003 始まりの地へと立つ
ようやく異世界行きます。
その前に凛の正体もわかります。中二です。
ただ、召喚されたわけではないので「異世界召喚」とは言えないのかな……。
凛の気は重い。もちろんここでいう『気』は気分のことであって、凛の力に関係はない。
「ハア……」
自然とため息をつく回数もいつもより多い。
普段学校で空気の読める人間を演じていた所為か、それの反発のようにため息を家でつくことはあるものの、今日ほどではない。先ほどのを合わせてもう二十回にも上っていた。
もともとポジティブ思考ではない凛の頭には、どうしても今日の罰が浮かぶ。死、以外の死。
致命傷を負うことで死にかける。人格を破壊される。洗脳される。体に遠隔式の命を握る何かを埋め込まれる。
肉体的には死なないが、精神的に死ぬのだと凛は考えている。現にそれぐらいのことだったら凛の祖父なら可能だ。
「ハァ……」
リビングにこだますため息が自分の耳に聞こえるたびに、モチベーションも下がる。
リビングのソファーで前かがみに座り込んでいた体を背もたれに預け、次いで時計を見た。
七時三十分。もうそろそろ美冬が来る時間だ。
鉛でもついているのか言いたくなるぐらいに重い足を動かして玄関へと向かう。
外へ出るとすっかりと暗くなり、星々が自らを示すように光り始めていた。秋の夜風は思ったより冷たいが、もう外へ出てしまった以上上着を取りに行く気にもなれない。
外で待っていると、五分もしないうちに美冬は現れた。
別れた時と同じ学校指定の制服を身にまとってはいるが、出会った時と違うのはおそらく右肩にかけられたバッグだろう。いつもの紺のナイロンバッグから、白いパディントンバッグへと変わっている。ずいぶんと高そうだと凛は思ったが、それは気にしても仕方がない事だと思い、特になにも言わないことにした。
「じゃあこれからある場所行くから」
「ある場所って?」
美冬は目に見えて警戒していた。年頃の男子が場所を明かさないでどこかに連れて行こうとしたら警戒するのも当然か、と思った凛は説明する。
「俺のジーさんち。そこでちゃんとさっきの説明するから」
そういうと、ホッとしたように美冬は肩を下す。凛はそろそろ家を出たほうがいいと思い、車庫からバイクを取り出した。250㏄のカワサキ、エストリア。
凛の通う高校で自動車、バイク免許は「内定を受けたもの」や「大学に合格した者」など、今後の進路が安定している者に限って取得することを許可されているのだが、凛はまだ2年。
校則違反だが、いちいちそれを気にしていられるほど凛の神経は繊細ではない。二年に入ったと同時に軽い気持ちで取得した。
ついでに言えば、自動二輪で二人乗りをする場合、運転者は免許取得から一年は経過していないと道路交通法違反となるのだが、凛はこれも無視している。警察に捕まった時には素直に点数をもらうつもりでいるのだが、それまでは平気で行為を行う気があるという、まったくふざけた心構えである。
フルフェイスのヘルメットを軽く投げて美冬に取らせると、凛もヘルメットを装着してバイクにまたがった。
「乗って」
凛の声に、美冬は戸惑い気味に後部座席にまたがった。それを見た凛はしまった、と思うが、もう乗ってしまったのでいいか、と割り切った。
相手はスカートだ。またがるようにしたら見えてしまうことも懸念される。おそらく美冬はそれを考えて戸惑ったのだろうが、凛はまったく気にせず乗せてしまった。まだ相手に配慮の足りない凛であった。
秋の夜風を体で感じながら女性とドライブ、と聞けば聞こえもよく、男子としては憧れの対象かもしれないが、いかんせん行く場所が場所だ。テンションは最低だった。
無言のまま、着々と祖父の家へと近づいて行った。凛の家から車でおよそ二十分でたどり着く位置に目的地はある。二十分間無言のまま座っているのかと思うと、テンションの下がる凛であったが、どのみちフルフェイスのヘルメットではワイヤレスのマイクでもついていない限り会話などできない。
結局不思議なことも何も起こらずに家へとたどり着いた。
しかも一番起りそうなバイクハプニングの定番である「後ろからの柔らかい感触」を頂くこともまったくなかった。というのも、凛の運転がうますぎるのだ。発進も停止もスムーズにできるおかげでそういったハプニングも起こりえない。確信的にやることも可能だが、凛にそこまでの根性はない。本当にそういったことはヘタレである。
凛は大きな目の前の木でできた門を押し開けた。
地元で一番大きな山の中腹に位置する凛の祖父の家は、はっきり言ってバカが付くほど大きかった。
和で統一されたその家は百年以上前に建てられたもので、ところどころ痛んだ柱が見受けられるが、特に気にするほどでもない。それにきれいに手入れされた庭は古風な趣があって、かえってそういった傷や痛みなどがより古風さ引き立てている。
その家に美冬は目を丸くしてボーッと立ち止まってしまった。凛が顔の前で軽く手を振ってみると、
「すっご! 雅柴君ちって金持ちだったの!?」
こういった野次馬精神はデリカシーをまったく無視したものである。
家のことを言われるのはあまりいい気がしないが、知り合いに見せれば皆こういった反応をするのはもう慣れている。適当に「実家はね」と返してその話を切り上げた。
少し《五分》歩くと玄関が。
凛は玄関を開けて、家の中へと入る。遅れて美冬もついてきた。
「ごめんね風木さん。ちょっとお転婆だから」
「ううん。良いよ別に」
そんな話をしながら、家の中を5分ほど歩いて、目的の場所の目の前にたどり着いた。
障子張りの扉。
この扉を隔てた先に祖父がいる、と思うと緊張してしまう。だがもう来てしまった以上後には引けない。意を決して扉越しに声をかけた。
「ジーさん。来たぞ」
「入れ」
まるでそこにいるのが分かっているかのように間髪入れず、声が聞こえた。
電話で聞いた、渋いどすの利いた声。
凛は素直に障子をあけて中へと入った。ついでに「入って」と美冬に言って、入室を促す。
和室の空間で、特に目を引くものはない。
目の前に座る年老いた男をみて、凛は足がすくみそうになる。もうかれこれ80才にもなろうかという年にもかかわらず、その威厳は全く衰えていない。着物でいることがいっそうそれを際立たせた。鋭い目つきに見られれば、足が立ち止まる。体の皮膚が、筋肉が、臓器が収縮してく。これではまるで蛇に睨まれた蛙だ。
――男だろ!
自分に心の中で喝を入れ、かろうじて蛙にはならなかった凛は、ゆっくりと足を進めた。美冬はその怖さが分からないのか、物おじせずに平気で凛に続く。
「ま、座れ」
凛の祖父に言われて凛と美冬は横に並んで畳の上に腰を落とした。
凛はまっすぐと祖父を見据え、相手も凛を見据える。瞳を合わせれば、身動きが取れなくなったかのように体が固まった。
できれば逃げ帰りたいものだ。そうおもってしまうのは仕方がないくらいに、恐ろしく空気が重い。
凛の額から一筋の汗が流れた時だった。
「……ハァ~、ったくお前は情けない」
ため息交じりに祖父は言った。先ほどまでの威厳は丸つぶれで、孫を叱るおじいちゃんな顔。
「お前はまだ未熟なんだからあれほど力を使うなと言うたろうに」
「だ、だけど目の前で子供が轢かれそうになったから」
幾分か気配が柔らかくなってきたものの、やはり苦手意識があるから声が震える。
「だっから、そういう時は下手に手出しするなと」
これには口を挟まずにはいられない。たとえ自分が未熟で手を出してはいけないことが分かっていても、目の前でまだ小さい子供の命が失われていくなんてことを我慢できるはずもない。
「だったら見捨てろって言うのか」
「ワシ達は正義のヒーローではないんだ。下手に力が露見してみろ。一族そろって吊るし上げだ」
だがそれを言われると言葉が続かない。
結局自分と他人を秤にかけて、他人に傾けられる人間などそうはいない。それができるのは自分の命を顧みない熱血バカか、自殺志願者のどちらかだろう。
「まあ、起こってしまったのは仕方ない。それで、そちらのお嬢さんに説明は?」
凛は苦々しく首を横に振る。
だったらワシから、と言って凛の祖父が美冬に向き直った。それに合わせて美冬も背筋を伸ばす。
「お嬢さん。ワシは雅柴家当主、雅柴仁蔵。このたびはこの愚孫が迷惑をかけましたな」
「いえ」
仁蔵が頭を下げていうものだから、美冬も頭を下げた。
「この愚孫から説明を受けていないということは、何もご存じないと」
「ええ。すごく速く走ったり、高くジャンプしたりとかは見ましたけど」
「『動』を使ったということか……。ったく」
仁蔵は目を凛に向ける。向けられた凛はバツが悪く顔をそらした。
そして目を美冬に向けなおすと、仁蔵はなぜか後ろに少し下がった。凛にはその意図が読みかねる。
仁蔵はしばしの間、じっと畳を見つめて黙りこくる。静寂と言えば聞こえはいいが、実際は極度の緊張によって空気は重苦しいものだ。
やがて仁蔵は目を美冬に向けると口を開いた。
「――我ら一族は忍術使いの家系なのです」
「……」
美冬は何も言わない。否、何も言えないといったほうが正しい。
目の瞳孔は大きく開き、呼吸をしているのかどうかも分からないくらいにかちこちに固まっている。
「お嬢さん? 聞こえておりますかな」
「え゛? あ、すいません」
美冬は呼びかけられて顔を赤くした。
反応した美冬を見て仁蔵は説明を続けた。その声は先ほど凛を叱った時よりとても優しい。
「忍術使いというのは戦前の正しい呼び方ですが、今は忍びとか忍者とか言ったほうがわかりやすいですかな。まあ名称など所詮その呼び方なので、別にこだわる必要はないのですが、以後説明には忍びと呼ぶことにしましょうか。
一般に知られる忍びとは、主に暗殺や諜報、破壊工作などを生業とする人間のことを指すのですが、これは一般と実際の認識に相違はありません。しかし暗殺や諜報といった事を成す作業方法だけは、伝承の途中で一族の何者かが情報操作をし、正しく伝承されないようにしたようで、その時からこのように暗殺や諜報といった行為は普通の人間による行為という風に伝わったようです。
実際は我々のような普通ではない特異の力を用いてことをなす人間が行っていたのですがな。お嬢さんの見たそれがちょうど特異の力です」
仁蔵はそこまでいうと、右手の親指と中指でわっかを作って美冬に見せた。デコピンのような形だ。そしてそれを自分の前にある畳に向け、――放った。
突如鳴り響く轟音。放たれた畳はものの見事に穴が開き、下地の石までが見えていた。その周りも衝撃によってぼろぼろになっている。
音に驚いた美冬は目をつむって肩をすくめ、その直後に畳を見て、その大きな目を見開いた。
何の仕掛けもなしに轟音が鳴り響き、直後に畳には穴が開いていたらば、それは驚かないほうがおかしい。
凛はもちろん仁蔵が何を起こすかがすぐに分かったため、特に驚くこともなかったが、この実演をするために、少し身を下げたことまではわからなかった。
凛にはそれが歯がゆい。自分が未熟だと痛感する。
「実際に見てもらえるとどういったものなのかがわかるかと思い、実演させていただきました」
硬直する美冬に仁蔵は説明を続ける。
「詳しいメカニズムはお教えできませんが、というよりお教えしても普通の方ではご理解できないものですので。それでこういった力を用いて事を成すのが忍びだということまでは説明しましたな」
同意の意で美冬は首を縦に振った。先ほどまでは動揺していたようだが、落ち着いているようだ。
「我々一族はこうした業を代々に伝えていくことでこの力を守っているのですが、本来こういった特異の力とは公にされることを許されないのです。この力ひとつ公になるだけで、今まで保たれていたいろいろな均衡が崩れてしまうのは目に見えていますからな。まあだからこうして未熟なものには使わないように言ってあるのですが、結局はお嬢さんにはバレてしまいましたなァ」
好々爺のように笑う仁蔵に、美冬はどういった反応をしていいのかわからないようで、なんとなく愛想笑いでごまかしていた。
「それでお嬢さん。なぜ自分が呼ばれたのかはお分かりですか?」
美冬は首を横に振った。その反応を見て、仁蔵は顔を苦めた。
「本当に申し訳ないとは思うのですがな……。この愚孫のせいで、お嬢さんまで同じ罰を受けなくてはいけないのです」
美冬の顔は驚きをあらわにした。しかしそうかと思えば、なにやら納得した様子でうなずいてもいる。
「特異の力を当事者以外の第三者に見られた場合、特異の力について書かれた書「忍びの奇書」の内容に基づいて、その罰を執行しなければならないのが決まりなのです」
美冬はただただうなずいているばかり。
「じーさん。それで俺らはどうなるんだ?」
間が持ちそうにないと思い、凛は助け舟を出す。
「あぁ、今から蔵に行く」
先ほどの好々爺とは打って変わって素の無愛想な声で答えた。
「蔵? あんな場所になにかあったか」
「当主にしか伝えられていないものというものがある」
そういうものかと思い、凛も口を閉ざした。仁蔵は「よっこらせ」と柄にもないことを言いながら立つと、凛と美冬の後ろの扉をスッとあけて出ていった。
その出ていく一瞬に凛を一瞥したのは間違いではないだろう。その意図はおそらく「蔵に来い」
「トントン拍子で話が進めてわからなかったかな?」
凛は正座を胡坐に変え、戸惑い気味に美冬に話しかけた。
蔵に行くのは美冬を落ち着かせてからでも遅くはないと判断したからだ。
「ちょっと話が突飛すぎて信じがたいこともあったけど、お爺さんのあのデコピンには驚いたかも」
アハハ、と苦笑い気味に美冬は笑った。
「まあ仕組みとかはわからないこともあるだろうけど、とりあえず要点としては“俺たちが忍びである”ってことと、“一般に知られる忍びと現実は違う”ってことと“俺のせいで風木さんも罰を受ける”ってことかな」
最期はバツ悪く言う。
「うん。そこは理解した。まだすべて信じるのは無理だけど、とりあえずは……大丈夫」
「そっか。じゃあそろそろ蔵に行こうか」
「うん」
二人は立ち上がって、廊下へと出た。歩きがてらに雑談をしながら話す。
「なんかごめんね。俺があそこで力使わなければ風木さんも巻き込むことなかったのに」
「いいって。もしあそこで雅柴君が特異の力が使えるのを私が知ってたら、「あの子を見捨てた!」って軽蔑してたし」
「もっと熟達した人なら光をいじって姿を見せないようにすることぐらいできるんだよね」
「へえ~。忍術ってそんなこともできるんだ」
「ん~、正確には忍術ではないんだけどね。もともと剣道とか人心術とか、忍び逃走するときに使う術を総称して忍術っていっててさ。だから俺が使ったアレは「奇術」の一種なんだよ」
「キジュツ?」
「気分の『気』と奇妙の 『奇』を掛けてキジュツなんだけど。気を用いた奇妙な業って意味」
「なんかマンガみたいだね」
「これが創作だったら確実に『中二病』呼ばわりされるのが目に見えてるけど」
そんなシャレで二人の笑い声が廊下を駆け抜けていった。
行きとは違う道で玄関までたどり着いた。
本来ならば行き帰りも5分と掛からず移動できる距離なのだが、仁蔵が『修行の一環』と称してテンプレートのごとく家をからくり屋敷にしてしまったおかげで、通れる道と通れない道が存在してしまったのだ。だから一見普通に見える道も、いろんな仕掛けが施されている。
しかし結局、これは道を覚えてしまえば面倒なりとも迂回すればいいので、その数週間後にはもはや意味のないものとなってしまった。
玄関を出て右の庭へと出る。
弓道場や小さな武道館など、心身を鍛える施設が立ち並ぶ横を通り過ぎ、家の敷地の角に位置する場所へとたどり着いた。
一戸建てが作れそうな敷地面積を使ってできた蔵は、古ぼけた印象は全くなく、汚れといった汚れも見当たらない。まるで新品に見えるのはその通りで、2年ほど前までは今たてられている位置とは敷地の対角にあったのだが老朽化が深刻化し、仕方なく建て替えたという始末だ。
その蔵の扉の前には仁蔵の姿。
「来たか」
そういう姿はさきほどの好々爺とはまるで違い、今日会った最初の姿を思い出す。
「ここに何かあるのか?」
凛のその問いに仁蔵は答える代わりに扉を開けた。中は埃っぽさもカビ臭さもない。雑多に置かれた品々は、今にも壊れそうなぼろぼろのものから、売れば零がいくつつくのかと問いたくなるぐらい価値のあるものまでさまざま。
そして奥の一角へと足を運び、その前で立ち止まった。
「これが?」
「ああ。異門の壺と呼ばれておる」
そこにあったのはずいぶんと古めかしい茶色い色をしたぬか壺のようなものだった。
しかしそれは普通とは明らかに異なる。その理由は至極簡単で、蓋と本体をつなぐように札が貼られてあった。
「もしかしてこの中にいる何かと戦うとか?」
凛の問いかけに仁蔵は答えない。
それを手に取って外へ行き、それを地面へと置いた。美冬は興味深くそれを眺めていたが、凛としてはこの壺が穏やかなものであるとは思っていない。そこに貼られた札はかすれてよく見えないが、明らかに何かを封じている類のものであることは、発せられる気から見当がついた。おそらく破邪の霊札か何か。
「開けてみろ」
そう言って仁蔵は後ろに下がって距離を取った。
これを開けることに少なからず抵抗はある。そもそも触ることすら抵抗がある。だが、
「これが罰ってことか?」
「ああ」
短く仁蔵は答える。
それならばその罰を受けなければいけない。申し訳ないが美冬にも同じことを受けさせなければ。
「開けるけど心の準備はいい?」
凛は美冬に聞いた。
「うん」
短く、しかしはっきりと答える。
「行くよ」
声と同時に凛は貼られた札を引っぺがした。そしてゆっくりとその蓋を開けた。
「ッ!」
突如その中から光。
凛は慌てて距離を取ろうとしたのだが、まるで麻酔を打たれたかのように体の感覚が抜けていく。踏ん張るにも力の入れ方が分からなくなってしまった体ではどうにもならない。
凛と美冬の体はすぐに地面へと着いた。
「それがお前たちの罰だ。すまないな、お嬢さん。これから大変な未来が待っておるかもしれん。だが絶対にあきらめるでないぞ」
(ふざけんなよ、クソジジイ! 俺には一言もなしかよッ!)
凛の思いも言葉にならない。
何が起こっているかもわからない。だんだんと意識のほうまで遠のいてきた。
ボーッとのぼせたような、脳がうまく働かない。
光は天高く伸びあがり、そして凛と美冬のもとへと降り注いだ。
(死ぬのか……)
必死の抵抗むなしく、凛の意識は刈り取られた。
そこに残されたのは仁蔵と、光が収束されて壺の中に戻っていく異門の壺のみ。
「本当に……すまんな」
仁蔵の声はかすれるほど小さい。しかしかすれた分だけそれは、仁蔵の切実な願いだった。
◇◆美冬へ降り注ぐ現実◆◇
「ん……」
まどろみの中、目に刺さる光に呼ばれて瞼を持ち上げた。視線の先には真っ青な空が一つ。
体を起こしてあたりを見回せば、そこがどこだかわかった。正確には「どういった場所」かがわかっただけで、「なんという場所」かはわからない。
そこには木があった。何千何万という数の木が。降ってくる落ち葉は太い葉脈から派生するように細い葉脈が広がってるところを見ると、広葉樹であることがわかった。
そして、どうやらここはその木々の少し開けた空間であるらしい。
そんなことを推察していると、頭に鈍い痛みが走った。
そしてその痛みの中、先ほどの光景がフラッシュバックしてきた。
蔵、壺。
「さっきまで雅柴君の家にいたはずなのに……」
つぶやくのは好まないが、自然とこぼれてしまう。
「ッ! 雅柴君は?」
だったら凛も同じ場所にいる、と気づいてあたりを見回せば、地に伏せる凛の姿がすぐ近くにはあった。
「雅柴君! 雅柴君!」
美冬はあわてて駆け寄ってゆすると、
「ん……風木……さん?」
美冬の呼びかけに、凛は眩しそうに目を開いて言った。
「よかったぁ」
「えっと……なんで俺ここにいるんだっけ?」
凛はどうやら記憶が混乱して思い出せていないらしく、そんなことをつぶやいていた。
「私たちさっきまで雅柴君の家にいたんだよ? それで、罰を受けなくちゃいけないってことになって、へんな壺の中に入って」
そこまで説明すると、凛は頭を抱えて起き上がった。
「アタタタ……思い出せた。ありがと」
苦笑気味にお礼を言う凛に、美冬は笑顔を返す。
凛は立ち上がってこの開けた空間の真ん中まで移動した。そしてそこで静かに目を閉じる。
(なにやってるんだろ?)
美冬が疑問に思うのも無理はなく、凛はじっとそこで立ったままだ。
そして凛は目を開くと、一つため息をついてトボトボと戻ってきた。
「何してたの?」
「ちょっと周りを探ってみた」
「それもキジュツってやつ?」
「うん。でも……」
バツが悪そうに眼をそらす。
「特に手がかりもないってことかな?」
「ぶっちゃけると、そう」
案の定、ここがどこだかはわからないようだった。
「風木さんここに見覚えある?」
凛は気を紛らわすかのように、少し明るい声で美冬に問いかけた。
「全然。林か森かってことぐらいはわかるんだけど……そういう雅柴君は」
「俺もまったくわからない」
凛は肩をすくめてそう言った。
これはかなりまずい状況なのでは? 美冬はそう思う。
ここがどこだかもわからない。食料もない。特異の力が使える凛にもわからない。
つまりこれは極限状態。
「どうしよう……」
そんな言葉が不安な心から漏れ出た。本心であり、同時に少し凛と自分を呪った。確かに少女を助けたことは大いに評価すべきところなのだが、凛がもっと万能であれば、美冬が気が付くこともなかったのだと思ってしまう。そしてそんな理不尽を思ってしまう自分の心が嫌だ。
凛はその声に気が付くと、こちらまで歩いて来て、目線を合わせるようにしゃがみこんだ。その目は真剣に。
「大丈夫。何があっても俺が何とかするから。もともと俺のせいでこうなっちゃったんだし、絶対に風木さんが危険な目に合うようなことはしない。だから信じてほしい」
はっきりと凛は言った。美冬の目をしっかりと見据え、ぶれることのない芯のこもった声で。
――信じるよ。
凛のはっきりというその姿に、美冬は心の底からそう思って言いそうになったが、口に出すのは身が悶えるほど恥ずかしい。
美冬は一つうなずくだけで済ませた。凛も同じようにうなずくと、また立ち上がって何かを考え始めた。凛が離れたのにもかかわらず、なぜか動揺は収まらない。頬が紅潮して熱く、心音は高鳴って速くなるばかり。
(なんで!? 別に雅柴君とはただのクラスメイトだし。なのになんでこんな顔赤くなってんだろ?
でも好きとかじゃないよね? これはあれだよ、あんまり仲良くない人が急にあんなこと言ったからちょっと動揺しただけだよ)
必死に自分に言い聞かせるその思いは真実か偽りか。
今その真偽はまさに神のみぞ知ることだ。
忍びwwwww
みたいに感じるかもしれません(汗)
忍びのこといろいろ説明してますが、もちろん嘘ッパチです。
ただ、戦前「忍術使い」と呼んでいたことや、剣道や人心術などの遁走術とかをまとめて忍術と呼んでいたのは事実らしいです。けどそもそも忍びが本当にいたかどうか、未だに議論されているとかされていないとか。
まあそんなわけで“これは資料に基づいて――”とかはないので、そこらへんはご理解お願いします。
2011年1月18日 編集(真希とのやり取りをカット。ただ、もちろん存在を消したわけではないので、今後いつかは出す予定です)