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前期期末試験 ちょっと前


 

2015年7月24日午前9時、大学生になり初めての定期試験を目前にした西村大悟は自らの置かれた状況を顧みて盆地独特の暑さからくる汗とはまた違う汗をだらだらとこぼしていた。

全国のほとんどの大学ではそのほとんどで7月下旬ごろに前期の期末試験が行われ、大悟が在籍するここ相生大学においても本日から期末試験が開始される。


「最近の若い者は自分と同じもしくは近い見解には簡単に同意するも、自分の見解が否定される意見には稚拙な知識をこれでもかとさらけ出して、あたかも自分が正しいのだとするように主張する傾向がある」


と、最近の若者のど真ん中の年代であろう21歳の長身の先輩は、所詮他人の事など何処吹く風といったように自分の作業の手を止めずに言い放った。


「い、いやだってここのサークルに入れば単位なんて楽勝だってみんな言ってましたし…」


今年の新入生の間で囁かれている噂、それは遊んでばかりいても単位を落とさないサークルが存在するという大学の七不思議と呼べるようなものだった。

そんな噂を聞きサークルに入会したのが今年の4月、それからというもの日中はテーマパークでのバイト、夜は飲み会やコンパといった、大学生なのかフリーターなのかわからない生活を送ってきた。


「みんなってどこのみんなだ、ここの連中から直接聞いたわけではなかろう。」


「でも実際、このサークルの先輩たちって単位落としてないって評判ですし、岩崎先輩に関して言えば、成績優秀者で学費がタダになるほど優秀じゃないですか」


 相生大学には成績優秀者の学費が免除になる奨学金制度が導入されている。

 この目の前で涼しい顔をしてルーズリーフにひたすら数字を書き続けている3回生の岩崎健人は、在籍者が5000人を優に超える相生大学において10名ほどしか選出されない成績優秀者に2年連続で選ばれたことで教授、学生双方から有名な人だった。


「頭がいいからと言ってお前と違って講義に出ていないわけではないからな。というよりなぜ学生でありながら講義に出ない?学ぶための大学だろうに」


「それは……」


 至極まっとうなことを年の近い、それこそ最近の若者に言われてしまいぐうの音も出ずに黙り込むしかなかった。


「まぁ、親の目がなくなり急に自由を手に入れたことで羽を伸ばしたくなるのもわからんでもない。大人しく今回の試験は諦めて夏休み後からはきちんと大学に来ることだな」


「それが、そうも言ってられないんですよ」


 岩崎が言うように夏休み後、つまり後期から大学にきちんと講義に出席すれば単位はとれるだろう。

 しかし、この前期中に落としてはいけない科目がどうしても1つだけある。


「憲法か?」


「憲法です…」


 相生大学法学部には1年の壁といわれる憲法が必修科目とされている。

 壁というほど難解な科目でもないのだが、大学生になり開放的になったイケイケな金髪新入生が成績表を開いた瞬間に顔面を蒼白に変え、試験を作成した教授に向かってあれやこれやと言い訳する姿が後を絶たないというのは法学部では有名な話だ。

 まさか自分がその中の1人に該当するかもしれないと当時の大悟は思いもしなかったが…


 当然のことながら、必修科目を落とすようなことがあれば留年、来年度たかだか1科目のためだけにもう一度1回生をやり直す羽目になる。

 そうなれば両親には怒鳴られ、最悪自主退学をする羽目になりかねない。学費とて安くはないのだ。

 そして下手をすれば人生を二分しかねないその憲法の試験があと4時間で開始されるという絶望的な状況に大悟は立たされていた。


「あの科目は楽勝だろう、単位突破率9割の楽勝科目だ。しかも試験は全問マーク式。このサークルに入れたお前ならそれこそ適当にマークしても及第点ぐらいはとれるだろう。」


 そんな後輩の崖っぷちの状況を気にも留めずに岩崎は机いっぱいに広げた新聞記事や雑誌、そして自分のノートから目を離さず相変わらず淡々とペンを走らせていく。


「あれは…その、ほら、たまたま運が良かっただけですって。」


「たまたまであの入会試験を突破できるわけがない、現に桜井はお前がイカサマをしたことについていまだに疑っているからな」


「で、ですから何度も話したようにイカサマなんてしてないんですってば」


「あの状況でお前がイカサマをしている素振りは全く見えなかった。俺もそう思う。だからこそあの奇跡ともいえる運を持っているお前であればたかだか大学の試験くらい楽勝だろうと言っているんだ」


 たしかに俺はイカサマなんてしていない。


 そもそもイカサマというのは必ずそう見えさせるためのタネがあるものであって、自分もそのタネを知らなければイカサマにはならないはず。


 そしてそのタネを大悟に植え付けた張本人からは未だにタネあかしはされてはいない。


 結果、大悟の中のタネはすくすくと育ち、疑念という花を咲かせようとしていた。


「あの時の感覚を思い出せば、まぁ何とかなるだろ」


 岩崎があの時というサークルの入会試験があったのは今から3か月前、まだ桜が満開の春、大悟が大学生になったばかりの頃だ。



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