十二話 自称戦術家
遅くなりました。
これから少し更新ペースが落ちると思います。
ご了承くださいませ。
自称戦術家の少女は、これだけの男に囲まれてにらまれても尚、腕を組んで動じない。凛としていると言えば、そうだ。小さな巨人と言える程、その立ち姿は動じない。
フランシスは無遠慮に、その全身を一瞥した。身を包む上等なローブは、少なくともこの酒場には似合わない。薄灰色の布でできたそれは、酷く上等で、それこそ貴族が着る様な物だ。同じく、気品を感じる顔立ち、と言うべきだろうか。少女の顔は整っていた。
高い鼻、大きな目。藍色の目は前だけを見据えており、その奥に決意が満ち満ちているのが分かりやすい。聡明そうな視線は、静かにフランシスを見つめ返した。少女も少女でフランシスを品定めしている様であった。
「戦術家、必要としているのだろう」
再び繰り返された物怖じしない尊大な物言いは、しかしフランシスをして唸らせる問題であったので否定する事はできなかった。
戦術家の減少が昨今は著しい。それは頭の出来が良い者が少なくなったとかそういう問題ではなく、単純に戦乱の減少が予想され、今まで引っ張りダコであった戦術家・戦略家の類が一斉に見向きされなくなったからだ。
これからは仕事を失った軍人の対処、そしてその中でも非行に走る者の対処に人員が最も必要である。ならば、無駄飯喰らいの戦術家を抱え込むのは愚行。必然的に、そんな仕事に就く者も無くなり、ここ一年で一斉に消えるだろうと言う事が予想されていた。
その問題はフランシス傭兵団――フランシスその人が否定したので、仮称であるが――にも、頭を抱えるべき問題として横たわっている。今から戦術家を一人選ぶのでは遅く、かといってその場その場で切り抜ける訳にもいかず。
結局ずるずると、戦術家抜きでポート・パティマスよりパートマデット首都へ活動場所を移転しようとしていた時であったのだ。
その分、自称戦術家への目は、非常に鋭いものとなるのは致し方ないと言えた。万が一にも土壇場で「実は戦術家ではない」では困るのだ。
しかし、そんな雰囲気が、フランシスの溜め息で掻き消された。
「そりゃ、いるがなぁ」
困ったようなそんな声は、この男にしては珍しい、と言える。いかにも上流階級と言った見た目の少女は、厄介事の香りがするのだ。しかし、頭を掻き毟りながらフランシスは妥協した提案をだした。
「嘘じゃ困るから、最初は研修期間から初めて貰う。そこで様子をみせて貰おう」
戦術家は喉から手が出る程欲しい。しかしながら面倒が起これば追い出せば良いが、フランシスの目に移った少女が戦術家でなかった時が最も困る。だからこその、研修期間の設置で妥協して貰う訳だ。フランシスが最大限譲歩した結果を、少女が受け入れるかどうかは別だったが。
だが、そんな心配は無用だった、と言えよう。少女も自分が信頼されていないのが分かっているのか。
「それで構わない」
そう言って頷くだけであった。
「それと。パート・マデットでの活動はそろそろ終わるし、移動も行うが、それでも良いか?」
「そうなのか? ……まぁ、移動で不都合が生まれるわけでもない。問題はない」
フランシスは溜め息をつく。大仕事は一旦終わったはずであるのだが、フランシスの心労は日に日に増すばかりであった。
そうして、自称戦術家の少女を傭兵団に仮にとはいえ、所属させてから二日が過ぎる。旅食――保存食も無事届き、商団の護衛として一路、パートマデット王国首都へと向かう。
明け方、別れの挨拶にきたバラトカと商人に握手と一言交わし、そのまま旅路につく。淡白に見えるかも知れないが、傭兵と一般人の関係はこんなものだ。いつ死ぬかも分からないのだから、「せめてご無事で」と言う程度だ。
ガタゴトと車輪が回り始める。見送りに来た何名かを置き去りに。人では重い車も、馬にかかればなんのその。大きな木の車が馬で引かれて行くのは中々に勇壮だ。フランシスは気にしないが、他の団員はそうではない者も多く、皆一様にはしゃいでいた、といっていいだろう。
その中で落ち着いているのは、馬車に乗った事があるフランシスに古兵ウォルス、老兵ノールと、自称戦術家の少女――アルラだけである。何処か遠くを見つめる彼女は、揺れる馬車に何も感じていないようであった。
何とも言えぬ静寂が降りた馬車の中、フランシスは不意にアルラを呼んだ。静寂を崩した男へ、アルラはムスッともせず振り返った。
「今は出発したてだから問題はないが、明日の昼の警護、夜の警備の割り振りをしなきゃならん。分かるな?」
「そのぐらい分かる。で?」
少女の言葉は傲岸不遜というべきだ。その辛辣な態度は、よほど自分に自信があるのか。フランシスはそんな態度に対しても、全く無表情のまま話を進めた。
「その割り振りについて、一度アルラに采配してもらいたい」
戦術家としての研修期間として、一ヶ月を提示したフランシス。その間に、この稼業に適しているか、知識はあるか、実力や知恵、工夫力、想像力……戦術家に求められる諸々を確認しなければならない。これはその第一弾であった。
まずは、昼の警護。移動のついでと言う形だが、それでも護衛は護衛。商団の馬車八つを護衛する上で、ずっと歩く、もしくは馬に乗っているのだから、常に同じ人間が担う訳にはいかない。故に、ある一定の周期で警護が変わるのは必然だ。
次に夜の警備、不寝の番である。これもまた、徹夜は体に強く影響を与える点から就寝する時間を区切らなければならない。しかもこれは、昼の警護の疲労もある程度念頭にいれて考えねばならず、適当に割り振る訳にもいかない。
そしてどちらも、戦力の偏りも考慮しなければならない。指揮を執る人間として、初歩の初歩と言うべきだろう。アルラは焦らず、名簿を要求した。




