浜辺
「ご主人様ー!朝ですよー!」
賑やかな声。
「んん……あとちょっとだけ……」
「もう朝ごはんできちゃいましたよ、起きてください~!」
「わかった起きるよ……おはよう、ミレイヌ」
「おはようございますご主人様!さあ、早くリビングへ向かいましょう!」
「うん、そうするね……そういえば、昨日は着替えないで寝ちゃった」
よっぽど疲れてたんだろう。気づかなかった。
僕は、クローゼットを開く。
ふと、クローゼットの扉の内側に何かが外されたような跡があったのに気づいた。
「……?」
まあ、いいか。
僕は新しい着替えを取り出そうとする。
が、ミレイヌに腕を掴まれ止められてしまう。
「……ミレイヌ?」
「ご主人様、着替えなんてしてる場合じゃありません!朝ご飯が先決ですよ~!」
「え……でも」
「さ、いきましょー!」
そして僕はミレイヌに引きずられるように、強引にリビングへ連れだされた。
アリティアが作った美味しい朝ごはんを食べ、ソフィーナさんの紅茶を飲んだ後。
後片付けが済ましたアリティアが、約束通り僕を外へ案内してくれると言ってくれた。
「いってらっしゃいませご主人様~♪」
玄関ではミレイヌがぶんぶんとほうきを振り回しながら、僕達を見送ってくれた。
屋敷の外には、一本のレンガの道と、辺り一面の花畑が広がっていた。
アリティアは僕より先に進むとくるりと回って、エプロンドレスをなびかせる。
「んーいい天気……さて、今日はこの島のいいところを全部案内してあげるわ!」
「ありがと。そういえば、アリティアは僕の事をあんたって呼ぶよね」
「う……そ、それがどうしたのよ?」
あまり指摘されたくなかったのか、アリティアは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「いや、ソフィーナさんやミレイヌは僕を様って呼ぶから、なんとなく……」
「やっぱり……ご主人様って呼ばれたい?」
ミレイヌと同じように、アリティアが僕をご主人様、と呼んでいる様子を想像してみる。
……なかなかイメージが沸かない。
「……そうでもないかも」
「だったらいいじゃない、行くわよ」
アリティアは僕より先に少し駆けていく。
「ま、待ってよ……!」
僕は必死で追いかけるが、すぐに息が切れて辛くなった。
「はぁ……はぁ……」
一旦しゃがんで呼吸を整えようとするが、なかなか落ち着かない。
「ごめんなさい……その、大丈夫?」
「あ……アリティア……」
アリティアが焦った様子で戻ってきて、僕の背中をさすってくれた。
「はは……こんなところがソフィーナさんに見つかったら大変だねアリティア……」
自分の体力の無さに呆れる。
少し、走っただけなのに。
「喋らなくていいわ……その、あたしのせいで無茶させてごめんなさいご主人様……」
「あれ?今ご主人様って呼んでくれた?」
「……あっ」
恥ずかしかったのか、僕から目を逸らすアリティア。
なんだ、可愛いなぁ。
「……もう僕は大丈夫。手を借りてもいいかな?」
「ええ……その、ほんとに大丈夫?」
僕はアリティアの手を取り、立ち上がる。
手袋越しに感じるアリティアの手は、とても柔らかく感じた。
「よいしょ……。アリティアの手って、僕と違って柔らかいね」
「ッ!?」
「ど、どうしたの!?」
アリティアが突然ビクリとする。
そして、どこか困った顔をしたあと、アリティアは目線を逸らしながら答えた。
「ま、まあアレよ、男女の違いってやつよ。男の子は、女の子と違ってごつごつしてるもの」
「それもそっか」
目を逸らして答えるアリティア。
もしかして、恥ずかしかったのかな?
……悪いことをしてしまった。
「……僕はもう大丈夫、ありがとうアリティア。さあ、島を案内してほしいな」
「ええ……今度は、ちゃんとゆっくり案内するわ」
癖なのか、照れ臭そうに髪をくるくると弄るとアリティアは前を向いてゆっくりと歩き出す。
僕はその後ろを、色とりどりの花畑を見渡しながらついていった。
「この花畑、すごく綺麗だね。手入れとかしてるの?」
「していないわ。これ、全部自然と咲いた花なのよ」
「そうなのかい?」
「ええ。ここには、沢山の生命が美しく咲いているの」
「そうなんだ……すごいね」
ふと立ち止まって後ろを振り向いてみると、花畑の中心に屋敷があった。
……外から見ても、華美な建物だなぁ。
「ほら、次の場所へ行くわよ?」
「うん」
レンガの道を歩いて花畑を抜けると、次にあったのは森だった。
風に揺れる木々の葉擦れの音が、そして葉の間から差し込む柔らかな太陽の光が心地良い。
耳を澄ませば、小鳥のさえずりまで聞こえてきた。
「バルコニーから見た時も思っていたけど、この森も素敵なところだね」
「あたしもこの森は好きよ。秋には木の実がなるし、変な獣も出ない。あと、ちゃんと道を歩けば迷うこともないしね」
「アリティアは業務的なんだなぁ」
「こういう時は仕事熱心と言って欲しいわ」
「はは、ごめんごめん」
少しむっとした顔をするアリティア。
そういえば……昨日ソフィーナさんがこの島、と言っていた気がする。
という事は、僕がいるここは島なのか……今更だけど。
「……突然立ち止まって、どうしたのよ?」
「いや……ここは島なんだよね」
「そうよ」
「僕達の他にこの島に住んでいる人はいるの?」
「いないわ」
即答される。
「それじゃあ、食料とかはどうしてるの?」
「月に一回、ソフィーナさんが島の外へ買い出しに行ってるわ。遠いんだけどね」
「そうなんだ……あ、あと……」
僕はごくりと唾を飲み、気になっている事を問う。
「この島は僕のモノって……本当なの?」
「本当よ」
また、間髪入れず答えられる。
「あのお屋敷も、花も、木も、あたし達メイドも……この島にあるモノは、全てあんたの……ご主人様のモノよ」
「……」
アリティアに真剣な顔をされ、僕は今、どんな顔をすればいいのかわからない。
「……さ、行きましょう?」
「……そうだね」
僕はまた、アリティアと一緒にレンガの道を歩んだ。
レンガの道が途切れ、僕達は森を抜ける。
「わぁ……!」
するとそこに広がっていたのは、白い砂浜と、どこまでも広がる海だった。
「……あの子も、この景色が好きだったわ」
アリティアは少し暗い顔をして、ぽつりとつぶやいた。
「あの子?」
「ううん、なんでもないわ……それより」
アリティアは突然靴とソックスを脱ぎ、その場に置く。
「ふふっ、ちょっとだけ……♪」
そして楽しげな表情をすると、
「……ソフィーナさん達には秘密よ?」
「う、うん」
僕に釘を刺し、アリティアは砂浜へと駆けていった。
そして波打ち際へ近寄るとスカートをたくし上げ、ぱしゃぱしゃと足で水を跳ねさせ遊んでいた。
心から楽しんでいそうなその様子を見て、アリティアの知らない一面が見えた気がした。
「ほら、あんたも来なさいよ!楽しいわよ!」
「え、でも……」
ぼーっと眺めていた僕に、アリティアが誘う。
なんだか、入っちゃいけない気がしたのは気のせいだろうか。
「ただ見てるより楽しいわよ!ね!」
「じゃあ……僕も、少しだけ」
「そう来なくちゃ♪」
僕も靴と靴下を脱ぎ、ズボンを少し上に捲る。
そしてゆっくりと砂浜を進み、ちゃぽん、と足をつける。
「冷たっ……」
「すぐに慣れるわ!ああ、気持ちいい……♪」
「ん……」
確かに、初めは冷たかったけど、徐々に水が肌に慣れてきた気がする。
「……ここは、本当に綺麗だね」
僕は手のひらで水をすくってみる。
水はゆらゆらと揺れ、指の隙間から少しずつ流れて落ちてしまう。
僕は、もう一度水を掬おうとする。
その時。
「わっ……」
僕は足を滑らせ、海の中へ倒れてしまう。
「きゃあっ……あんた、だいじょ……ご主人様?ご主人様!?」
アリティアの声を最後に、僕の意識は闇に落ちた。




