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第1話 俺のチャリティ活動

我が家には数百年前から掲げられている崇高なる家訓がある。


『グーシュ公爵家の栄光と活躍を死んでもいいから成し遂げよ!』


そして今、俺はこの家訓を守るべく、人生で最もハムストリング筋を酷使して走っている。


少し慌てているくらいなら、横目で二度見してくる人々の視線がブレーキの役割を果たすのだが——


歩く災害……いや、女神であるエルゼ様を野放しにしている以上、その視線に構う余裕はない。


てか!


指さしてニヤけてるそこのガキ!


見せもんじゃねぇぇぞぉぉぉぉおお!


アドレナリン全開で、ふと隣を見ると——


全力で走っている妹の前髪が、見事に真っ二つに割れていた。


こいつが「こんな前髪ではエルゼ様にお見せできない」と一時間も鏡の前で粘ったせいで今こうなっているわけだが、その前髪が今、風圧で完全に崩壊している。


まじであれは何の時間だったんだ?


ーーー


俺達は目的地に到着し急ぎ、時刻を確認した。


11時58分42秒。


ふぅ。ふぅ。久しぶりの運動にしては善戦した方だな。だが……今は……そんなことより……。


俺は前髪をひょうひょうと直すフィーネを一瞬睨み、滴る汗を拭うと、前方を確認した。


門番は計二名。

左と右。一人ずつ。


作戦に支障なし。


というわけで、俺は今、自作したお胸おっきくするん3号と卓越した変装技術を用いて爆美女に生まれ変わり、門番と対峙している訳だが。


うーん。まずい。片乳が足りん。


時間のプレッシャーに押され指さし確認を怠ってしまったのが原因であると言える。


くそ。盲点だった…。いや待て。


片乳であっても万乳引力の法則は成り立つはずだ。安心しろ。胸の魅力は大きさに比例するはずだろ。


俺が迷いを捨て得意げに胸を突き出したその時、


俺の隣で待機していた犬役のキャンディちゃん(フィーネ)が流暢な人語を話し始めた。


「ルーク。この子達、うちのメイドのマリちゃんとシンディちゃん」


どうやら、この二人の話によるとうちのメイド長が既に元の門番を懐柔し、代わりの者を配置していたらしい。


さすがはノエルだ。


ーーー


前髪5分。

作戦会議5分。

着替え5分。前髪5分。

着替え5分。前髪5分。


計30分の遅刻でエルゼ舞踏会に到着したわけだが——


時すでに遅し。


既にエルゼ様劇場が開幕していた。


てか、前髪が15分って何事だ?


そんな妹に圧倒的なカリスマ性の差を現在進行形で見せつけているのがエルゼ嬢である。なんと30分という前髪×2の短時間で会場の紳士淑女の視線を独り占めではありませんか。さすがとしか言いようがない。


パチィィィイン!


会場内に鳴り響く甲高い平手打ちの音色。音楽の学はないが、死のシャープといったところか。


静まり返る観客とは対照的に、我が妹は一生懸命カバンを漁っていた。愛用のくしならさっき捨てておいたぞ。


「舐め回すようにいやらしい目で見ないでくれるかしら。男爵殿ーーー女はね! 男の嗜好品ではなくてよ。」


この男尊女卑の時代に容赦なく男に手を挙げ、毒を吐き散らす女こそ。


我らシルバーバーク家が命を掛け、陰ながらお支えする君主。


エルゼ・ルーヴァン・グーシュその人なのである。


「おい、フィーネ!メモしてる場合じゃないだろ!」


「ちょっと…待って…」


ーーー


でだ、このどうしようもない状況の落とし所なんだけどさ、


もう俺がやるしか無いよね…大丈夫!俺ならできる。


ということで我が妹にこの状況を一変させる魔法の言葉を唱えてもらおうと思う。


まあ、嫁入り前の妹を傷つける訳にはいかないから、立ち位置でそれっぽく見せてっと。


「痴漢よぉぉおおおおお!!!!!」


エルゼ様に釘付けだった、紳士淑女の目線が我々、双子の兄妹へと向けられた。


ちょっと照れる…。


とりあえず、まあ、注目される機会なんて無いので、一旦、髪の毛でもかきあげときますか。


俺は喉の調子を整え、知的に口元に手を当てると、できる限り低い声で話し始めた。


「お触りしてみたんだけどさ、これ、別に減るもんじゃないから大丈夫だよね」


男女比2:8という数的優位の状況であっても最悪な発言をした俺に対し、女性陣の文句が全く聞こえないという異質な空間。


普通に罪悪感で気まずい…。すまんみんな。


気まずさのあまり俺が口を開こうとしたその時、案の定、エルゼ様が食いついてきた。


「命をくださるのであれば、いくらでもお触りくださって構いません。まあ、お代は先払いですけれども」


狂言を振りまく変質者と意地でも目を合わせまいと下を向いていた令嬢達がエルゼ様の力強い言葉に感化され顔を上げ始めた。


ここだ!


「げっ。もう触っちゃったんですけど…」


男性陣の曇りゆく表情とは裏腹に女性陣の目に光が宿るのを感じた。


「あのー。お命だけはお許し頂けませんか?男性諸君がいやらしい目で貴殿らを見てしまっていたことも含めて、私を気が済むまで殴ってもらって構いませんので、それでなんとか流して貰えません…かね」


あと、殴っていいとは言ったけど…あの、ぐーはやめてね。来るならパーでお願いします。


ガヤガヤと賑やかになり始めた会場であったが、次第に落ち着くと俺の目の前には長蛇の列が出来ていた。


モテ期の到来ってとこか…。


先頭はもちろんこの人、エルゼ嬢である。


「私に触れられることを光栄に思いなさい。念願のお触りよ」


ゴミを見る目でそう吐き捨てるとエルゼ嬢はファイティングポーズをとり、見事なボディブローからのアッパーを決めてきた。


ガッツリ…グーじゃねぇか…。


その後も40人近くの女性の相手をしていた訳だけど…


おい!!フィーネ!!!


お前!エルゼ様の言いなりになってイチャつきながら俺をいたぶってんじゃねぇよ!!


収めるのがお前の仕事だろ!!!


そんなこんなで事は収まった訳だが、騒動のあと男性陣に少しだけ優しくして貰って何かに目覚めてしまいそうです。てか、男爵も普通にいい奴やん。まあ、よく考えてみればこいつ言いがかりで変態扱いされてただけだしな…


全力で走って、乳を見せつけ、モラハラをする。その結果、報復にあい40人の女に殴られてしまうと…。


とてもユニークなお仕事だな。


いや、お金は一銭も貰えないからチャリティ活動と言ったところか。


エルゼ様の成分を堪能してから帰ると言うフィーネを会場に捨て置き、俺は帰路に着いていた。


エルゼ様からしてみれば、見ず知らずの人間である俺たちがこうして、無償の支援をするのには訳があった。


端的に言うと俺の先祖にあたる名前も知らない奴隷階級であったおじさんがエルゼ様の先祖にあたるバーン・ルーヴァン・グーシュ様によって命を救われ、トントン拍子で貴族階級にまであげてもらったとか何とか。


そう、グーシュ家あってのシルバーバーク家なのである。


無いはずの命、存在出来なかったはずの家名。無を有にしたグーシュ家の血肉となり我が生涯を終えること。これは至極真っ当なことなのである。


さてと、次の使命を果たそうか。


顔に手を当て、特異な力で顔を変えると道はずれの茂みの中へと姿をくらませた。





つづく


ーーー

歴史の教科書には革命家エルゼの記録としてこんなメモ書きが残されている。


高貴で美しい彼女は汚いおじさんの頬を気にすることなく優しく触り、そっと視線を逸らさせると


『女は男の嗜好品ではなくてよ……』


と儚げに囁いた。

ーーー



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