十五話 意味深な距離
場面は乞食達から得た情報で幾らかの宿を周り、泊まれる場所を見つけるまで飛ぶ。とはいっても語るべき事は多くない。フランシスの統制で、ギチギチ、と言う程ではないが、それなりに詰めて寝る事に対する不満は無い。むしろ、しっかりした天井があるだけで安心、という者達が多かったのもあるだろう。
年功序列は存在せず、ベッドが足りないので地面に寝る者も存在する事になる。なれない旅で精神的な疲労が多い者を優先的にベッドに眠らせる事とし、フランシスは床で寝る。団長はしっかりした寝床で、という反対を押しきって、ではあったが。
寧ろもっと問題であったのは、アルラだ。彼女が床で寝ると言い張り、フランシス含めあまりアルラに良い顔をしない者達ですら説得に参加し、なんとか説き伏せるのとに成功した、という一幕があったほどだ。
そんな慌しい到着の一日は、どうにかこうにか、朝焼けと共に消えた。
フランシス傭兵団の行動は、この日を境に活発化する。王都を中心として、盗賊の討伐を主に護衛や警護など、様々な仕事を開始する事になる。
だが、その急進の一歩の中で、一つの事変があった事を書き記すべきだ。"王都襲撃事変"を。
事の初めは、王都を拠点として幾らかの盗賊達と矛を交え、一ヶ月程が過ぎた頃になる。アルラは戦術によってそれなりの優位を生み出しており、否定的だった団員の幾らかも考えを改めて来ていた頃である。
「……? 団長、あれは、何でしょう?」
すえた臭いのする戦いの跡地で、その声を挙げたのはケンドリックだ。若手の中では最優秀であり、優れた槍の使い手だ。かつ、ノールの経験から来る直感や、アルラ聡明な推察とは別に、素の身体能力が優れていた。
若さからくる目の冴えはフランシスでもって気づかなかった事実を教えてくれていた。
それは、丘の上より、此方を見下ろす影であった。剣呑な雰囲気を撒き散らすそれは、鉛色をしていた。
「……紋章は? ケンドリック、見えるか?」
「いえ。紋章見えず。賊ですかね?」
いや、とフランシスは呟いた。それにしては、遠目にも装備が整い過ぎている。フランシスの感想はそれだった。鉛色は金属の証。それも、全身余す所なく覆われたそれは、全身を覆う金属を示している。
要するに、板金鎧という物である。重く、鈍く――そして、硬い。何よりも防御力を優先したそれは、全金属製故にあまりに高価。また、人を覆う必要がある以上、その殆どが特注品になる。
そして、鉛色の影は先頭の一つきりではないのを、フランシスは捉えている。胸板回りを防ぐ胸当てを、流石に全員がそうではないが、それでも数十名の影の内、十余りの影が身につけているのは確かだ。
丘を挟む形で向かい合う、傭兵団と謎の一団。一仕事終えた後であるフランシス傭兵団は、疲弊しながらも身構えている。ノールは弓に矢をつがえ、ウォルスはその手の中の剣をクルクルと回す。アルラですら陣の最も奥近くで不安を隠せないでいた。
「伝令無し、弓兵確認できず。そして攻撃の意思なし……?」
アルラが怪訝そうに呟く。遠く戦地に位置したフランシスには届かないが、彼も同じ事を考えていた。
「……偵察兵、か?」
陣地と戦地、二人の言葉が重なる。
金属鎧は高価であり、本来であるならば隊長格、前線の指揮系統を担う人物――そして、位の高い者が装着する物だ。
しかし、偵察兵も確実性を優先した者達、もしくは特別な者達には、装着する者達もいる。矢の降り注ぐ中、戦闘を有利に進ませる情報を持ち帰る必要があるからだ。
いわば、重装偵察兵。良質な軍馬と板金鎧が必要なそれは、基本的に数が少ない。それに、金属を纏った上で馬を最高速で走る訓練が必要になる。並の者ではなれない、希少な職業の一つに数えられている程である。
この周辺にはいないだろう。フランシスはそう考えた。いまや戦も消え行く世界情勢ならば、専門の者達は次々と数を減らして行くのが当たり前であったからだ。となれば、外部の者であるが。こちらを偵察する意図が分からない、とフランシスは目を細めた。
「であれば、どうしますや? 偵察兵であるとするなら、射殺した方が?」
「いや。……放っておこう。こちらから手を出して大事になったらことだ」
ある意味腑抜けている選択肢ともとれるが、そも全員が馬に乗った者達と、そうでない者達も含んだ傭兵団では単に機動力が足りない。万が一手を出して気に障り、一当てと逃げ戦法で戦われれば一たまりも無い。
そうでなくとも、こちらの大義名分もなければ、極低確率ながらこちらを観察しているだけという可能性も捨てきれない。
無意味に攻撃をするだけなら、野鼠ですらできる。フランシスも気にならない訳ではないが、様々な理由から手を出す訳にもいかない。フランシスは構えた陣地に向かって踵を返した。
鋭い瞳で、尚も丘の上の集団を見つめながら。




