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ピアノ

「ご主人様、今日もいい朝ですよ! 起きてくださーい!」

「ん……今、起きるよ」

僕はミレイヌの声で目を覚ます。

昨日と全く同じ朝。

なのに、なんだか気分が重いのは何故だろう。

「下でソフィーナさんも待ってますよ~ご主人様♪」

ああ。

「うん、今着替えて向かうからちょっと待っててね」

理由がわかった。

アリティアが、いないんだ。

「昨夜お着替えしたじゃありませんか、必要ないですよー! れっつごーです!」

「わっ……わかったから引っ張らないでよ」

「今日の朝ご飯はミレイヌが作りましたからね♪」

ミレイヌは機嫌良さそうに、僕の腕を引いて歩く。

……ああ、僕のせいでアリティアが謹慎処分に……。

『名無し君が、罪悪感に苛まれる必要は無いんだよ』

「……!?」

一瞬。

エルの声が聞こえた気がして、僕は立ち止まって辺りを見渡す。

しかしその声の主の少女は、やはりどこにもいない。

「ほらほら、止まってないで行きますよーご主人様!」

「う、うん。ごめん」

気のせい……だったのかな?

僕は、そのままミレイヌとリビングへ降りた。



もはや今までアリティアという人が存在しなかったといわんばかりに、誰もその事を話題にしない。

僕は気になって、今食べていたパンを置く。

「……ソフィーナさん」

「なんですか?」

「アリティアは、今どこにいるんですか?」

一瞬、空間にぴりりとした緊張が走った気がする。

が、それも気のせいだったのか。

「旦那様、ご心配されなくても大丈夫です。アリティアはちゃんとこの島にいますよ」

ソフィーナさんはふふ、と穏やかに笑いながら答えた。

「な、なんだ……そうなんですか」

てっきり、島を出たのかと思っていた。

この島にいるのなら、また会えるかもしれない……ん?

「昨日アリティアに案内されなかったんですけど、ここには他にも建物があったんですか?」

確か僕達の他に住んでいる人はいないって言っていたはずだけど……。

「ありますよ。昨日旦那様が出た玄関とは逆の方向に、建物があります」

なんだ、知らなかった。

人が住めるスペースはちゃんとあったのか。

「それじゃ、ご飯の後にでも会いに……」

「いけません旦那様。その建物は深い森の中にありますから、迷いでもしたら大変です」

「……そうですか」

仕方ない。

謹慎処分が解けるまで、アリティアに会うのは諦めよう……。

もしも会えたら、一番初めに謝りたいな。

「ご主人様ご主人様~」

「なんだい?」

「朝ご飯が終わったら、今日は屋敷の中でミレイヌとゆっくり過ごしましょう♪」

「う、うん……そうするよ」

僕は食べかけだったパンを手に取って、ゆっくりと千切って食べていった。



今日はバルコニーで3人でお茶を楽しんだり、ミレイヌのおしゃべりに付き合ったりしていた。

よく言えば平和だが、正直に言えば面白みの無い退屈な時間でもあった。

そう、あのピアノを目にするまでは……。


「ご主人様~、ご主人様は音楽はお好きですか?」

「音楽?」

「はい! 音楽です!」

僕の部屋でミレイヌは、突然そんな事を聞いてきた。

「例えば、歌うのとか……何か演奏したり、聴いたりするとか!」

「うーん……記憶を失う前の僕はどうだったの?」

「どうなんでしょう?」

「?」

会話がすれ違っている気がする。

「ごめんね、覚えてないや」

「そうですかぁ」

何だろう、この違和感は。

「しかし、歌か……」

前に夜のバルコニーで歌っていたあの子……エルの事を思い出す。

エルは一体誰なんだろう。

そしてたまに夢に出てきたり、声が聞こえたりするような気がするのは何故だろう。

ぼうっと考えてたら、ミレイヌが得意げに顔を覗きこんできた。

「ご主人様、この屋敷にはピアノがある部屋があるって知ってました?」

「ピアノがあるの?」

「はい! 良かったら、少しその部屋を覗いてみませんか?」

僕は、なんとなく興味があった。

ミレイヌと廊下に出て、そのピアノがあるという部屋へ向かった。


「ここはご主人様といえど本来は許可無しじゃ入っちゃ駄目なお部屋ですから、絶対ソフィーナさんには秘密ですよー?」

ミレイヌは口元に指を当てヒソヒソ声で喋る。

「わかった、秘密にするよ」

「中は防音になっていますから、普通に喋って大丈夫ですからねー……どうぞご主人様」

「うん」

そしてミレイヌは鍵を開け、扉の中に僕を招き入れた。

その中は窓が無いからか真っ暗だったが、すぐにミレイヌが明かりをつけてくれた。

そこには……少し埃を被った黒いピアノが1台、ぽつんと置かれていた。

「ここは……あれ……」

頭の中に、一瞬バチッと電撃が走った気がする。

ここは、記憶の中に、ある。

「どうしたんですか、ご主人様?」

様子が変だと思ったのか、ミレイヌが僕の顔をきょとんとした目で覗いてくる。

「あの、ピアノが……」

引っかかる。

もう少しで思い出せそうな気がする。

何かが……。

「だったらご主人様、引いてみますか?」

「う、うん……」

とりあえず僕は、ピアノに近付いてみる。

懐かしい。

今まで何を見てもそんな事思えなかったのに、何故かこのピアノを見ているとそんな感情が湧き出してくる。

僕は椅子に座り、大きな鍵盤蓋を開く。

そして、適当な鍵盤に指を置いてみる。

ポーン、と音が鳴ると同時に、

「……うっ!」

僕の頭は、割れそうな位に痛み出した。

何かが、思い出せそうな気がする。

ピアノが。

ピアノのある、こんな景色が見ていた気がする。

でも、ピアノを引いているのは僕じゃなくて……。

僕は、隣で……じっと……。

「ご主人様?」

「……」

「どうしちゃったんですか、ご主人様? なんだか、変ですよ?」

遠くでミレイヌの声がする。

結局、具体的な事は思い出せなかったけど……なんだか、頭が割れそうだ。

とにかく今はここを出て、部屋に戻りたかった。

「……ちょっと部屋で休んでくるよ、ミレイヌ」

「ご主人様が、そう言うなら」

僕達はピアノを元に戻すと、部屋を出る為に扉を開いた。

「……旦那様……ミレイヌ……」

そこには怖い顔をしたソフィーナさんが、僕達を待ち構えるように立っていた。

「す、すみませんソフィーナさん……! ミレイヌ、旦那様が少しでも楽しい気分になってくれたらと思って……」

「この状態が、楽しそうに見えるのですか? 貴女……この意味をわかっていてやったでしょう」

「そんなぁ! 違います、ミレイヌは純粋に……」

目の前で話す2人の会話が、遠くに聞こえる。

ああ、まただ……また僕は……。

僕は、その場に倒れてしまった。


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