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時計塔

作者: 蒼海悠

時を司る霊的な存在が、この世界を支配する神だという話を聞いた事がある

時はこの世に生きとし生ける全ての存在に平等に流れ、いかに屈強な存在だろうと時が過ぎれば朽ちていく

僕が今いるこの「クロノディア」における時計塔はただ時間を知らせるだけではなく全ての時の標準となる偉大な存在だ

とはいえ、世界は広いから時差とか諸々考えると他国とはズレてくるんだけど


で、この僕「エルディ・ストールズ」のお仕事は時計塔の整備・管理担当者

この街「ヴェンダル」の第3時計塔管理者、つまりはヴェンダルの時間は僕に委ねられているって訳だ!

とはいっても機械いじりの腕を前任者のバロア爺さんに見込まれて、適当に後継ぎにさせられただけなんだけど

一月170000ロナ(魔物退治専門の傭兵がオークを10匹狩るのと同じくらい)を、景色見たりギアの整備をしたり掃除したりするだけで貰えるんだから楽といえば楽だから良いんだけど


時空神を信仰している割には、ぶっちゃけ軽い扱い

…というか、時計塔だらけで時計塔がそんなに珍しくないというのが最大の原因かも

ヴェンダルだけで5つも時計塔があるし



第1時計塔は最大規模、緻密性とダイナミックな仕掛けでファンは多いが整備が大変

第2時計塔はオートマチック、月に1回チェックを誰かがしなきゃならない

第3時計塔はヴェンダル郊外の公園とか森が広がる地帯にそびえ立つ郊外のシンボル

第1時計塔程じゃないがサイズは大きく、魔物とか事件事故の監視に役立つ

第4時計塔は軍事基地内部にあって、主に軍用だから馴染みが無い

第5時計塔は住宅街のド真ん中にあって、これはオートマチックの最新型

ボランティアの人々が監視をしている

僕は郊外の時計塔だからあんまり人が近づかない、強いて言えば公園で遊んでいる子供達が遊び半分で入ってくるくらい

で、そんな時計塔を維持したり子供達が悪ふざけしないように見張ったり魔物が近づいたら通報したり…

汚くなったら掃除して、ガタが来たら再調整してまた動かす

そんな毎日を送っている



ちなみに僕は月に20回出勤して、夜は引きこもりのボンタラに任せて帰る

休みの日はブッチという遊び人と交代している

二人とも楽な仕事をしたいと言っているから、大喜びで引き受けてくれた

給料は安いけどね



ある日のこと、時計塔の掃除をしていたら不思議な声を聞いた

僕を呼んでいるのかはわからないが、確かに女の子の声を聞いたんだ

前日に不思議な出来事の本を読んでいたから、そのせいで幻聴でも聞いたのだろうと思っていた

この時計塔には魔物に殺された人間の霊が出るだとか、神隠しにあうとかそんな噂を聞いたが4年も働いていて不思議な出来事に遭遇した試しがないからイマイチ信じていない

「私の声が聞こえますか?」

ああ、やっぱり聞こえた

僕はとりあえず、荷物の影やギアの隙間を覗き込んでみる

けど、やっぱりいないものはいない

「あのさ、聞こえてるからせめて姿を見せてくれないかな」

正直、歯車がガラガラ動いている場所を素人にウロウロされたら危ないったらない

「私はここにいますよ、時計塔です」

やっぱり悪ふざけだ、何が時計塔だ

「仕事の邪魔しないでくれるかな、これから定期清掃と整備しなきゃいけないんだ」

正直、イライラしている

一人だけのまったりお仕事タイムを邪魔されたくない

一人でのんびり出来るからこの仕事を引き受けたってのに

「わかりました、では姿を見せます」

横の歯車の影から女の子がそっと姿を見せる

あれ、さっきそこ見たはずなんだけどなという疑問が次の瞬間に消し飛んだ

何と、布切れ一枚羽織っていない

黒く長い髪で肝心な部分は隠れているものの、下は全く隠れていない

体格は子供そのもので、幼いながら整った顔立ちをしている

しかし、子供らしさはあまり感じずどこか大人びた雰囲気を放っている

僕の個人的趣向としては年上のお姉さんが好きなんだが、正直その雰囲気のせいで慌ててしまう

「と、とりあえず休憩室に来てくれないかな…服を用意するから」

「私には必要ないです」

少女はあっさり断るが、僕自身は困る

「僕は、君が着てくれないと困るんだよ!」



休憩室、僕の好きな本と飲み物と食材に冷蔵庫

仮眠用のベッドに、簡単な調理器具

それと電波放送受信器(ラジオ)に連絡用の電話機がおいてある

時計塔の中にある休憩室、かなり簡易だが僕の憩いの場だ

他の二人(ボンタラとブッチ)も使うけどね、主として使うのは僕だから僕の趣味に染まっている

ここからも一応外の見張りも出来るけど、最上階に比べたら精度は落ちる

「わぁ、素敵な御部屋ですね」

少女は全裸のまま言う、何だか怪し気な雰囲気だからやめて欲しい

「とにかく、着替え持ってくるから着てよ」

着替えといっても夜間休憩用の寝巻きだけど、無いよりはずっとマシだ

少女はぎこちない様子で着替え始める

色気も何もないし、かなりブカブカだが一応着られたようだ

ボンタラが小柄で本当に良かった

「お茶、淹れるけど飲むかい?」

無理矢理服を着せられて少し不機嫌な少女に言う

「はい、いただきます」

少女はにっこりと笑う、端正な顔立ちだからか笑顔がやけに似合う

何だか照れるな、やっぱりあの女の子といると



お茶をすする少女に僕は率直な質問をぶつける

「で、君は誰なの?」

いつの間にか時計塔に居座り、私の声が聞こえますか?とか意味深な質問をしたり、突然姿を現したり

「私ですか?私は…わかりません、いつの間にかこの時計塔にいました」

何と無く、そう来たか…と僕は思った

「つまり、記憶喪失?」

「かも、しれませんね」

少女はニコニコしながら答える、何で楽しそうなんだろうこの子

危機感というものが無いのだろうか



翌日から、少女は毎日のように現れてはニコニコしながら僕の仕事をじっと見つめている

掃除する時も、メンテナンスの時も、見張りの時もずっと………

ずっと楽しそうにニコニコ笑っている、何が楽しいんだろう

ちなみにブッチに聞いたところ、そんな女の子は見ていないという

ブッチいわく、是非お付き合いしたいらしい…お前、女の子ならなんでもいいのか



お師匠こと、僕を適当に跡継ぎにしたバロア爺さんに報告した

いつまでも記憶喪失で住所不定って訳にもいかないから、相談しにいったのだ

「その話は、本当か?」

いつになく、バロア爺さんは真剣な顔をしている

「はい、長い黒髪の女の子でいっつもニコニコしているんです」

いつまでもいつまでも付きまとわれていること、いっつもニコニコしながら人の仕事を見ている事、初めて見た時は全裸だったこと

全てありのままを報告した

「その子はな、時計塔の女神様だよ」

バロア爺さんはにっこりと僕にそう告げた

「では、そろそろ失礼します」

僕はそっとバロア爺さんの家を出た、もう信じられんあの爺さんは…



「昨日さ、元管理者の爺さんに会いに行ったんだけど君のことを時計塔の女神様だーとか言ってたよ。呑気なもんだよな」

僕は休憩室の掃除をしながら、事件の当事者に愚痴る

何だかもう、色々逆転している

本当はバロア爺さんにこの少女をどうするべきか、相談したかったのに

児童引取り所に預けるのも気が引ける、15歳になったら自立しなきゃいけないし学校もハイスクール以降は通うのは自費になる

つまり、特待生にならないとハイスクールに通うことが出来ないのだ

親のいない子供に対して引き取り所の数が圧倒的に不足している

それに、親のいない子供を引き取ってよからぬことをする里親も決して少なくはないそうだ

「そのお爺さん、なんていう名前ですか?」

少女はぐるぐるした頭の僕に質問をしてきた

「ああ、バロアって名前。バロア・グランツァイルがフルネーム」

「バロア…バロア…聞いたことがあるような」

少女は珍しく難しい顔をしている

バロア爺さんとも知り合いなのか?この子は一体いつからこの時計塔にいるんだろうか

休憩室の扉をノックする音が聞こえる、誰だろうか…

「ワシだよエルディ、バロアじゃ」

「バロア先生?今、開けます」

ドアを開くと、バロア爺さんがそこにいた

バロア爺さんは僕を無視するように少女に駆け寄る

「よく、顔を見せてくれんか?」

バロア爺さんは屈み、少女に顔を見る

「あの、貴方は?私の姿が見えるのですか?」

少女は困惑している、そりゃあそうだろう見知らぬ老人にいきなり近づかれたんだから

「知り合いなんですか?バロア爺さん」

「ああ、ワシの幼馴染みじゃよ」



バロア爺さんが言うには、この時計塔が出来たばかりの頃

戦争が終わったばかりで遊び場がここくらいしかなくて、よく第3時計塔で遊んでいたそうだ

その時、幼馴染みのバロア爺さんとこの少女で時計塔からの景色を眺めていたという

「でもバロア爺さん、それなら何でこの子は幼い姿のままなんですか?」

「それはな、この子はもうとうの昔に死んでいるからじゃよ」

「え!?」

驚きの声をあげてしまう、だって僕には霊感って奴がない

亡霊なんて一度も見たことないし、心霊スポットで気分が悪くなったことだって無い

そんな僕がこんなはっきり幽霊が見えるはずもない

「第一、何で死んだんですか?この子…」

「クロノディアは時空神を崇める国、敵国の宗教の象徴とも言えるこの時計塔を受け入れられない国民は大勢いた…時計塔に爆弾を投げ込む輩もいてな、子供だったワシらは遊び場に入っちゃいけないという親の命令を受け入れられずに来てしまったんじゃよ」

「まさか、それで…」

「いつものように時計塔で遊んでいたら、大きな揺れを感じた。まさかと思ったら黒焦げになった女の子が横たわっていたんじゃ…」

バロア爺さんは当時を思い出し、顔を伏せる

「私、死んでいたんですね…知らなかったなー」

少女は照れ臭そうに頭を掻いている

「その女の子の名前はイリアといってな、時計塔から眺める景色が好きで勝手に登ってはいつも管理人のおじさんに怒られていたんじゃ」

「私の名前は、イリア…」

少女は頭を抱えて、体を倒し悶絶しはじめた

記憶喪失の霊体だから、身体全体に記憶復活の衝撃が走ったのだろうか

「イリア!」

爺さんは倒れたイリアの身体を支える



「俺、水持ってきます」

冷蔵庫の中に確か天然水が入っていたはずだ

いつもジュースとかを飲んでいるわけじゃない

「バロア…私、やっと思い出したよ。本当はずっと時計塔の中にいたからいつでも会えたのに、自分の中の何かが怖くて言い出せなかった。時計塔の中にいるうちに色んなものを忘れていって、いつの間にかバロアに対する気持ちも忘れていって…」

「壊される度にワシは修理をした、時計塔からの景色が好きだったから…イリアが愛した景色だから、壊されたくなかったんじゃ」

いつも、バロア爺さんな一生懸命仕事をしていたな

掃除とかが甘いと怒られて、自前の機械知識を叩き直されたっけな

「私、バロアが私を忘れてしまうんじゃないかって怖くて…でも、そうしたらいつの間にか私がバロアを忘れてしまって…ごめんなさい…」

泣き崩れるイリア、ようやく大切な人を思い出せたという涙か

「ワシはイリアだけを死なせてしまった、ワシはイリアに恨まれているんじゃないかとずっと怖かった!!イリアの愛した景色を守るくらいしかワシは償えなかった!でも…また会えて良かったよ〜イリア〜!!」

イリアに抱きついて、子供のように泣き崩れるバロア爺さん

少女と老人が一緒に抱き合って泣いている、すごくシュールな光景に見えるかもしれないけど

でも今、愛しあった人間同士が再会出来たという事に喜びを感じざるを得ない



イリアの姿がどんどん弱まっていく

「もう、行っちまうのかい?イリア…」

バロア爺さんはまるでオモチャを奪われた子供みたいな情けない顔をしている

そんなバロア爺さんを見てイリアは苦笑しながら言う

「バロアってば、お爺さんなんだからもっとシャキッとしなさいよ」

「あのさ、二人きりで星空見てきなよ…子供の頃は見れなかったでしょ?」

これでもう会うのは最後になるだろう、二人に提案をする

「そうだね、私バロアと一緒に見たい!」

イリアは笑顔でバロア爺さんの手をひく



時計塔の展望台の梯子の近くのカベに僕は腰をかける

盗み聞きしたいという気持ちが半分、二人の最後を見守りたいという気持ちが半分

「ワシは、小さい頃この時計塔が大嫌いじゃった。ワシの親父の命を奪ったクロノディアの連中が作った建物じゃ、だから嫌いじゃった」

意外な事実を知る、小さい頃から大好きなわけじゃなかったのか…

「私は神秘的なこの建物が大好きだから、大好きなバロアにこの建物を大好きになって欲しかったの…だから、毎日連れてきて正解だったな」

「じゃが…じゃが、結果的にそのせいでイリアはずっと遠いところに逝っちまった」

「それは違う、私はずっと傍にいたんだよ。一生懸命時計塔を修理して、毎日綺麗に掃除していつもバロアを見ていた…いつの間にか時計塔の中にいる人が誰だかわからなくなってしまったけど」

「そうか、ワシはずっとイリアの傍にいたんじゃなあ…お互いすれ違ってばかりじゃ、歯車みたいに」

「でも、ようやく重なり合えるよバロア」

それから、二人の声が聞こえなくなった

しばらくしてから老人のすすりなく声が聞こえてきた



それから数年後、僕は未だに時計塔の番人を続けている

いつものように時計塔のメンテをして、掃除をして、景色を眺める生活を続けている

あ、最近あまりに運動をしないから太りはじめてきたんだ

だから、ランニングも始めました

そして今日はちょっと重労働、すっかり弱りきったバロア爺さんにもう一度時計塔の景色を見せる

見えるかどうかもわからないけれど、見せてあげなきゃいけない気がした

螺旋階段を登り展望台の梯子をゆっくり支えながら登らせる

どうか落ちませんように…



「エルディ、綺麗な景色じゃなあ」

多分、バロア爺さんに景色はもう見えていない

年老いて、難病を併発した影響で視力はもうほとんど残っていない

だけど、爺さんをどうしても連れてきたかった、今日この日に第3時計塔の歴史は一旦幕を降ろすからだ

同じ場所に新たな時計塔を建設するが、整備は必要ではあるがオートマチックになりバロア爺さんの愛した時計塔とは別のものになる

僕の仕事も時計塔の整備ではなく、時計職人へと転職することになる

一応、暇を見てメンテをしたり景色を眺めにはくるけど

だから、この時計塔の最後の日に爺さんを連れて来たかったのだ

「僕…よく怒られましたよねバロア爺さんに」

「ああ、危ないから入ってくるなっちゅーに時計塔に上がりこんできおって」

「でも、爺さんもイリアさんと一緒に上がりこんできたんでしょう?」

爺さんは目の淵に涙を貯めている

「ワシは来たくなかったんじゃがな…でも、イリアの笑顔には勝てんかった」

それから、爺さんは動かなかった

時計塔からの景色を眺め、彼は時計塔と共に人生の幕を降ろしたのだ

爺さんの傍にイリアが姿を現した、彼女が何を言っていたかはわからないが感謝の言葉を述べていたように見えた

僕は涙をこらえて通話端末を手に取る

「こちら第3時計塔、聞こえますか?バロア老人が…」






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