二話 裏通りの戦い
そう広くない街で、剣戟の音を追うフランシス。斧に盾を持っている割に、軽快な走りであった。
裏通りを飛び出したフランシスは、武器と盾を打ち付けあう衛兵らしき男と、盗賊然とした男を見た。衛兵の後ろには、傷付いた商人がいる。実に状況がわかりやすくていい、とフランシスは思った。
「なっ!?」
「伏兵か!?」
盗賊と衛兵が、同じタイミングで驚きを顔に浮かべた。フランシスはそれを意に解さず、盾を前に出す構えを取った。
「手伝おう」
その一言と共に盗賊へ踊りかかる彼。盗賊もいきなりの攻撃に戸惑いつつも、バッと盾を掲げた。小型盾だ。打ち付けられた斧は、すんでの所で盾に受け止められ、かん高い音を発した。チッ、とフランシスから舌打ちが漏れた。
「助太刀感謝する」
「礼は後でもらう」
注意深く盾を構えるフランシスに、衛兵が礼をいった。だが、フランシスはまだ終わっていないと返す。どう言うことかと言えば、別の道から一人、二人……剣呑な目付きの男が二人、出て来ていたからであった。
「むぅ。三人か」
衛兵は悔しげに呟いた。自分の力量は、三人に囲まれて何とかできる物ではない、と認識しているから、である。しかしフランシスは、数を見ても怯えず竦まない。それは、大勢がぶつかり合う戦争を経験してこそできる覚悟のようなものである。
「二人は俺が抑える。一人は頼むぞ」
言うが早いか、フランシスは飛び掛ってくる男のナイフを丸盾で逸らす事で対応し、衛兵を叩こうとしていた二人の内、一人へ手斧を振るって意識をこちらに引っ張る。それなりに戦闘の駆け引きができなければ、退役出来る程兵士として生き残れない。それがこの世の理と言うものだ。
「生け捕りにするか?」
「生死は問わん!」
フランシスの余裕のある確認に、衛兵の鋭い声が返答。問答は互いを見ずに行われた。
左の両手剣を逸らして、斧を袈裟懸けに振り下ろす。咄嗟に上げられた柄で傷こそ受けなかったが、フランシスはその機を逃さずにするどい蹴りを放った。鳩尾に吸い込まれたそれは、一気に盗賊の顔を青ざめさせるには充分事足りた。
息つく間もなく、もう一人の盗賊が盾を縫って攻撃しようとするのを斧の柄の下側で打ち落とす。やや崩れた体制だったからか、渾身と言える程の力は入っていない。だが、その場凌ぎには十分である。
フランシスはその場で一瞬向きを変え、鳩尾を蹴った賊へ振り向いた。未だ腹を抱えて前屈み担っていた男の鎖骨へ、迷う事無く手斧を振り下ろした。フランシスの手に伝わるのは、手斧の重厚な刃が肉を裂き、骨を砕く感覚――即ち、しばらくぶりの戦いの感覚であった。
血飛沫が舞う。斧に付着したそれを、彼が何とは無しに振り払う。鎖骨を砕かれた賊は、あまりの痛みに悲鳴を上げた。
「ぎ――ッ?!」
その拍子に盗賊が落とした両手剣を躊躇無く蹴り飛ばした男は、改めて残っている方に振り向く。遮二無二振り回されたであろうナイフを盾でがっしりと受け止め、そのままの勢いで斧の柄を全力で鳩尾へ叩き込んだ。カハッ、と息を漏らした賊の鼻面を、フランシスは遠慮無く盾で殴り付けた。
パッ、と鼻から汚い色の血が飛び出る。反射的に鼻を抑えた盗賊は、あっという間にフランシスに叩き倒され足蹴にされ、とうとう立ち上がることは出来なかった。
あっという間に戦闘は終わった。これについては、フランシスの技量が高いだけではない。賊のそれが低すぎるのも要因。正式な訓練を受けていない者等、こんな程度だった。フランシスはフンッ、と鼻で笑った。
さて、もう一人は、と視線を向ければ、既に衛兵が縄で拘束していた。流石に一対一で賊と戦い遅れをとるようでは、衛兵の名折れと言うものだ。戦闘を速やかに終わらせた二人の男は、お互いに軽く会釈した。
「御仁よ、改めて此度の助太刀感謝する」
「……まぁ、俺も打算あっての事だ。気にするな」
そういって彼は、漸く警戒を解いた様に斧をベルトに挟み込み、盾を背中へ掛け直した。
「俺はバラトカ。御仁は?」
「フランシスだ。こいつらの装備を改めたいが、いいか?」
そういってフランシスは自分が足蹴にしている男と、肩を抑えて蹲る男を指差した。権利は貴方に、とバラトカと名乗った衛兵は仕草で伝えた。
賊を討伐せしめた時、それの装備品は須らく倒した者へ分配される。それは守られるべき権利として、燦然とその形を残している。素寒貧であるフランシスにとってそれは、唯一の生命線であった。
適当な金になりそうな物を集めたフランシスは、ひょいっと衛兵の方を向いた。そう言えば商人がいたが、どうなったのだろうか、と。衛兵も切り捨てた男の懐を漁っていたが、商人は服の砂を払う程度で、怪我はしていない様に見えた。
フランシスは無遠慮に、その商人をジロジロと観察した。やや寸胴気味な体は商人ならでは、と言うべきか。だが、その印象に反するように、顔色は吐くのかと思える程青褪めている。武器も握った事のなさそうな手は、しかし力強く握られていた。
不意に、商人の顔が彼の方を向いた。商人はその目に強い諦めを宿しながらも、真っ直ぐに見つめてきた。
「傭兵の方、衛兵の方。よろしければ、私の家までおこしください」