少女エル
夜。
僕は自室のベッドの上にぽふん、と倒れた。
3人には、ちゃんとおやすみを告げた。
「今日は、なんだかすごい一日だったなぁ」
ぼそっと、声にしてみる。
本当にそうだ。
自分が結局何者かわからないまま、一日を終えたのだ。
名前すらわからない不安感。
こんな感情のまま、この屋敷で暮らしていけというのだろうか……。
あの3人が、やけに色々な事を隠す理由のもわからない。
知られちゃいけない事でもあるのだろうか。
それに僕は記憶だけではなく、日常生活の事も忘れているらしい。
食事の時も上手く食器を扱えなかったし。
シャワーを浴びようかと思ってミレイヌに場所を聞いたら、「ご主人様は何もしなくても綺麗ですから必要ないんですよ~!」なんて言われてしまった。
僕は納得いかなかったけど、どこか脅迫じみたミレイヌの笑顔に気圧されてしまった。
それより明日はアリティアが屋敷の外を案内してくれるというので、楽しみだ。
何か、思い出すかもしれないから……。
「……今日はもう、寝よう」
僕は毛布を引っ張って、ふかふかな枕に顔を埋めて、そのまま眠った……。
なんとなく、目が覚めてしまった。
今、何時だろう……この部屋には、時計が無い。
「……トイレにでも行こうかな」
僕は静かに、部屋を出る。
部屋を出ると、なんだか妙に寒かった。
風が入ってきている?
窓でも開いているのだろうか。
「……?」
そして、何かが聞こえた。
か細く、悲しげな声が……聞こえる。
「これは……歌?」
僕はその歌の聞こえた方向へ、歩き出した。
その歌声は、昼間案内されたバルコニーから聞こえてきていた。
そして僕が目にしたのは、バルコニーから見える美しい星空と……それを眺めながら歌を歌う、青いリボンドレスを着た少女だった。
僕がここに来たのに気づくと少女は歌うのをやめ、ゆっくり振り向いた。
「……こんばんは」
「あ……こ、こんばんは」
にこりと朗らかな微笑みを僕に向ける少女。
ウェーブのかかった短めの銀髪が月明かりに照らされて、どこか幻想的だ。
昼間には紹介されなかったけど、この子もここに住んでいる子なのだろうか?
「君は……誰?」
「……わたしの名前は、エル。エルだよ」
エルは、僕を大きな瞳で僕を見つめる。
見た目と違って、声は少しボーイッシュな感じがする。
「エルっていうんだね。エルは、僕の事を知ってる?」
「知ってるよ、君の事」
「じゃ、じゃあ……!僕の名前を教えてくれないか!?」
「君に、名前は無いんだ」
え?
僕の名前が、無い?
「エル……何を言って……」
「ばいばい名無し君、また会おうね」
「えっ……わぁっ!?」
突然、強い風が吹き、僕はとっさに目を瞑る。
風が止みエルがいたはずの方向を見ると、そこには既に誰もいなかった。
ふと、背後に人の気配がした。
「……旦那様?」
「あ……ソフィーナさん」
「どうされましたか旦那様?こんな真夜中に……」
「えっと……その、ちょっと空を見ようと思って」
「そうでいらっしゃいましたか。確かに、今日は空が綺麗で星が見やすいですものね」
「はは、そうなんだよ……」
なんとか誤魔化せた。
……ん、誤魔化す必要は無かったんじゃないか?
「ね、ねえソフィーナさん」
「なんでしょう?」
「この屋敷に住んでるのは、何人なの?」
「旦那様に、私、そしてアリティアとミレイヌで4人ですよ」
「……で、ですよね」
「はい。……旦那様、冷えるといけません。そろそろ戻りましょう」
「う、うん」
そして僕はそのまま部屋に戻り、もう一度ベッドの中に潜り込んだ。
エル……あの少女は、一体何者なのだろう……?
それに、あの子の声は……昔、どこかで聞いたことがあるような……。
そんな事を考えながら、僕はまた眠りについた。




