エピローグ
某県某所、政府管理下施設。
「のっぺらぼうだけで行かせたんですか」
ハイイログマ、尾張わをんにそう評された男が、もう一人の男に問いかける。
本署の刑事、そういう肩書きでひきづり村に入り込んだ男である。
そして、その肩書きをもって、尾張わをんと犬神あぎとへの事情聴取を行った男の片割れだ。
「・・・・・・あまり怪異に信頼を置きすぎるのはどうかと」
その顔を幽かに歪め、その恵体の威圧感を存分に振りまきながら、眼前に座っている男を見下ろす。
尾張わをんにも見せた、あの嫌そうな表情である。
「山田ちゃんは本当にお堅いんだから」
そんな男とは反対に、座っている方の男性は優しい微笑みを作った。
そちらもやはり本署の犬飼刑事という、肩書きでひきづり村に入り込んだ男である。
そして、尾張わをんに関していえば、事情聴取の聞き役に徹していた男だ。
ハイイログマ、山田と犬飼は共にひきづり村に応援に駆けつけていた本署の刑事──を騙った怪異事象部門の職員である。
「ちゃんと使いどころがあるんだよ、化け物は化け物でね」
今、この時間、その政府管理下施設の一室は、キチンとした手順を得て、怪異事象部門に貸し出しされていた。
しかし、申請人数は四名と書かれていたはずである。
だが、そこにいたのは二人だけだ。
その部屋は四人で使うにも広すぎる場所だが、二人で使うとなれば、もはや無駄と言ってもいいほどの広さだ。
しかし、それは仕方のないことだ。
なにせ、怪異事象部門の話し合いというのは、政府管理下施設の限られた場所で行うという決まりがある。
盗み聞きされないためか、盗み聞きするためか、それは職員達には預かり知らないことだ。
「そもそもさ」
犬飼が微笑みながら、少し首を傾げて見せた。
「どうして【左足】だったんだと思う?」
「どうして【左足】だったか・・・・・・?」
「・・・・・・子供でもイメージしやすいし、自分にも付いているから、連鎖してその【怪異】を頭に浮かべてしまいやすい──から、ですか?」
「それなら、右足でも、右手でもいいでしょ」
「・・・・・・つまり、どういうことです?」
山田の眉が顰められた。
「儀式だよ、儀式」
「・・・・・・儀式、ですか?」
「そう、思い出してみなよ。そもそも【鬼】を【左足】に纏わる怪異にしようとしたのは、柴田結衣の発想じゃあない。
【佐伯桃花】の【左足】が切られていたから、そこから着想を得ただけだ。そしてその【左足】を切ったのは【秋本さやか】だっただろ?」
「・・・・・・確かに、そうですね」
山田が小さく頷く。
『死体から【左足】が消えていた。そして、その【左足】はついに怪異になってしまった』
それは確かに分かりやすい構図である。
だが、言われてみれば、最初に【左足の怪異】の分かりやすい構図を示して見せたのは【左足を切り取って隠した秋本さやか】の方だ。
彼女は【自殺した佐伯桃花の死体】からわざわざ【左足】を切り取り、隠したわけである。
「そもそも、君。ただの子供が人間の足を切り取れると、本当にそう思うのかい?」
「は? それは一体どういう・・・・・・」
「だからさ、子供だよ、子供。それも身体を鍛えているわけでもない、甘やかされて育った小学生女子だ。成人男性だって、人間の身体をバラバラにするのには骨が折れるのに、そんな子供ができると思うのかい?」
「は・・・・・・いや、え? まさか・・・・・・それじゃあ、秋本さやかは・・・・・・」
続いた犬飼の言葉に山田が間の抜けた声を上げる。
「お、一羽帰ってきたな」
犬飼がそう呟くと、無造作に窓に近付き、開け放つ。
それを待っていたかのように、一羽の烏がその部屋に入ってきた。
「・・・・・・ちょっと、犬飼さん。烏を室内に入れたりなんかしたら、また苦情がきますよ。ただでさえ、うちは目の敵にされているんですから、気をつけてください」
「山田ちゃんは本当にお堅いねぇ」
諦めたような山田の忠言を適当に流し、犬飼は烏の姿を目で追う。
その烏の方も、やはり山田を気にすることなく悠々と室内を一周した。
そして、満足したのか、烏は犬飼の肩に留まり、二度三度羽を広げて見せる。
犬飼はそんな烏の瞳を覗き込み、数分ほど身じろぎもせずに見つめ合う。
山田は諦めたのか、邪魔したくないのか、直立不動の体勢のまま、その様子をジッと観察している。
犬飼明。
彼は烏の形をした式神を使う男である。
烏を使って情報を集める、怪異事象部門の情報戦担当。
ひきづり村でも式神を使用し、尾張わをんと犬神あぎとを監視していた。
怪異事象部門に引き入れていいのか、処刑すべきではないのか、判断するために。
だが、異界をつくるタイプだったせいで、充分な情報を得られているわけではない。
だが、使えそうではあるという判断を下したのは犬飼明自身である。
そして、万年人手不足の怪異事象部門にとってみれば、使えそうとは死ぬまで使うという意味である。
「あーぁ」
烏の目を覗き込むのをやめて、犬飼明が気の抜けた声を上げた。
特に何の感情もこもっていない音である。
「どうされたんですか」
山田が犬飼明に説明を促す。
犬飼明は幽かに笑い声をあげた。
「犬飼さん」
「あぁ、悪い悪い」
やはり、特段罪悪感など感じていなさそうな謝罪を告げる。
「新しい秋本さやか──彼女、柴田結衣が住んでいた家に包丁を持って乗り込んだらしいよ。それはもうすごい形相でさ『ぶっ殺してやるー』なんて、叫んでいたんだって。
おかしいよね、新しい秋本さやかは柴田結衣との面識なんてないはずなのにさ」
「いやぁ~、一足遅かったみたいだ。残念だねぇ」
犬飼明が楽しそうに、烏を撫でる。
その指が喉元をくすぐり、嘴をさすっていく。
「・・・・・・まさか、秋本さやかが行った【儀式】は【新しい秋本さやかの身体】を乗っ取るためのものだった? それがどうして、今になって発動しているんです!?」
山田の脳内に最悪の答えが浮かんだ。
「そりゃあ、秋本さやかが自分の死後に、完全な能力を発揮するタイプの霊能力者だったからじゃない?」
「霊能力者!? ということは、やはり秋本さやかも霊能力者なんですか!?」
「じゃなきゃ、人間の足を切り落とせた説明もつかないでしょ」
「なんということだ・・・・・・」
山田が手で顔を覆い、大きく息を吐く。
「自分の死後、自分の代役として立てられるほどに【父親に気に入られている母親違いの娘】だよ? 秋本さやかの性格が苛烈だったら、きっと許してはおけないだろうね。
元々、その身体を乗っ取ってどうするつもりだったのかはしらないけど、今の彼女に身体を返すつもりはあるのかな?」
犬飼のその言葉に山田が大きく口を開け、何かを言おうとした。
「あぁ、それとも、こういうのはどうかな?」
しかし、犬飼が言葉を続けるのを見て、その口が閉じる。
「【秋本さやか】自体がそもそも【乗っ取られていた被害者】だった。そして【秋本さやかに成り代わったもの】は自分の儀式に必要だから【自殺まで追い込んだ少女】の【左足】を回収したわけだ。
ふむ、そうなると、次の犠牲者は柴田結衣だったのかもしれないね。彼女との折り合いも悪かったみたいだから。
なるほど、つまりそうなると、【秋本さやかに成り代わったもの】は自分の【獲物】だと思っていたモノにしてやられ、しかも産まれたばかりの【獲物の配下の三下くん】に殺されてしまったわけだ。
いやぁ、それはとってもおもしろいことだよね。うん、それは【包丁を持って柴田結衣を殺すために家に突撃】したくもなるか」
山田の顔色が悪くなる。
その口が開き、閉じて、また開く。
「ということは、だ。【儀式】の成功にタイムラグがあったわけではなくて【秋本さやかの肉体】が死亡し【鬼】が終わって、ようやく解放されたから、次の【身体に成り代わった】のかもしれないね。
なにしろ【新しい秋本さやか】は【かつて自分が成っていた人間】に成ろうとしている人間だ。これは、成り代わりやすかったんじゃあないかな。そうはおもわないかい、山田ちゃん」
「だとしたら! 【秋本さやか】の中身は【怪異】ということになるじゃないですか!? いえ、もう一つの説であったとしても、彼女が悪辣な【霊能力者】だということには変わりはありません! なのに、どうして・・・・・・!」
「しー・・・・・・」
しかし、山田の口から全ての言葉が出終わる前に、犬飼明が人差し指をたてて口元に掲げる。
「新人が入ってくるんだ。もっと楽しい雰囲気にしてあげなくちゃ、ね?」
その言葉に同意するかのように肩の烏が鳴き始めた。
怪異事象部門、通称、化け物殺したちの仕事はまだまだ始まったばかりである。




