魔女と森と街
連投します。
でも、また少し間が開くと思います。
「どうゆう事?!D!!」
鼻息荒くアルバートが帰宅した。
小さな家の中の事だから、玄関の大声は家の隅々まで響く。『魔女の間』で薬を作っていたDは、そんな時期が来たかと溜息を一つ吐いて、部屋から顔をのぞかせた。
「どういう事とは何の事だ?」
「とぼけないで。領主の街が森の隣に移転してきたのって、Dがここに居たからだって今日の授業で習ったんだけど!」
Dの鼻先を通り、自分の部屋に荷物を置き、戻ってくる間も捲くし立てている。
「そのような事があったやも知れぬな」
タイミングを見計らって居間兼食堂に入ると、竈に火を起こしたアルバートが勢い良く振り返った。
「だってこの街が出来たのって150年前だよ?本当にその頃から生きているの?」
「最初の約束を覚えているか?」
切っ先を交わすかのような穏やかな顔に、勢いをそがれながらも思い当った事柄を口にする。
「学校に上がる時にした?街で魔女の話をしない、ってやつ?」
「これから話す事も口外しないと約束できるか?」
「必ず、誓って」
「では……まずは茶を。今日の菓子は何だい?」
いつものペースに戻ったDに苦笑を返しながら、ケトルを火にかけた。
食卓に向い合せに腰かける。
お茶の香りに目を細め、一口すすってからおもむろに話し始めた。
「学び舎でどのように習ったかは知らぬが、それはあくまで領主側の視点でしかない事をまずは言っておく」
アルバートが神妙に頷いたのを確認してから、さらに続けた。
「どこから話すのが的確やら。とは言え、一番の疑問は私の命数というか年齢であろうな」
再びコクリと素直に頷く。
「今までは『女性に年齢を聞いてはいけない』とはぐらかしてきたが」
一旦言葉を切り苦笑を浮かべたDには、拗ねた顔を返した。
「坊やが学び舎に上がる前に250年を数えた。正確に言えば今年で254歳、かの」
ヒュっと短くアルバートが息を呑んだが、それに構うこと無く続ける。
「ある事情で年を取らない呪いをかけられた私は、郷里を追われた。その際に魔力を封じるためにこの額飾りを嵌められ、姿が10歳程の幼子になった。この森に落ち着いたのは230年程前。食料などを得るために近隣の村人に薬を売っていたが、その評判が巡回騎士の耳に入り、この辺り一帯を治める領主の知る所となり、150年前に森の隣に越してきた。これがあらましだ」
冷めかけたお茶を口に運び、温もりが体をじんわりと温めている間、ゆっくりとDの話を反芻するアルバートを湯気越しに観察していた。
ようやく呑み込めた顔をしたのを見届けて、口を開く。
「街でどのように噂をされているか何となくは知っている。が、坊やは良く今まで反論もせず、共に暮らしている事を吹聴せずいてくれた。だから話したのだと理解して欲しい」
Dの言った『噂』を脳裏に浮かべながら、感情を押し殺して返した。
「約束、したからね」
「ありがとう。今言った事も、これから知るであろうことも、頼むな」
神妙な首肯に好ましそうに目を細め、Dも一つ頷いた。
「代わりに質問には答えられる限り答えよう」
「Dが表に出る時はマントを羽織って老婆を装うのって、年齢を誤魔化す為?」
「そうだな。初めにこの村に来た時、使いの子どもの振りをして薬を売っていた。『魔女の妙薬』として」
自嘲の笑みを浮かべる。
「子どもの売る妖しい薬に金を払う人はおらぬ。最初は苦労したが、効能を誇示するためにお試しで配ったりするうちに、ようやく信頼を得られた。しかし、姿の見えぬ『魔女』はよほど胡散臭かったのだろう。やむなく目くらましのマントを呪いを込めて織り上げ、羽織る事にした」
「『薬の受渡箱』を設置したのは面倒になって?」
「まぁ、そうだな。依頼が増えて、移動する時間が惜しくなったのだ。しかし、急患が出ては対応できないので、『火急ベル』も併せて据えた」
「あれ?家にまで呼びに来てもらえばいいのに?」
「私には秘したい事柄が多すぎる。年月をかけて家の周りは結界を張った。許可無き者は立ち入れぬようにな。ついで、森も開拓されてはこの家が誰の目にもさらされるので、手入れの者以外は入れぬようにしてある。だから『薬の受渡箱』も『火急ベル』も森の入り口に据え付けたのだ」
「だからこの森は丸いんだ」
納得のいった声に、笑いを含んで答えた。
「そう、この小屋を中心にしてな。今日はこれぐらいにせぬか?新たな疑問は追々答える故」
「最後に一つだけ。『狭間の魔女』ってどういう意味?」
一瞬、Dの顔から全ての感情が消え失せた。
「……年を取らない呪いのことだ」
「答えてくれてありがとう。ご飯支度するね」
重々しく告げられた内容に真情を込めてお礼を述べ、場を明るくしようと明るい言葉を添える。
「あぁ、頼む。腹が減った」
答えたDは、まだ浮上し切れていない様子だった。
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