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Neoネくら魔's  作者: Reサクラ
勇者編
13/21

第12話 屋上とかけまして、異世界と解く

 事故で死んだ女の子とそっくりな男に出会った話をしようか。

 いや、やめようか。

 そんなことよりも、語るべき事は松の木ほどたくさんあるのだから。


 英雄の凱旋とはかくあるべきだろう。

 異世界からえんやこらよと帰ってきた時は、寝ぼけた勇者を引き連れていたがあんなまな板何だというのか。あとは自称魔王とかいたけど、あいつの胸だってたいしたことないし、両親はすげえ冷たいし。

 俺だって泣きたくなるっての、だって美少女天才魔法使いだからね。


 しかし今俺は両サイドに女の子を連れて、――胸も平均以上、いや片方は戦艦級――約十七年ぶりの教室へ戻ってきた。

 もうね、マフィアのボス(※1)みたいな気分だったよ。英雄どこ行ったっていう話だけど。


 黒板の反対側、つまり教室の後ろ側? のドアから俺たち三人は教室へ入った。もうすぐ授業が始まる時間だったから半分くらいの生徒は席に座っていて、残りも教室内で他の生徒とおしゃべりなんかしているようだった。

 普通で、平凡な教室風景だ。


 昨日の昼飯食った後に魔王を倒していた身としては不思議な気持ちになる。

 ついちょっと前まで、魔法で魔物やら暴漢やらと戦っていたのが嘘みたいだ。担任の先生が巨乳だってのも、クラス替え直後は何かの冗談なんじゃないかって思っていたけれど、今ならわかる。これは真実なんだって。

 たださあ、疑うわけじゃないけどね、あれだけ大きいとちょっとほら、あれだよね、不正な何かがあるんじゃないの? って気がしてくるわけさ。

 昔の俺なら、真相は心の奥底に――と納得していたけどさ、今の俺は七つの海どころか異世界を冒険してきた、世界を股にかける男なわけよ! 美少女だけど!


 だからちょっと冒険してみたくなった。

 一時間目の授業が、ちょうど担任の御津久瀬(※2)ちゃんの受け持つ生物の授業だったからってのも、これはある種の運命だったんじゃないか。


 御津久瀬ちゃんが黒板に奇っ怪なクリーチャーみたいなのを描き始めて「黒板ってすっごく描きにくいんだよー、別に先生の絵が下手っぴなわけじゃないんだからね」といつも言うが、こないだプリントに描かれた牛の死体みたいなイラストを、「あーそれ先生が飼っているイグアナの絵なの。ね? こうやって見ると上手いでしょ」と説明していたので単なる言い訳に過ぎないのだろう。


 で、このクリーチャー何よ? 異世界にもこんなのいなかったけど?


 呆れる俺に「この子の人間で言うところの心臓に当たる部分はどこか、赤須君、はい答えてね!」とか無茶ぶりしてくる。

 俺は黒板に描かれた絵を眺めた。

 歪な丸の中にぐちゃぐちゃしたモヤモヤがあって、そこから丸を突き抜けるみたいに何本も線が延びている。この線が手足――いや、触覚? 多分プランクトンの何かなんだろうけど、形からして動物性だよな? えっと、いや心臓って言われてもねえ。


 それくらい考えて、俺は不思議な神託を受けた。声が聞こえた。


 おっぱい。

 巨乳の声だ。


 気づけば、俺の右手が御津久瀬ちゃんの胸に伸びていた。

 柔らかい。

 俺は確固たる意思で、強い欲望で、右手を動かした。


「赤須君……?」

 先生のきょとんとした顔に、俺は我に返った。いや、さっきまでの胸を堪能していた俺こそ本物で、こんな偽りの理性で手を止める俺が、我に返った――などに値するのかは、難しいところだ。でもまあ、冷静になったわけだ。


「えっと、その、心臓はここかなぁあ、なんて。……はは」


 一瞬、脳裏を監獄が過ぎった。


 痴漢――乱れる学校――突如担任教師への猥褻行為――彼の身にはいったい何が――プライベートでは下着ポーカーで荒稼ぎ、平凡な男子高校生の裏の顔とは――。


 ワイドショーを賑やかす俺。性犯罪者の烙印。家には正義の鉄槌とばかりにイタ電、落書き、石投げ。連日連夜詰め寄るマスコミ。泣きながら質問に答える母親。仕事を首になった父親。

 一方でイケメン過ぎる痴漢逮捕男子高校生としてネット界隈を中心に確かな女子人気を獲得する俺。「こんなイケメン相手なら私も痴漢されたい」「これだけイケメンなら無罪」「イケメンが突然胸をもんでくるより、視界に映った不細工の方がよっぽと不愉快」などとの過激派が俺を無罪にすべく署名活動をするも、不細工な引きこもりたちの妨害によって結局は失敗――そこまで妄想したかはさておき。


 違うの違うの、頭の中の小さい神様がもんで良いって言ったんだよ! 俺は悪くないんだ! と叫ぼうとしたが、「もう赤須君ったらふざけないの」と御津久瀬ちゃんは笑った。


「あ、ごめんね。つい、ほら御津久瀬ちゃんが可愛いから」

 俺もへらへら笑って無罪放免。


 そうだったよ。うっかり巨乳に我を失って忘れていたけど俺美少女だった。美少女なら突然担任のおっぱいもんでも許されるんだ!

 我を失う? 胸をもんでいる時こそ我なのでは? という疑問もどこへほら。


 落書きのクリーチャーのぐちゃぐちゃの適当なところを赤いチョークで丸を付けたが「そこじゃないよーもう赤須君、昨日やったばっかりでしょー」と怒られながら「はは、先生くらい巨乳だったらわかりやすいんすけどね」と席へ戻る。


 うん、昨日じゃなくて十年以上前に教わったことだから忘れていても仕方がない、というか本当に昨日だったとしてもわからないだろ。御津久瀬ちゃんは「正解はこっちだよみんなー」と黄色いチョークでぐちゃぐちゃの反対側に印を付けたが、もう何が何だか。

 赤と黄色の目を持ったミュータントの絵を、ノートに書き写している生徒たちを横目に、ああ、美少女って得ばっかだなあ。としみじみ感動した。


   ◆


 そこからはもう酒池肉林ってなあれですよ。

 俺は三時間目と四時間目にあった体育の授業を堪能した。着替えも二人一組のストレッチも、まるでアラビアの王様の人生みたいに素敵な一時であった。


 俺は、制服から体操服へ着替える様より、体操服から制服へ着替える時の方が罪深く、欲深いと思うのだが、どうだろう。


 それから昼休みが終わるまでの間、多分俺は世界でも上位数パーセントの幸福な人間だっただろう。初めて火星にいった宇宙飛行士ぐらい満ち足りていた。クラスメイトの女の子たちとちちくりあい、おしゃべりして、ほっぺたを舐めたり、首筋をなで回したりしたんだ。


 だけどさ、いつだって幸せってのは長続きしないものだ。幸せの青い鳥だって、最後は逃げ出しただろ? 美少女の俺の手から、女の子たちが逃げることなんてなかったけど、もっと恐ろしいことが待ち受けていたわけだ。


 そいつは昼休みの終わりの鐘と同時に、教室へやってきた。


 名前は采賀彩(※3)。


 俺の幼馴染みだ。昨日の放課後――あるいは十数年前、俺をカッターナイフで殺そうとして、屋上から転落する原因となった相手。


 彩が教室に入ってきた時、別に教室は至って普通だった。何人か、ドアに近い生徒は彩の顔を見た。その内の何人か、「采賀さんどうしたの? 具合悪かった? 今日は休みかと思ったよー」なんて言った。

 そうだ、俺はあまりのことに。あまりの巨乳とかに、ついうっかりクラスメイトであるはずの彩が教室にいないことを気づいていなかった。

 彩が教室へ入ってきて、あ、そういえば、ってなったわけだ。でももう全てが手遅れである。

 俺は渡井頻(※4)を膝の上に乗せて、他の女子生徒数名のアゴの裏を白くて長い指でなでている真っ最中だった。


「パンケーキの上の苺と、君の唇どっちが甘酸っぱいか味見しても良い?」とか言っていたと思う。バカだ。

「え、味見ってパンケーキの方? それとも」「パンケーキはここにないだろ、だから」

 じゃねえんだよ。


 俺が何でカッターナイフで三枚に降ろされかけたのか忘れたのかよって話だ。


 でも待て、今の俺は美少女だぞ。

 美少女天才魔法使い――ただちょっとばかり魔法が使えない状況、代わりに指を使って女の子を幸せな気分に変えることができる――な俺が、何を恐れる必要がある?


 俺はほんのわずかに手を止めた。

 彩は、かけられた声を無視して、俺の方へと向かってくる。ずかずかと女子らしくない横柄な態度で歩く。ほとんど真っ直ぐだ。俺と彩の直角線上にいたやつらはだいたい退いた。机とか椅子も、近くのやつがどけた。まるで王様みたいだ。

 違う、王様は俺だろ。イスラームの王宮で、美少女たちに囲まれて、永遠に幸せな生活を過ごすんだ。そうだろ?


 王とは生まれ持った宿命であり、血縁である。

 どこぞの剣を引き抜いたからといって、誰にでもなれるものではない。


 と異世界で誰かが言っていた。勇者だ。あの胸のない勇者だ。


 俺は、砂上の城で、偽りの玉座を築いただけだってことを直感した。

 覇王とは、例えクラスメイトであっても、黙って付き従わせることができるらしい。


「暗真、ついてきて」と彩が言うと、さっきまでいちゃこらしていた女子たちがいっせいに俺から離れた。何さ、ねえみんな、行かないでよ!

「でももう昼休みが……」家出したナメクジみたいに弱々しい声で俺は抵抗するが、「話がある」と彩は言って、それから一度も振り返らずに教室を出て行く。

 俺がついてくることも確認せずに。


 あらバイバイ、また明日。

 

 などと言って済ませられるはずもない。

 俺は黙って彩についていくことにした。天国への階段を上る時って、きっとこんな気分なんだろうな。何故だか無性に海へ行きたくなるんだ。何故だろうな。水着の女の子がいるからかな。


「なあ、どこ行く気なんだよ」

 と俺は彩の背中に訊ねたが、無視される。

 だけど何となく足取りから目的地がわかる。言って置こう、俺が一番行きたくない場所だ。

「あのさ、私ちょっとお腹痛いかも……」

 当たり前のように、無視。

「ちょっとー女の子がお腹痛いって言っているのに無視するなんて男子サイテーっ!」ときゃぴきゃぴした声を出してみるが、「え、キモっ……」って無視じゃない!? 無視してくれよ、やめろよ、地味に傷つくから。

 今の俺がまごう事なき美少女でなければショックで屋上からダイブしていたかも知れない。まあ、美少女なので、女子高生からキモとか言われても別にノーダメージだ。俺も女子高生みたいなもんだしな。


 そして、屋上についた。


 俺は十何年か前と――昨日と同じように、屋上で二人、幼馴染みと対峙する。


「あの、彩。えっと……俺さ」

 黙ったままってのが気まずすぎて、というかこのままだとまた彫刻かなんかで刺されるんじゃないかってきがきじゃなくて、俺は何か言おうとする。

 何を言えば良い? 謝れば良いのか? えっと、何を謝れば良い? でもほら、俺が女の子にモテまくりなのは生まれ持ったものだからどうしょうもないわけだしなあ。


「暗真……何で……」


 彩は震えるような声を、絞り出した。


「な、何であんた女の子になってんのよっ!?」


「そう! それよ!」


 なんて言うか、やっとそのリアクションかって感じで俺は彩に抱きついてしまう(※5)。

※1 マフィアのボス

スカーフェイスって映画あるだろ。あんな感じだよ。でけえふかふかのソファーに座ってさ、両脇に女抱えてね。女は全員俺のものって感じ? ちなみに映画のラストがどんなのか知ってるか? ま、関係ないけど。


※2 御津久瀬(ミツクゼ)

本名は久瀬御津留(クゼ・ミツル)。御津久瀬ちゃんはあだ名。だけどなんかしっくり来る。生物の先生で、けっこうお取りしていてちょっと抜けている。丸くてぽよよん、って感じだけど、別にぽっちゃりってわけじゃない。身体の脂肪の大半を胸に集めるという、女性という生物の究極的あるべき姿をしているからだろう。流石生物の教師、と言ったところだろうな。


※3 采賀彩(サイガ・アヤ)

バームクーヘンを一枚一枚剥がして食べる。「こうすると普通に食べるより美味しいの。やってみなよ」とか言うけど家は金持ち。信じられるか? こいつがバイオリンとか弾けるんだぜ。詐欺だよな。幼稚園でカスタネットを三十個近く破壊して「叩いてるのに音が鳴らなかった」とかいう意味不明な供述してたこいつがだぜ?



※4 渡井頻(ワタイ・シキリ)

巨乳の女性の性格が穏やかである割合は、貧乳の女性が穏やかである割合を遙かに優っている。これは女性ホルモンの安定性に関係があると言うが、まあ彼女を見れば答えはわかるな。俺は頻といると、とても心が落ち着くわけだ。つまり彼女の周りの人間はみんな優しくなり、彼女もまた優しくなる。巨乳は平和なのだ。貧乳が戦争、とまでは言わんけど。あれどっかで同じようなこと言ったか?


※5 彩に抱きついてしまう

タイタニックみたいな感じ。あとは沈むだけ。――ということにはならないように願いたい。だいたい正面から向き合って抱きついているわけだからタイタニックでもないな。

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