきた。
密入国者と密告者か。なんて愉快なパーティーなんだよ。
「桃太郎ってさ、何で犬と猿と雉なんか仲間にして鬼退治に行ったんだろうな。俺だったら絶対しないわ。せめて熊とかさあ」
いやそれだと金太郎とキャラが被るのか(※1)。しかし日本で戦力になりそうな野生動物って他にいたか。ニホンオオカミかな。桃太郎の時代にはまだいただろうし。
俺と彩は教室へ戻る気になれず、屋上で放課後を待っていた。
「なあ、彩だったら何仲間にする?」
「アジ」
「……え?」
「鬼が苦手って言うでしょ」
「……イワシの頭のことか?」
「ならイワシにする」
「頭以外はどうすんだよ」
「残りはあたしが食べる」
それ、仲間か? 武器……?
まあいいや。彩なら別に一人でも鬼とか倒せそうだしな。別に仲間なんていらないんだろう。アジフライでも弁当につめとけばそれで十分ってことだ。仲間どころかきび団子だって必要ないんだ。
しかし俺、天才美少女魔法使い、現在原因不明の症状で魔法が使えない。
犬とか猿とかそんな畜生はいらんし、密入国者も密告者もいらん。だからもっと使える仲間をくれ。俺は基本的に後ろから指示を出す係なんだよ。というか早く俺を元に戻してくれ。
「なら広瀬に頼んでみれば?」
「広瀬って、あの、名探偵のか」
「自称だけど」
ただでさえ胡散臭い度三百六十五度で一周回ってちょっと尖った感じのあれなのに、自称ってもうそれは一般人だろうが。ちょっと頭の痛いタイプの一般人だろうが。
「あーそのさ、気持ちはありがたいんだけど、なんつうの? 俺も男だしさ、自分のケツは自分でっていうやつだからさあ」
「……そ。広瀬、美人だから暗真には会わせたくなかったからちょうど良いかな」
「いや、待て。事は急を有する。名探偵の助力なしには万事解決しないだろう。猿の手も借りたい状況なんだ。わかるか?」
よく考えたら今は女だし? ね?
「猿の手は頼らない方が良いと思うけど」
「確かにそうだが、その美人の――いや、えっと別に男でも女でも俺は構わないのだがね、その広瀬という、探偵とやらの力は是非とも借りるべきだと、異世界で積んだ長年の経験と美少女だけが持つ超常的な第六感が告げているんだよ。わかったら彩、早く呼んでくれ。俺は待ちきれないよ。もう!」
俺がまくし立てるように言うと、彩はフナみたいな目つきで、「あたしじゃどうしたら良いか思いつかないのは確かだし仕方ないか」と携帯でメッセを飛ばした。
「美女と野獣って話あるじゃん? あれって野獣がイケメンに戻って美女と恋に落ちるわけだけど、美女と美女だとどうなるんだろうな。これはもちろん俺とは無関係な話だけどな」
「……あたし、別に美少女じゅないけど、嫌な予感しかしない」
「ははは、謙遜すんなって。彩も十分可愛いって。俺には一歩及ばないかも知れないけどな」
そろそろ彩が罪悪感を忘れて、俺への怒りと殺意を思い出しそうなので冗談はお仕舞いにしておこう。
俺は二度も同じ失敗はくりかえさないぞ。なんたって今居る場所は屋上だからな。次真っ逆さまに落下して、イケメンに転生できるとしても、そう何度もあんな目には会いたくない。
それに何かの間違いで不細工な顔にでも生まれたら――あ、やめとこ、不細工な顔で精一杯生きている可哀想な人もたくさんいるし(※2)。
「公園近くの喫茶店、場所わかるよね?」
「駅側のやつだよな、わかるけど」
むすっとした顔で彩が言うので、俺は警戒しながら答えた。もしかして手遅れだったのか。
「じゃあ学校終わったら行って来て。広瀬がそこで待ってるはずだから」
「ん? どういうことだ、俺一人でってこと?」
「あたしは来るなって」
「……ほう」
どういうことだ。美女と噂の名探偵は俺と一対一で会いたいと? なるほどね、その気持ち、よくわかるよ。
俺だってそうだものさ。
「ちょっとコンビニ寄ってくか」
「何買うつもりなの?」
「あ、今はいらないんだった……」
少し悲しい気持ちになりつつも、美女との対面に心は十分にカーニバルな俺。
放課後の喫茶店で、バリマブなチャンネーとコーシー(※3)っすわ。
◆
ノストラダムスだかババ・ヴァンガだか知らないが、どこぞの誰かが言ったわけだ。ちょっと未来にやべえこと起きるぞって。
予知とか予言っての? 俺ってそういうのちっとも信用してないし、血液型占いとか星座占いなんてのもテレビでやっててもふーんってなもんだけど、でも今回ばかりは誰かに教えて欲しかった。
喫茶店やべえぞって。
そしたら俺は行かなかった。でも美女がいるって聞いてたからなあ。美女二人くらいに言われなきゃ多分信じなかったろうな。悲しいけど、これが現実だ。超常の力なんぞではなく、ただ一つ変わらない巨乳とういう吸引力。そういうものが俺を本来救っていくわけだが、あいにく今回はそんなものはなかったわけだ。
ビッグバスト・イズ・マイ・ドリーム。
儚い巨乳って書いてハカナイキョニュウって読む。ちょっとは勉強になったか? 漢字覚えとけよ。
「……そうや特徴とか聞いてなかったけど、向こうは俺のことわかんのか?」
コンビニには寄らずに、放課後真っ直ぐ喫茶店へ向かう俺。
待ち合わせ相手の自称名探偵の広瀬とやらは、美人としか聞いていない。
かたや美少女の俺。何かしらで引かれ会う、運命めいたもので会えれば良いのだが。
占いは信じていないけど、美人との運命ってのはあり得る気がした。そんな赤い糸をたどって、とりあえず喫茶店に入る。
辺りを見回すと、可愛い女の子が何人かいる。ちょっと年上のお姉さん――多分、大学生ぐらい、とかもけっこういる。
どうしよう、よりどりみどりだ。
「ねえ、暗真君だろ。待ってたよ」
と声をかけてきたのは、俺が意識的に目を合わせないようにしていた、髪の毛がまっピンクの女だった。ちらっと視界の蛍光色が写って、あ、こっちの方は見ないようにしておこう、あっちは可愛い女の子たくさんいるし、きっと広瀬はあっちだな。
と思っていた俺に、無情にも声をかけてきたショッキングピンク。アニメの世界から飛び出して来たか、ペンキを頭から被ったみたいな色だ。昔の総理大臣が好きなロックバンドのギタリストにこんないたな、とも思った。
つまりエイリアンってことだ。いや、赤髪ではなく、ピンクなんだけど。ピンクのエイリアンだ、ソロ時代ってこと。エイリアンソロ。エレクトリックキューカンバー(※4)。
「……あんたが広瀬か?」
ピンクは薄笑いを浮かべながら肯定した。
髪色が衝撃的すぎて、どうにも顔の造形は頭に入って来づらかったが、見てみれば確かに美人と言えるレベルだった。
さりとて、俺の心のカーニバルは鳴り止み、太鼓は沈黙し、ステップは足踏みに、歌声は黙祷へと変わるように、美人という言葉が、胸躍る素敵なワードというよりも、ただまあ、顔が整っているということを表すだけの言葉のように感じずにはいられなかった。
いや、それで十分よ? 別に顔が良くて、胸がでかければ俺はそいつがシリアルキラーだって全然構わんのだけど、それでも、なんか違うって言うかね。
おそらく髪が悪いな。
このピンクが俺の心象に何か悪い影響を及ぼしているわけだ。女とみれば直ぐにやりを構えていたこの俺が、こんなにも穏やかな気持ちになれるのは、きっと異世界にもいなかった珍妙な髪型をしたこいつが悪いわけだ。バンギャとか原宿ガールとかそういうやつなんだろうけど、俺は正直得意な部類ではないんだろう。
別に特段嫌いなつもりはなかったけど、こうやって目の前にしてみると、心のどこかでソーラン節が聞こえてくるようだ。つまり何か違うわけ。
「座りなよ」と広瀬は言った。
至極普通だった。髪色以外は普通のやつなのかも知れない。
「……ああ、だけどまだ注文してなくて」
「ん? そういえば僕はもう十分ぐらい前から座っているけど、一向に店員が来ないね? 少し込んでいるから仕方ないのかな。でも君も来たことだし、店員を呼ぼう」
「……いや、ここはあのカウンターで先に注文してコーヒー受け取ってから席に座るんだよ。席まで注文を聞きに来るタイプじゃない」
「え? そうなの、はは、僕この店初めて来るから知らなかったよ」
「……俺が二人分頼んでくるよ」
俺はそそくさとそいつから離れて、カウンターへ向かう。
「……」
え、あいつやばくない?
なになに、こういうコーヒー店来たことないの? どこの田舎モンなの?
ってそんなんどうでも良いんだよ。
僕? ワイ? じゃなくてボク? ボクちゃんです?
何々、あいつ一人称僕なの? おいおい待てって、髪型だけじゃなくてそんなまってまさかおかしいって。何だか脊髄がどうにかしちまいそうだよ。
何なの、やっぱり自分のことアニメのキャラか何かだと勘違いしてんじゃないの? 勇者のラプスなんて、あいつだってアニメだったら絶対「僕女の子なのに、何故だかみんなに男扱いされるんだよお」なんて脳みそ沸いたこと言いそうなキャラだけど、普通に「私」って言ってますよ。それが社会人的道徳であって常識なわけですよ。
くそ、早くも後悔してきたぞ。このままこっそり帰ろうかな。
――落ち着け、落ち着け俺。
彩の話じゃあいつはマジで役に立つらしい。自称だが腕は確かな探偵らしい。探偵が俺の何の役に立つのかは知らんが、でも名探偵って言うからには何かしらすごい力で俺を助けてくれるんだろう。
ああ、そうだな。ほら、今は昔と変わってアニメとかすげえ一般的な文化になったし? 腐女子っていうのか? そういう層は自分のこと僕とか言っちゃうらしいからな。多分そいうやつなんだろう。バンギャの腐女子で名探偵なんだ。そう、そういうものとして受け入れるしかないな。
俺という懐の大きな男に感謝して欲しいぜ、と俺は二人分のキャラメルマキアートを頼む。何頼んで良いか聞いてなかったが、一度アイツの所へもどって確認する気持ちはなかった。
店員の可愛いお姉さんが、二人分のキャラメルマキアートを作り、俺はそいつを受け取った。カップのどこかにお姉さんのメッセのIDか何かが書いてないか確認したが、そんなものはなかった。たまに絵とか描いてあったりするんだけどね。今は同姓だからそういうサービスはなし。
「ほらよ、異世界人。適当に注文したけどこいつで良いか」
と文句を言わせる気もなく渡してやると。
「良いよ。でもさ、異世界人は僕の方じゃなくて、君なんじゃないの? 暗真君?」
と広瀬はキャラメルマキアートを受け取った。
「……何だよ、彩から聞いたのか? 信じてないんだろうけどな、悪いけど、本当のことだぞ。俺は元はイケメンで、美少女に転生しちまったわけでな」
「信じるよ」と広瀬は言った。
「だって、僕も異世界から来たし」
「はあ?」
何言ってんだこいつ。頭ピンクで僕ッ子で異世界から来た? 頭ハピネスのトリプル役万じゃねえの? って俺も異世界から来てたわ。あ、違う違う、異世界は別に悪くないわ。異世界は無実。でもこいつは有罪。そうだよ、名探偵だ。ピンクと僕ッ子と名探偵でもうとっくに二年連続トリプルスリーだったわ。そういうことで良いか?
「良くないな。僕だけが悪いなんて、おかしいじゃないか」
「そんなことないだろ、だって俺は美少女で元イケメンなわけだから――」
「あ、あれ、今なんでお前」
おかしかった。
今、俺は口に出してないぞ。
「お前まさか、空気が読めるのか?」
「違う」
どうやら、心が読めるらしい(※5)。
※1 キャラが被る
実際強力な武器や仲間ってのはそんなに種類がないわけで、オンラインゲームでもなければ、戦力の最適解を常に求めていたら似通ったものになるのは仕方がないのではないのか。相手が拳銃持ってきてんのに、こっちは石投げるってわけにもいかない。でも童話の世界だからね。みんな熊に乗って闘ったらあれだよね。
※2 可哀想な人
差別か? 違うよ、本当にそう思っているんだよ。可哀想だもん、俺は味わったことのない屈辱の仮面を一生被って生きていくなんて。
※3 コーシー
コーヒーはことある事にアメリカの最新医学とか何かに危険な飲料水扱いされているが、それと同じくらい周期的に何らかの健康的メリットが言及される。結局健康に良いのか悪いのか全くわからないが、男の魅力を上げる力があると、俺は思うよ。まあ、ブラックとかで飲まないけど。俺は十分男前だし。
※4 エレクトリックキューカンバー
機械のキュウリ。電気の力で動く。食べられない。
※5 心が読める
俺はやましいことなんて一切ないから、別に心を読まれたって何も困らない。だけどね、プライバシーって大事だろ? だから心とかむやみに読んじゃいけないんだ。他人の日記と同じだから、本当。つまりダメだよ。ダメ、ダメだから。やめて、ねえ。心読めるんだよね? なら聞こえてるでしょ、やめて?