五話 ひきづり村と村役場
「いやぁ、ようやく、うちん村の為に働いてくれる気になりましたか」
高倉さんが額をハンカチで拭いながら口を開く。
事務所の応接室でもそうだったが、よく汗をかく男だ。
よほど汗っかきなのかもしれない。
だが、その汗のかき方にしては、エアコンの温度はそこまで低くないようだ。
そこまでの肌寒さは感じない。
もしかすると、あぎとくんに合わせてくれているのだろうか。
「・・・・・・態とらしい」
本当に態とらしい男だ。
ローテーブルに両肘をついて、胡乱な瞳で目の前に座る男を見る。
視界の端で壁にもたれ掛かっているあぎとくんも、高倉さんを横目で見て、私に目線を移してから肩を竦めてみせた。
絶対にこの男があぎとくんの誘拐監禁に関わったはずだ。
いや、それどころか、きっと呪いにすら関わっているはずである。
その両肩を掴んで、思いっきり揺さぶってやりたい衝動をなんとか抑える。
「・・・・・・そもそも、アンタが僕を攫ってきたんじゃないか」
やはり、あぎとくんもそう思っているらしい。
「どうやら、怪異と遭ったショックで、記憶の混濁が起こっているようですな」
だが、高倉さんは全く歯牙にもかけていない。
後ろ暗いところなど何もないというように、全てを受け流している。
「怪異ねぇ・・・・・・」
私が含みを込めて、そう呟く。
「えぇ、怪異です」
「よく言いますよ、本当に」
眉を寄せて苦々しく呟くが、高倉さんはただニコニコしながら額の汗を拭うばかりだ。
いっそ、菩薩のような微笑みを浮かべている。
私とあぎとくんは視線を見合わせる。
そして、互いに大きく息を吐いた。
呪い。
解けるのであれば、解いてしまうのが一番いい。
だが、そう、さっと見ただけでも、この呪いは精密すぎる。
素人のものではないし、そこらへんの術士ではない。
精密すぎて、下手に何かすれば、術が強制発動しかねない。
ここは大人しく、提示された条件を解決する方が早いし安全なはずだ。
「・・・・・・で、左足を持って帰ってきたって、子供はどこにいるんです?」
もはや、悟りの境地に辿りつきそうになりながら、高倉さんをみやる。
狙い通りに私たちをひきづり村に引っ張ってこれて、解決しないといけない状況にさせられて、さぞ、満足だろう。
高倉さんの笑顔はこの間と同じく業務用のソレではあるが、それでも何割り増しかで輝いて見えた。
舌打ちをしたくなってきた。
場所は村役場の一室。
恐らく、泊まり込み職員用の部屋か何かなのだろう。
ローテーブルと座布団、ポットにテレビ位しか物がない。
古き良き貧乏暮らしの学生の部屋という感じだ。
瓶底眼鏡で頭がぼさぼさの苦学生とか浪人生が住んでいそう。
そして、テーブルにおかれているのは紙パックの蜜柑ジュースである。
しかし、全くもって見覚えのない上、聞き覚えもないメーカの物だ。
この村で作ったものか、この村に関わりがある人間の会社の物なのだろう。
この間、あぎとくんが事務所で飲んでいたのを見て、わざわざ用意してくれたのかもしれない。
そう思って、一口飲んでみたが、美味しくも不味くもない。
コメントに困る感じだ。
敢えていうならば、まぁ、蜜柑ジュースだなって感じの代物である。
ちなみに、あぎとくんは紙パックに触れてもいなかった。
まぁ、誘拐監禁してきた相手だろうしな。
被害者の立場のあぎとくんは飲みたくはないだろう。
「全員です」
高倉さんが何でもないように答えた。
相変わらずの笑顔で、相変わらず額の汗を拭っている。
「は?」
「・・・・・・全員? 全員っていったんですか?」
あぎとくんの短い疑問符を補足するように高倉さんに尋ねた。
私は左足を持って帰ってきた子供の所在を尋ねたはずだ。
なのに、その答えが全員?
「えぇ、そやから、うちん村の子供は全員左足を持って帰っとります」




