しんしん、と。
冬の童話祭2013のために書いた作品です。
拙い文章ですが、お読みいただけると幸いです。
雪が好きだった。
雪が降り積もる音を考えたのは誰だろう。
音もなく舞い降りてきて、音もなく落ちる。
誰にも気づかれないように、知らぬ間に、いつの間にか。
そんなふうに生きて、死んで行けたら、幸せなのに。
羨ましくて、雪が好きだった。
「寒くない?」
「………」
彼女と出会ったのはそんなことを考えていた時だった。
校舎の屋上、金網の向こうに立った彼女は俺をじっと見ている。
「今日、寒くない?」
「……ちょっとだけ」
不思議そうな顔で話しかけてきた彼女に、小さく返事をする。
「ゆき」
「…………?」
唐突にそう言う彼女。
降っている雪のことかと思ったが、彼女の白い指は自分を指している。
「名前」
「ああ……」
そう聞いて、なんて彼女に似合った名前だろう、と思った。
雪のように、白い肌。
雪のように、静かな声。
雪のように、音もなくそこにいた彼女は、確かに『ユキ』だった。
「そこ、気持ちいい?」
「まあ」
教室や家に比べたら、という意味では、この場所は確かに気持ち良かった。
誰も俺の事を見ず、触らず、関わってこない。
この場所はそんな場所だった。
「あたしも、そっち行こっと」
無遠慮に。
無神経に。
無邪気に。
俺の肩に気まぐれに舞い降りる雪と、『ユキ』だけがこの場所で俺に関わってくるモノだった。
俺と『ユキ』はしばらくそこで話した。
屋上のヘリに腰掛け、校舎の裏側に広がる雑木林に降りてゆく白を眺めながら。
「あれはきっとあの木に落ちると思うな」
「………どれ?」
「ほら、あの白い子」
「……大体白いけど」
「あれとあれは恋人だから、一緒のところに落ちれたらいいね」
「……そうだな」
二人でただ、答えのないことを話した。
自分のことは言わなかったし、『ユキ』も聞いてはこなかった。
俺も『ユキ』のことを、聞こうとは思わなかった。
なんで放課後に一人で残っていたのか、とか。
なんで転落防止の金網の向こうにいたのか、とか。
なんで裸足なのか、とか。
少しの距離をあけて座った俺たちは、ただただ『答え』も『応え』もないことを話した。
それでよかったのに。
「ユキ、はさ…帰らないの…?」
視界を染める白が濃くなって、俺は思わず『ユキ』にそう聞いてしまった。
『ユキ』は帰らなくてはいけないだろうから、こんな吹雪の中を帰るならなるべく早いほうがいいと思って。
『ユキ』は少し驚いたようにこっちを振り向くと、静かに立ち上がった。
「家、近いから」
さらりと言う『ユキ』。
「そう…なんだ……」
「でも、すぐには帰れないんだ」
残念そうな声を出した俺に、『ユキ』は一言付け加えた。
その声が遠くで聞こえたように感じて、俺はヘリに立つ『ユキ』を見上げる。
『ユキ』は鉛色の雲を、その向こうにある遠い遠い空を見上げていた。
「あなたは今からでも帰れるんだよね」
「…まあ……うん」
「いいな。あたしはずっとずっと帰れないの」
「……………」
「帰れるときには、もうあたしじゃないし」
「…………………」
何も言葉が思いつかず、俺は『ユキ』の隣に立った。
立ち上がった俺を見て、『ユキ』は小さく笑う。
「…………なに?」
「なんでもなーい。……ね、なぞなぞ出すよ?」
「…………え?」
「答えがわかったら、あなたは家に帰ってね」
「…………………それは…」
唐突過ぎる提案に口を挟もうとした俺を遮って、『ユキ』は続ける。
「問題です」
その瞬間。
「…………っ!」
強い風が『ユキ』の体をさらった。
細い体が屋上のヘリの向こう側に傾く。
それでも『ユキ』の声は続いた。
「………あたしは『何』でしょう?」
「………ユキ…っっっ!!」
俺は叫びながら、手を伸ばした。
俺の体も屋上から外側に傾く。
視界いっぱいに白とくすんだ緑が広がり、浮遊感が全身に広がる。
綺麗だ、と頭の片隅が思うと同時に俺は眼を閉じていた。
その時。
「――――――――――――大正解、だよ」
俺を押し戻す風の音と共に、小さく声が聞こえた。
それはきっと。
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「……………」
閉じていた眼をあけると、俺は一人で屋上にいた。
周りを見渡しても、他には誰もいない。
雪が音もなく、俺の肩に舞い落ちる。
――――――――――――――……。
音もなく。
しんしん、と。
その中に声が聞こえたような気がして。
俺は立ち上がった。
校舎のどこかにあるであろう、靴を探しに。
『ピンポンパンポーン……五年一組の―――くん、落し物が届いています。まだ校内にいたら職員室まで―――――――――――』
ほら、帰るのはとても簡単だ。
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雪が好きだ。
雪が降り積もる音を考えたのは誰だろう。
音もなく舞い降りてきて、音もなく落ちる。
音はなくても、誰かが立ち止まってそれを、見上げる。
そんなふうに生きて、死んで行けたら、幸せだろうから。
美しすぎて、雪が好きだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。