表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

2016年/短編まとめ

美味しいピーマンの肉詰めの作り方

作者: 文崎 美生

高く結い上げられた茶色混じりの黒髪――見ている方からしたら黒混じりの茶色なのだが、そう表現すると本人は酷く微妙な顔をする――を見て、細い背中の中央よりも下辺りのリボン結びを見た。

珍しいなぁ、なんて思いながら冷蔵庫に寄り掛かると、背中を向けられたまま「挽肉、玉葱、ピーマン、牛乳、卵」と言われてしまう。


オウム返しをしながら、寄り掛かっていた冷蔵庫の扉を開ける。

思ったよりも冷蔵庫の中身が潤っているのは、私とまだ来ていない(アヤ)ちゃんのお陰。

家主で冷蔵庫の持ち主でもあるエプロン姿の彼女は、栄養補助食品に頼り切りなので、冷蔵庫の中身がスカスカでも気にならないようだ。


実家にいる時は、手作りを食べているのに、自身で用意するとなると途端に面倒臭がる。

曰く、自分の為に作るのは違う、とか。

あまり分からないままに、言われたものを冷蔵庫から取り出せば、彼女は彼女でパンや小麦粉を出していた。


「料理しないって言う割に、動き出すと何と言うか、真面目だよね」


ゆらゆらと揺れる癖毛を見ながら言えば、そうだねぇ、なんて気のない返事が返って来た。

長い袖を捲り、細く白い腕を露出させる彼女は、料理をしないと言う癖に、レシピも見ずに始めてしまう。


既に石鹸で丁寧に洗った手で、私の出した玉葱の茶色い皮の部分を剥いでいく。

慣れた手付きで包丁を握る姿は様になっている。

トトトトト、ザクザクザク、軽快な音ともに、透明なミの部分は粉々になり、微塵切りにされていった。

涙こそ出ないのだろうが、小さく鼻をすする音がする。


「料理はねぇ、出来ないんじゃない。しないんだよ」


木っ端微塵にされた玉葱を見ていると、彼女が料理に関する、キッチンに立つことに関する口癖のようなものを吐き出した。

実際のところ、何度もその言葉を聞かされているので、物珍しさはない。


言い訳にも聞こえる言葉選びだが、本当に出来ないわけではないのだ。

迷いなく包丁を握り、一度も手を止めることなく玉葱を木っ端微塵にした人が、料理が出来ないなんて、ある意味嫌味だろう。

本当に興味無いんだね、と笑ってみれば、間髪入れずに、うん、と頷きが返ってくるのだから仕方ない。


鼻をすすりながらも、彼女は普段ののんびりとしたマイペースな動きからは考えられないスピードで、耐熱ボウルに玉葱を流し込み、ラップを掛ける。

スパンッ、と綺麗に切れたラップを見て、乾いた笑いが漏れてしまう。

そうしてそれを、電子レンジの中に突っ込んで二、三分。


「チンした方が甘いよね。って言うか、玉葱は甘いものだと思ってた。そもそも」


「うーん、それは作ちゃんの野菜好きがあるからじゃなくて?」


「いや、セロリとか好きくない」


好きくない、と呟き返せば、電子レンジ特有のチンッという軽快な音。

ガチャコンッ、扉を開けた彼女は、それを取り出し、ラップを外してから挽肉と牛乳と卵とパンと塩胡椒を入れていく。

ドサドサ、ドポンッ、と豪快な音だ。


そうして全部入った耐熱ボウルが、何故か彼女の後方に立っていた私に手渡される。

あれれ、今日は作ちゃんが作るんじゃ、思ったことを口にするよりも早く、其処にいるなら手伝うってことでしょう、と言われてしまった。

男子厨房に入るべからず、ではなく、料理しない者厨房に入るべからず、らしい。

――つまり、キッチンにいるなら働け。


はぁい、なんて間延びした声で、一応洗っておいた手をボウルに突っ込んで、悲鳴。

「あっつ!!!何これ熱い!!!」手を引っこ抜けば、ピーマンを水洗いしていた彼女が、真っ黒な瞳を私に向ける。

光の宿らないその目が細められ、何してんだよお前、と言っているようだ。


「そりゃあ熱いよね。レンちんしたもん」


「言って?!言おう?!注意喚起しておこうよ!」


私の叫びに、良く分からないとでも言いたげに眉を寄せる彼女は、そっか、と頷いて水洗いの終えたピーマンを切った。

ザクリ、と良い音がして満足そうだけれど、私の言いたいことが伝わった気がしない。


唸りながらも、のろのろとボウルの中身を混ぜ込んでいく。

ジリジリと熱が手の平を焼いているような気がするのだが、気のせいだろうか。

隣で真っ二つにしたピーマンの種を抉り出す彼女の楽しそうなこと、楽しそうなこと。

ちょっと変わって欲しいくらいだ。


私の心中を知ってか知らずか、彼女はビニール袋の中に小麦粉とピーマンを入れて、じゃかじゃかと音を立てながら上下左右に振り回す。

些かダイナミック過ぎないだろうか、男前だ。

そうして小麦粉をまぶしたピーマンを取り出す彼女の視線は私に向けられて、終わった?とでも問い掛けるように首を傾けた。


いつもは長い前髪からチラチラと覗く黒目だが、今日ばかりは料理の為にと横に流されていて、ダイレクトな視線だと思う。

出来たよ、とボウルを突き出せば、今度はピーマンを一つ手渡された。

まだまだお手伝いは終わらないらしい。


「子供の頃ってピーマンとか食べれなかった?」


「うーん、確かに苦手意識はあったかも。作ちゃんは野菜好きだし、そうでもなかったの?」


ピーマンの中にお肉を詰め込みながらのお喋り。

彼女はビニール袋を振っていた時と同じようなダイナミックさで、ぎゅうぎゅうとお肉を詰め込んでいる。

欲張りとかじゃなくて、速さ重視で何と言うか力任せと言うか。


「いや、そもそも野菜好きになったのは小学校に上がってからだから。喘息で栄養価を考えた結果が野菜生活だったんだろうね」


お肉を詰めたピーマンを持ったまま、彼女はお皿を取り出してその上にピーマンを置く。

私もそれに習って置いて、また新しいピーマンへと手を伸ばす。

そうなんだぁ、と出た頷きに、そうだよ、と返って来て沈黙が落ちた。


黙々と手を動かして、全てのピーマンにお肉を詰め終われば、ボウルの中身も空っぽになる。

それを水に漬けていると、フライパンをコンロに置いた彼女が一人で「火、良し」と点火。

その後には油を引きながら「油、良し」と満足げ。


「洗い物、出来る?」


ゆらゆらと揺れるポニーテイルを眺めれば、そんな言葉が投げられるから、間延びした返事をしながらスポンジを手に取る。

スーパーとかで売っている少しお高めなメーカーのスポンジだ。


冷蔵庫の中身に関しては私を含めた彼女以外が揃えているが、食器や調理器具やこのスポンジなどは彼女の好みのものらしい。

料理はしない、という割には、置いてあるものには気を使っており、仮に使うことがあるならば好みのものを、ということだろう。

実際に彼女が今使っているフライパンも、火に掛けられている部分はパンダの絵らしい。


ガッチャガッチャと包丁やらまな板やらを洗って、もこもこと泡立てれば、彼女がこちらを見て「洗剤使いすぎじゃない?」と眉を寄せる。

因みに洗剤も彼女のお気に入りらしく、なるべく透明の容器で柑橘系の香りだ。


「……まぁいいや。それより水頂戴。百くらいでいいよ」


「計量カップどこ?」


「その足元の引き出しの右」


言われた通りにしゃがみ込み、足元の引き出しを開ければ、ステンレス製の計量カップ。

それに水を入れてから手渡せば、有難う、という言葉と共に攫われて行き、いつの間にかひっくり返されているピーマンの入ったフライパンに注がれる。

水が加えられ急激に熱せられたせいか、ジュワアァと音が響く。


洗い物の手を止めていれば、彼女はフライパンに蓋を被せて、火の調節をしている。

「うーん、そろそろかなぁ」と呟いた彼女は、ゆっくりと火元から離れて、台拭きを手にした。

私もそれに釣られるように、洗い物を再開する。


洗い物を終えて、キッチン周りの水気取りも終わった頃に、呼び鈴が鳴らされて、その直ぐ後に鍵の開けられる音がした。

顔を見合わせれば、玄関の方から二人分の「ただいま」が聞こえてくる。


「お帰りなさーい!」


「お帰り」


キッチンから顔を出せば、買い物バッグを持った二人が、それぞれ返事を返してくれる。

オミくんは買い物バッグを持ったままキッチンに入って来て、冷蔵庫の中に飲み物を詰め出す。

中にはアイスコーヒーもペットボトルもあって、彼女が眉を顰めたのは言うまでもなく、豆あるのに、という呟きが聞こえてくる。


リビングでは文ちゃんが買い物バッグから紙袋を取り出して、新刊らしい分厚い本を並べていた。

キッチンから聞こた呟きに「豆から珈琲淹れられるの、アンタだけでしょう」と返す。

あぁ、確かに、珈琲豆もお茶の葉も沢山あるけれど、本当に美味しく気を使って面倒な淹れ方を出来るのは彼女だけだ。


「いやいや、あんなの覚えれば誰でも……」


「何でも良いけど、火掛けっ放し。もう汁も透明だけど、良いのかよ」


「良くない!」


反論をするためにキッチンから飛び出して来た彼女に、私は苦笑を浮かべたが、文ちゃんは面倒臭そうな顔をして本を取り出す。

どんどん積み上げられていく本達、一体何冊買ってきたんだろうか。


二人の顔と本を見比べていると、キッチンで飲み物の補充をしていたオミくんが、前髪を払いながら、もう片方の手で竹串を持って顔を出す。

オミくんの言葉に逸早く反応した彼女が、やはりゆらゆらとポニーテイルを揺らしながらキッチンへ駆け込んで行くのを目で追えば、キッチンからはお腹の空く匂い。


「ピーマンの肉詰め、出来ましたぁ」


楽しそうな彼女の声が部屋に響く。

続いて「デミグラス?ポン酢?醤油?」という問い掛けが響いて、文ちゃんはポン酢、オミくんは醤油、と答えるから、デミグラス?と逆に問い掛けてしまう。


「……皆我侭って言うか、ソース全部用意してあるから勝手にしてくれて良いや。生で出すね」


溜息混じりに出された、大皿に乗ったピーマンの肉詰めは、ほかほかと白い湯気を立ち上らせている。

聞く必要あったのか、なんて皆思ってるけど言わない。

美味しそうな匂いが部屋いっぱいに広がって、ご飯が山盛りになったご飯茶碗を持つ私達。


「戴きます」


四人分の声と手を合わせる音が食卓に響き、私達は箸を伸ばした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ