おうちが一番
「オ〇の魔法使い」の有名な一節です。
街の人混みの中を黒髪が走る。
通り過ぎる幾人かが、珍しそうに振り返った。
茶色の群れの中で異彩を放つ濃い色に何気なく目を向け、少年である事を見て取ると元の流れに戻ってゆく。
街外れに辿り着いたアルバートは、軽く息を弾ませながらも周囲を伺い、小さなあばら家の中に身を滑り込ませる。
汚れて曇ったガラスが辛うじて窓の役割を果たし、朽ちかけたような室内の奥まで頼りない明かるさを取り入れていた。
最低限の手入れはされているようで埃やクモの巣などは無く、中央には年代を感じさせる机と椅子、床には色褪せた絨毯が敷かれている。
戸の閂を掛け、わずかな夕陽を遮る薄いカーテンを引き、迷いのない足取りで部屋の奥、机の影へと回り込み絨毯をめくった。
現われた床板に淡い光を放つ文様が刻まれており、その円陣の中央に立って小さく呟くと、いくらか強くなった文様の光が円筒状に伸び少年を閉じ込める。
光と共に少年の姿も消え、仄暗い室内は静寂に沈んだ。
街外れのあばら家から消えたアルバートが現われたのは、用途不明の荷物たちが雑然と積み上げられた物置の中。足元には、あばら家にあったものと同じ文様がぼんやりと浮かび上がっていた。斜め掛けにした鞄の位置を直し外に出ると、そこは森の中の小屋の斜向かえ。
玄関までの距離ももどかしそうに一気に駆け抜けたが、扉の前で思い直したように呼吸を落ち着け家に入った。
「ただいま」
いつもとさほど変わらない調子で声をかけると、Dは珍しく居間の床に四つん這いになっていた。
「おかえり、坊や」
顔を上げること無く応えるDの横を通り、鞄から取り出した紙袋を食卓に乗せた。
作業を終え、ようやく立ち上がってアルバートを見やったDは軽く首を傾げる。
「何ぞあったかの?」
何気ない問いに、びくりと過剰な反応が返って来た。触れてはいけなかったかと、通常運転に切り替える。
「今日の茶菓子はなんだい?」
いつも通りの問いかけに、強張りを解いて応えた。
「Dの好きな焼き菓子。ところで、珍しいね。Dがこの時間に居間に居るなんて。何していたの?」
振り返り、無邪気さを装って話題の主導権をさりげなく握ろうとする。
「法陣の手入れを……な」
「手入れ?」
「長い事使わない法陣が正常に機能するか確認して、補強する事だ」
「居間にも魔法陣を敷いているの?」
「うむ。いつか訪れるであろう人を受け入れる為に、な」
「いつか……?誰を?」
「古い知り合いだ」
「かならず来るの?」
「恐らくな」
「何のために?」
「私に会いに、であろうな」
握ったはずの主導権は、あっさりとはぐらかされ、核心に迫れないもどかしさをアルバートは抱く。
そして、意を決して問いかけた。
「それは僕に関係のある人?」
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11/13「方陣」を「法陣」に変更しました。