十三話 お節介な団長
アルラが、揺れる馬車の中で昼の警護、夜の番の順番を決める。まずは、この三日程で疲労や効率を図り、フランシスが隠れて採点する。
この自信に満ちた少女には到底感じられないが、緊張などで失敗する、という可能性も考慮しなければならない。となれば、一度の失敗で落すのは余りにも酷というもの。慎重に見極めなければいけないのは、少女だけではなく、フランシスもなのだ。
「……一つ聞いていいか」
アルラがふと口を開いた。相変わらず不遜な物言いではあるが、侮蔑等は感じない。負けじと背を伸ばしているようにしかフランシスは感じなかった。彼は鷹揚に頷いた
「フランシスも動員していいか」
――その言葉に、一瞬馬車内の空気が刃を帯びた。フランシスではなく、ノールと他の団員の一部が発した物である。一様に少女に厳しい視線を向けていた。
それは、フランシスが団長であることを望み、尊敬している者達である。フランシスにそんな気がなくとも、彼が三十の戦力で五十を――英雄的に――ひっくり返した事は、記憶に新しい。そんな団長に、雑用をさせるわけには行かない。そう言わんばかりの目線に、さすがの少女も僅かに怯んだ。
しかし、すぐにその上に気丈な顔を張り付けて見せた。弱味を見せまいとしながら、少女は尚もフランシスを見つめた。フランシスは団員を手で制し、落ち着かせた。
「理由を聞かせてくれ。それ次第だ」
あくまでも問いかけ。責めるような口調でも、問いただす様でもない。自分が雑用に使われる事を一切気にしない。使える物は使え。自分自身も。そんなスタンスである。団長という立場の男、その態度としては、あまりにも異様と言えた。
だが、アルラはそれで気を取り戻したように名簿をフランシスにも見える様にクルリと回した。
「ウォルス、ケンドリック、ノールが隊長格とみてグループを組む。道中の休憩は四回」
フランシスは無言で先を促した。軽く頷いて、アルラは説明を続けた。
「であれば、定石通り四回入れ替えたいが、どうしても一つのグループが二度行う必要がある」
「そこで俺がいれば問題ない、と」
評判がいいとはいえ、フランシス含め総勢十二名の零細傭兵だけを護衛にするのは流石に心もとなかったのか、商団側で雇った私兵が十名ほどいる。これの力量は全員ほぼ同じであり、その采配は傭兵団の方へ一任されている。
フランシス傭兵団から隊長格三人を除き、出せる数は九名。商団の雇った私兵もいれて十五名。四集団で運用するなら、一集団に4名ずつ入れ、1名足りない計算になる。
要するに、四:四:四:三で集団を作り、四人のグループをウォルス、ノール、ケンドリックに任せ、三名のグループをフランシスに一任する事で、戦力差をなくすという算段であった。
「……なるほど。理には適っているな。良し、俺を動員して構わん」
その割り切りは、なるほど、団長たる者としての適した態度とも取れるだろうか。ただ、尊敬され慕われる者としての態度ではなかったが。
日が暮れる。馬車を置き去りに、山の向こうへと日が沈んで行く。荘厳とも取れるそんな様子に
「おお、太陽の神よ」
そんな声がどこからか聞こえるようだった。
「アルラ。少し、良いか」
フランシスは天幕に入ろうとしたアルラを呼び止めた。頭だけで振り返ったアルラは、なにやら本を持っている様だった。フランシスは読み書きができないから、何と書いてあるかはわからなかったが、それでも難しそうな内容なのは何となく把握した。
「フランシス団長か。問題ない」
頭の回転に追いつくように、ゆっくりと振り返ったアルラ。フランシスは休憩所にある切り株でできた椅子に向かって歩き出し、その後ろをアルラが追随した。
大男に分類される彼がどっかりと椅子に座り込むと、アルラが逆に小さくなったような感覚を覚えるだろう。事実身長には大きな差がある。
焚き火を囲むような配置の切り株で、フランシスは焚き火をぼんやりと眺めた。アルラは、フランシスの顔を真っ直ぐに見つめていた。
「さっさと本題に入らせてもらうぞ」
「ああ。此方も迂遠な会話は苦手だ」
素直な言葉を吐いた少女は、改めてまっすぐとフランシスと見詰め合った。
「アルラもわかってると思うが、お前の態度、言動に苛立ちを覚えている奴は多い」
不遜な物言い、団長に対する敬意の無さ。幾ら新人とはいえ、あまりに礼儀知らず。そうぼやく団員もいる。フランシスは警戒を怠らないながらも、聞き耳を立てそんな事を聞いていた。確かに、無頓着なフランシスにとっても溜め息をつきたくなるような言動は幾つか存在した。
「それで、何だ。自重しろとでも言いたいのか?」
この挑発的な言動もその一つだ、とフランシスは口に出さずに溜め息を吐いた。
「別に、自重しろと言うつもりはない。俺は自由意志を尊重する」
フランシスも、格式ばった言い方は嫌いであるし、女だてらに、ととやかく言うつもりはない。
「だが、周りは別だ。……とやかく言われたくないなら、自らの実力は確りと打ち出せよ」
「……承知している」
話はそれだけだ、と言って、フランシスは天幕に入った。焚き火の燐光を浴びながら、アルラはもう少しだけそこに座り込んでいた。




