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第三話 「ただそれだけ」

 ――目が覚める。


 視界は青天の空。

 俺の体は誰かに持たれているようだ。

 目がぼんやりとし、寝ぼけているのか意識はまだはっきりとしない。


 「ここは……」


 「い、いやぁ!!」


 ――その瞬間、彼女はびっくりした様子で俺を地面に落とした。


 俺は彼女にお姫様抱っこでもされていたのかもしれない。男なのに恥ずかしさで赤面になる。

 ただ今はそんな場合でもなく、見たことがない風景が目の前に広がっていた。

 あの場所から随分離れた砂地で、建物はあまり多くないように見える。


 「あぁ、もう歩けるから大丈夫だ。 えと、何かあったのか?」


 「は、話さないで!」


 「少しくらいはよくない? なんでそんな焦ってるわけ?」


 「私はあなたをまだ信じれない。いや、それ以前にここは危ない」


 「危ない?」


 歩いていると、大人から子供までもが俺たちを死んだような目だけで追っていくのがわかった。

 服は素朴で原始人のようなボロボロの布だけを着ているような様子。

 何も話さない、けど目力は強い。


 「いやこっわ……なんでこんなとこきたんだよ」


 「普通の街から離れさせるためよ。あなたは敵なんだから殺されたら困るしね」


 「だから殺さないって……他の使徒クリエイティブってどんだけやばいことしてんだよ」


 ――寒い空気がやけに気持ち悪い。


 瘴気か何かかもしれない。

 体調が悪化してきているような気がする。

 言葉は悪いがここの人々たちはまるでゾンビだ。

 口はずっと開きっぱなしで、唾液が地面の砂に垂れ落ちて固まる。


 ――ここにいては、いけない気がする。


 「なぁ、早くここ抜け出さないか? 寒いし気持ち悪いしで最悪なんですけど」


 「私からしたら、君の方が気持ち悪いんだけどね」


 「なんでそんな酷いこと言っちゃうわけ!?本人ここに健在なんだよ!?」


 静かにツッコミを入れてみたが、ただのまやかしだった。この状況を少しでも紛らわせるためにした防衛反応的に咄嗟に動いたのだ。

 俺は唾を強く飲み込み、寒い体を少しでも温めようと彼女の手を握ってしまいそうになるがやめておいた方がいい。

 理由は単純に「何が起こるかわからない」からだ。


 ――ただその瞬間、子供が彼女の左手に噛みついた。


 「――ッ!?」


 (あれ……これ動かなくちゃいけないんだよな?)


 なのに、動かない。

 体がその行動を抑制するかのように拒む。

 助けなきゃいけない、助けなきゃ、助けなきゃ。

 左にいた彼女は地面に倒れ込み、仰向けの状態で子供に今にでも別の場所を噛まれようとしている。


 ――マズイ、マズイ、マズイ、マズイ、マズイ。


 脳は生きている。

 ただ体は死んでいるかのように動かない。

 ここで助けても意味があるのか?子供を操ったとでも言われるんじゃないのか?

 そんな思いが溢れんばかりに次々と出てくる。

 ただ、やっとの思いで俺の脳は体に進行命令を出してくれた。


 「っ……ど、どけぇ!!」


 使徒クリエイティブの能力を使う時が来た。

 咄嗟に手のひらから木刀を作り出し、俺はガキの頭をめがけて投げた。

 すると、彼女に馬乗りになっていた子供はどこかに逃げ去っていった。

 木刀のため、貫通はしなかったものの、頭蓋骨にヒビくらいは入ったんじゃないだろうか。


 「おいお前! 大丈夫か?」


 俺は倒れている彼女に手を差し伸べた。

 幸い、噛まれたのは左手だけのようでなんとか安心はできた。

 ただ問題はここから。

 これが善意と見られるか、悪意と見られるか。


 「あ、ありがとう」


 「え………あぁ、おう」


 彼女は俺の手を取り、静かに立ち上がった。

 俺の返り血付き白金衣装は、砂もついて汚れていたので申し訳ない気持ちが溢れてきた。

 ただ、悪意とは受け取らないでくれたものの、彼女は意味がわからないことを独り言として呟いた。


 「………わからない」


 「――どうかしたのか?」


 「私は……君が、わからないよ」


 彼女は目線を背けてそう言ってきた。

 独り言なのかどうかもわからなくなる。

 噛まれた左手を不自然に右手で覆い隠し、先へ行こうと歩き出したが、俺は彼女の肩を掴んで止めた。


 「おい、その噛まれたのなんかあるだろ」


 「………なにもないよ」


 「嘘だな。見せろ」


 「いや、別になんでもな……」


 「いいから見せてみろ」


 彼女の言葉を遮るように、俺はほぼ半強制的に左手を開示させた。

 傷跡は深く、本当のゾンビに噛まれたような黒と赤が混じった色を濁らせていた。

 子供ながらの歯型もつき、彼女の目を見るとすでに泣きそうになっていた。

 これが聖剣の徒なら国は崩壊するんじゃないのか?


 「親指の付け根……見てるだけで痛いわ」


 「―――」


 「……………は?」


 ――その瞬間、彼女はフラフラしながらゆっくりと地面に倒れてしまった。


 何度も問いかけたが応じず、ただ体は熱く心拍数も俺が死ぬ時みたいな感覚のようになっている。

 彼女の口から息がハカハカと漏れ、瞳は静かにハイライトをなくし、瞼も同時に閉じられた。


 「おいっ!……急にどうしたんだよ!」


 「―――」


 「あぁ、やばいやばいやばい。――俺にどうしろっていうんだよ!!」


 「―――」


 使徒クリエイティブだからといって、俺はまだ治療スキルなども身につけていない。

 出てくるのは木製の何かだけだ。

 そこで、俺の結論が出た。


 ――背に担いで、病院らしき場所に辿り着く。


 異世界に来たから間もない。

 病院があるかもわからない。

 ただ、この彼女はなぜか助けなくちゃいけない気がしてしょうがなかった。

 背に担いで歩こうとすると、重くもなく軽くもない中間のラインで足に負担がかかった。

 彼女の目は開かずに閉じられ、完全に脱力し、このままでは確実に死ぬ。


 「はぁ……はぁ…はぁ。――待ってろよ白髪女!」


 ――俺は人を、見殺しになんかさせない。


 そのまま俺は、彼女を担ぎつつどこまでも広がっている砂地を一直線に歩き続けた。


.......。


 「――起きたか?」


 「私は……なんでここに」


 「はーよかったぁ。――あの後お前を担いで歩き続けてたらこの街に着いたんだ」


 「病院……?」


 まだ意識はぼんやりとしているらしい。

 ベッドに寝かされている彼女は、仰向けで天井を見つめながらボソボソと話している。

 あの後、俺は砂地を血の滲むような想いで歩き続けた。


 ――必ず、死なせたりしないと。


 着いたこの場所は「ミズシカ国」というらしい。

 最初の転移した場所は知らないが、ともかくこの世界でもそういう国名はあるのだとしれた。

 そこで見つけた綺麗な病院。

 カウンターの人は最初、俺に出ていけと言ったが、俺が担いでいる彼女の衣装を見た途端、気が変わったように病室へと案内してくれた。

 やはり聖剣の徒はすごい。

 着ている衣装だけで他人の評価も覆すことができるからだ。


 彼女は医師に治療をしてもらい、その後は看護師にベッドに寝かされた。

 回復はすると言われたが、まだ心配は募っていた。

 ただ、彼女は今になって目を覚ましてくれたのだ。


 「あの砂地の子供が持ってた病原菌が移ったらしいぞ? 今度は気をつけてくれ………」


 「……あなたって損な人よね。あのまま私を見殺しにしてれば、聖剣の徒が1人消えたのに」


 「その聖剣の徒ってのはまだよくわかんないけどさ、助けたいから助けた。それだけだよ」


 「…………やっぱり、わかんないな」


 彼女はそう言ってベッドから起き上がり、俺の目を見ながら右手で敬礼のポーズをして見せた。

 窓から差し込む太陽の光、窓からわずかに入ってくる風が金髪ロングを緩やかになびかせた。


 「私は、アステル・タタリカス」


 「―――えっ?」


 「私の名前、まだ言ってなかったから」


 彼女は初めて、自分の本名を俺に教えてくれた。

 あの時は明かしてくれなかった名を、なぜかここで教えてくれた。


 「アステルって呼ばれてる」


 「アステル………最高の名前だ」


 「君を―――信じたこと、後悔させないでね」


 ――ありがとう、アステル。


 そうして、俺はこの世界に来て初めてと言っていい信用を得られた。


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