三話 仮初傭兵フランシス
「盗賊団?」
フランシスの疑問の声が部屋に響く。場は裏通り近くより一転し、商人の家だ。
フランシスが思い描いていたよりも遥かに装飾は少なく、そして書類の類は山積み。下手をすれば足場もなさそうな部屋で、机を挟んで向かい合わせに衛兵とフランシス、そして商人が座り込んでいた。衛兵は非番らしいが、それでもこうして来る辺り、正義感の強さが伺えた。
「えぇ。最近、この辺りでのさばっている奴等です。名を、早風団と言いまして」
商人は早口で捲し立てる様に喋る。フランシスは話半分、衛兵は苦渋の表情で聞いている。真剣な商人、真面目な衛兵、そして何処か他人事なフランシス。しかし、稼ぎの臭いを逃がさない、という顔だけは、フランシスも真剣に見えた。
「……そいつらに、弟を攫われてしまったのです。私は、その身代金を要求されています」
むぅ、と唸る衛兵、ほう、と呟くフランシス。――盗賊、山賊、海賊。まぁ、何にせよ賊に親類を攫われ、その身柄の解放と引き換えに金を払わされる事は、悲しいかな、まま起こりうる事である。どれだけ治安が良くとも、人の欲ばかりは断てぬもの。ましてや、街の外からともなれば尚更である。
そして、その身代金が膨大、というのも。また、常であった。
「凡そ、五百ヴェリル……それが、盗賊の示した身代金です」
フランシスが頬杖を崩して、机の上で手を組んだ。五百ヴェリルは大体、上等な馬一頭分程度。慎ましやかに過ごせば、半年から一年程は優に過ごせる額である。しかしながら、商人にとって――新米か、余程の間抜けでもない限り――払えない額ではない。
「そのぐらい、払ってやれば良いんじゃないのか」
衛兵――バラトカ、と言うらしい――は、若干責めるような視線をフランシスに送ったが、当の本人は何処吹く風と言った風に無視している。だが、其処は衛兵も疑問に思っていたところだった。
だが、違う。そうではないのだ。そう言わんばかりに、商人は首を横に振った。
「これが他の盗賊団でしたら、私もそうしたでしょう」
しかし、早風団は違うのです。そう呟いた商人は、自らの腸を噛み切ったような、沈痛な面持ちで、絞り出すような声をしていた。フランシスはふむ、と椅子に座り直した。
「どう違う?」
ずけずけと物を言うフランシスだが、その声色に真剣さが混じってきていた。商人は噛み締めていた顎を開き、その事情を口にした。
「奴等は、人質の命を守らんのですよ」
人命軽視の傾向は、帝暦四十年代から問題になり始めている。戦場に携わったもの、その一部の命への感情が稀薄になっていると、統計的な情報が伝えている。今回の早風団、その団長であるメルディゴも、例に漏れず戦乱の世を生き抜いた戦士の一人であった。
まずそもそもの常識として、賊の集いというものは、往々にして人質をとり金を要求すると言うことはしても、その命までもを奪おうとはしない。それは罪悪感の大小も問題ではあるが、何よりも指名手配される可能性があるからだ。
人質をとり、金を要求。そしてついでにその商人の口さえ塞いでしまえば、犯行が露見する事もない。自分達の望むものだけ持って逃げられるのである。
だが、一度殺してしまえばどうだ。
いかに巧妙に隠そうと、人の死とは鉄柵をすり抜ける蛍の様なもの。人一人いなくなったと言う事実は変えられず、必ず何処かに綻びが生まれてしまう。となれば己らの存在と犯行が露見するのは道理と言うものである。金が欲しいだけで、何も断頭台の斧のサービスなど、誰ももらいたくは無いのだ。
だからこそ、ここ最近の早風団は恐れられているのだ。一度人質になってしまえば命はなく助けようにも出向いた先で首を飛ばされるのが精々。墓守りが増やす穴が二つになるだけ。早風団は、逃れ得ぬ疫病のようにその存在を誇示していた。
しかも、討伐するには衛兵には荷が重い。実践不足が仇になっていた。かといって王都から騎士団や軍隊を呼ぶ程の金も無く、ましてやそんな規律正しき大集団が、盗賊団一つにその重い腰をあげる訳も無いのだ。
其処で、いかにもな姿の――実際には違うが本人もそれでいいと考えている――傭兵であるフランシスに白羽の矢が立った。そう言う経緯があっての事だ。一衛兵であるバラトカに期待はしていなかったが、商人は駄目元でも可能性にかけていた。
実際に、その賭け成ったと言って良いだろう。人がいいバラトカは、こんな話を見過ごす気はなかった。フランシスはそこまでの話を聞いて、ボソリと呟いた
「報酬は?」
前金は百、後金は二百。内二分の一をバラトカへ。それがフランシスに用意された報酬であった。身代金よりも値は低いが、それでも咄嗟の仕事としては上々。それに、何の名声もない身一つなフランシスにとっては、まさに神の一滴。断る理由などないに等しかった。
「まずは、馬……いや、人だな」
彼は誰にとも無く呟く。その声には「何とでもなる」という様な、一種の自信が滲んでいた。
そう。フランシスを中心にして、港町ポート・パティマスより。東向きの闘争の風が吹き始めようとしていた。