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四十七話 後始末とひきづり村





 高倉護。

 ひきづり村の村役場の職員。

 そして、その正体は政府の怪異事象部門所属から、柴田結衣の監視をまかされ、東京からひきづり村にやってきた監視員。



『仲がよろしいようで、何よりです』



 そこで、自分とあぎとくんが抱き合っていたことを思い出した。



「・・・・・・うぉあはぁあああ!?」

 あぎとくんを両手で思いっきり突き飛ばす。

「いっ・・・・・・」

「あぁぁ、ごめん! 本当にごめん、あぎとくん!!」

 包帯だらけのあぎとくんを突き飛ばしてしまった。

 微かに呻いたあぎとくんに駆け寄る。

 あぎとくんはソファーに寝転がるようにして倒れている。

 そして、その体勢のまま、顔を歪めて動こうとしない。

 全身打撲をしているのに、その身体を突き飛ばし、衝撃を加えてしまったのだ。

 さぞや、痛かっただろう。

 あぎとくんの周りをオロオロとしながら、様子を見る。


「・・・・・・ふぅ」

 あぎとくんは落ち着いてきたようだ。

「本当にごめんね、あぎとくん! 吃驚しちゃって・・・・・・」

「いいんだ。だいじょうぶだよ、わをんちゃん」

 そう言って上げられた顔は、再びあぎとくんらしい無表情へと戻っていた。


「どうしよう、痛みは酷い? 酷いなら、一回病院で診てもらう?」

「いや、そんなに酷くはないし、診てもらう程じゃないよ。ソファーの上だったしね」

「本当? もし、酷くなってきたらすぐに・・・・・・」



 咳払い。

 それに振り返ると、高倉さんが少し居たたまれなさそうにしながらも、こちらを見ていた。



「・・・・・・で、今回の件について、お話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 高倉さんが笑顔を作る。

「お互い、化けの皮を剥いでいきましょう」

 そういいながら、高倉さんは汗を拭くのをやめ、ハンカチをポケットにしまった。



 そして、両手で自身の顔に手をあてた。

 その顔がぬるりと糸を引いて、剥がれていく。




 仮面である。




 被っていたソレを外せば、ぼたり、ぼたりと透明な液体が零れていく。

 その液体は、仮面を被せてあった場所から滴り落ちているようだ。

 そこでようやく、私は拭っていたのが汗ではないことを知った。



「負傷もされているのに申し訳ないのですが、ここは聞かせていただかなくてはいけません。


 ──政府の怪異事象部門、その所有怪異として。


 もし断られるのであれば、怪異事象案件の緊急臨時強制捜査権の行使をすることになりますが、そんな真似は私だってしたくないんです。私も所有怪異仲間に恨まれたくないですし、ましてやあなた方に対して悪意がある訳じゃあないのでね」



 仮面を外した其処には目も口も鼻もついていない。

 ただただ、したたり落ちる液体だけがそこにあった。




「どうも、名乗り遅れまして・・・・・・怪異事象部門、所有怪異のっぺらぼうともうします」

 高倉さん、いや、のっぺらぼうがそう名乗り出た。

「いやぁ、お恥ずかしい。所有怪異になる上で「怪異事象部門の霊能力者たちに見分けやすいように」または「怪異事象部門の霊能力者たちが被って欲しくない顔を被ったらすぐに分かるように」なんて、こんなに【汗】をかくようにされちゃいましてね。もう、それこそ、春夏秋冬、一年を通して汗だくですよ」

 顔はなく、その表情は分からない。

 だが、のっぺらぼうは人なつっこく笑っているような気がした。

 訛っていたはずの言葉も、今は東京弁に近くなっている。

 高倉さんというひきづり村の村役場職員、その仮面を剥いだのっぺらぼうは、なるほど、なんだかしっくりときた。

 やはり高倉さんというのはそれっぽく、そして、それらしく、ラベリングされた人間だったのだろう。

 監視員にしては随分と及び腰だと思った。



「あー、いやいや、今はそうではなくてですね。まぁ、世間話がしたくないわけでもないんですが。

 ほら、犬神あぎとくん。君って要注意から外れはしたけど、未だに保護対象までは戻れていないでしょう? 怪異事象部門としても扱いに困っていてね」

 のっぺらぼうは、ぐるりと急にキッチンの方を振り返る。

 そして、つかつかと遠慮なくそのスペースへと侵入していき、流しの横に置いたままのカップを一つひっつかんだ。

 私が淹れ、苦すぎて飲めずに牛乳を入れようとしていたカップの一つ──その、来客用のカップの方である。

 のっぱらぼうはひっつかんだカップを持ち上げ、一切何の断りもなく、淹れられた珈琲を顔に押し当てた。


「あ!」

 一瞬「私の飲みかけなのに」と言おうとして、止める。

 そんなことをこの場で言おうものなら、あぎとくんはのっぺらぼうに、いや、怪異事象部門所有怪異に襲いかかってしまうだろう。

 そうなれば、保護対象どころか、再び監視対象にされ、このまま三人での共同生活が始まりかねない。

 絶対にごめんである。

 私は長考の末、口を噤むことにした。


 のっぺらぼうの顔には口など無い。

 そのはずなのに、カップは口があるだろう場所につけられ、その上、その中の液体をキチンと吸収できているようだ。

 のっぺらぼうはあの苦い液体をそのまま一気に呷り、カップは空になった。



「いやいや、前回全く頂けなかったことが、実に気がかりでしてね! ・・・・・・それにしても、さすが空亡。私の相棒の存在も分かっていましたか」

 どうやら、よく分からない勘違いをさせてしまったらしい。


「いや、全然知りませんけど」

「・・・・・・え、知らないんですか」

「全然知りませんね」

「・・・・・・そうですか」

 正直に答える。

 何でそんな勘違いをしたんだろう。

 もしかして、キッチンに珈琲が二つあったからか?

 ならば、深読みしすぎというか、私を過大評価しすぎだ。


 のっぺらぼう、高倉さんは今顔がない。

 つまり、表情は読めない。

 だが、今は恐らく呆気にとられた表情をしているのではないだろうか。

 トプリとゆで卵の様な顔面から液が垂れる。

 そして、何もないはずの口に手を当て、何度か咳払いをした。



「私の所有者・・・・・・わをんさんはもう会っていますよね? あなたをひきづり村まで送り届けた、タクシー運転手の彼です」

 そう言われて、あぎとくんが誘拐された際、迎えにやってきた男性を思い出す。

 喫茶店にいそうな老年の男性。

 彼のことだろう。


「あぁ、あの匂いの」

 あぎとくんが真っ先に答えた。

「匂い・・・・・・?」

 そういえば、廃神社で再会したとき「他の男の匂い」云々と言っていた気がする。


 匂い。

 匂いねぇ。


 あぎとくんは犬神憑きだ。

 犬神であれば、もちろん嗅覚も敏感なのである。

 だからこそ、私はいつも通り、匂いが着くほど、他人に接近することはしなかったはずだ。

 だというのに、あの時のあぎとくんは、匂いをかなり気にしていた。

 犬神憑きにとって、気になる匂いだったのだろうか?

 ・・・・・・だとしたら、なんだろう。

 うんうんと頭を悩ませていると、のっぺらぼうが再び咳払いをした。



「まぁ、そのですね。私の相棒の口利きができそうなわけですよ。だから、政府の怪異事象部門に非常事態協力霊能力者登録申請をするのはどうでしょう、というお誘いがしたくてやってきたのです」



 沈黙の後、自然とあぎとくんと私の視線が交わる。

 高倉さんがそのつるりとした顔をそのままに・・・・・・恐らく、私たちを観察していた。

 あぎとくんが右手を挙げた。



 タイムの合図である。



 あぎとくんと私が部屋の隅で身を寄せて固まった。

 ソファーに座ったままの高倉さんをチラチラと見ながら、二人会議が始まる。



「・・・・・・怪異事象部門の非常事態協力霊能力者登録だって」

「え、これ申請が通ったら、保護対象まではいかなくても、政府直轄になりますよね。ということは、犬神家の使いっぱしりはしなくていいのでは?」

「・・・・・・まぁ、そっちに行ったら行ったで、怪異事象の使いっぱしりにはなりそうだけどね。それに、こう言い出すってことはさ、最初からそのつもりだったよ、あれ。今回ののっぺらぼうのやり方って、僕だけじゃなくて、わをんちゃんのことも試すために、呪いまで使って過激なことをしたってコトでしょ?」

「まーぁ、そうでしょうね・・・・・・うーん、結局どっちがマシかって事になるかもしれないなぁ。どっちだろう、どっちがいいですかね?」

「でも、犬神家はさ・・・・・・正直、僕たちを保護対象に戻そうとしてない気がしない? 僕たちのこと、政府に処分される可能性をチラツかせて追い立てて、使えるところまで使いつぶしてやろって感じだし」

「それは正直ありますね」

「でしょ? というか、犬神家に対しては、これまでの鬱憤たまりすぎてるから、政府の方がマシに思えちゃうんだよね」

「・・・・・・あぁ、それも正直ありますよね」



 私とあぎとくんがヒソヒソと喋るのを止め、のっぺらぼうを振り返る。

 のっぺらぼうは見知らぬ男の仮面を付け、私のマグカップに淹れていた珈琲をグイッと飲み干すところだった。



「え、いや、誰!?」

 村役場職員の高倉護の顔ではない。

 心なしか、いや確実に体格も変わっている。

 高倉護はすらりとした男性だったが、今ここのいる男性は随分と恰幅がよく、そして年を取って見えた。


「ん? あぁ、コレはひきづり村の・・・・・・ホラ、秋本さやかの父親の顔ですよ」


 秋本さやか。

 佐伯桃花を追い込んで自殺させてその左足を切り取り、柴田結衣を追い込んで霊能力を使わせた少女。

 その父親。

 秋本さやかが左足をおいて行方不明となった後は【新しい秋本さやか】を外から迎えた男。

 そうやって、秋本さやかの母親も心神喪失状態まで追い込み、あげく村を裸足で彷徨わせる原因となった男。


「・・・・・・は?」

 私の口から思わず疑問符が漏れた。

 その疑問符には幽かな怒りを混ぜてしまっていたのが、自分でも分かる。


 秋本さやかの父親。

 ひきづり村の有力者。

 その顔。

 その顔を何故付けている。

 その顔が何故必要なんだ。

 その顔で何をするつもりなんだ。

 そう尋ねたいのに、尋ねることができない。



「コレをつけてしなくちゃいけない仕事が──いや、後始末があるんです。

 そのせいで、私の相棒は下準備の為にここには来られなくなってしまいまして・・・・・・直接説明できずに、申し訳ないと伝えておいて欲しい、という伝言を頼まれております」

 のっぺらぼう、だったそれは今や、秋本さやかの父親の顔と体格をしていた。

 口調こそそのままだったが、その足は先ほどとは違い、神経質そうな貧乏揺すりが始まっていた。

 姿勢も変わり、大きく足が開かれている。

「・・・・・・あ、もちろん、秋本さやかの父親になったのは、今日が始めてではないです。ですけど【鬼】の事件で、秋本さやかの父親がしていた【あれ】や【それ】はもちろん本人ですよ! 私はあなた達を試す真似はしましたが、邪魔だけは誓ってしていないですからね!」

 むしろ、その様相で、口から丁寧な言葉が出ているのが違和感である。




 あぎとくんと私の視線が交わる。

 邪魔はまぁ、していないだろう。

 なにせ、私たちの目の前で秋本さやかの父親への電話もしていたし。

 ・・・・・・あぁ、そうか、二度目の電話を目の前でしたのは「これから、自分がのっぺらぼうだと知られたら、変身ができることも分かる。その上、後で秋本さやかの父親の仮面も持っていることがしれたら、余計な疑惑を持たれかねない。ここは、ちゃんと会話しているところを見せたいが、向こうは絶対に会ってはくれないだろう。だから、せめて電話している姿を見せないと」ということだったのか。

 つまり、疲れているから移動せずに私たちがいる場所で電話したのではなく、疲れているが私たちがいる場所で秋本さやかの父親に電話しておきたかったのだ。



 それにしても、後始末。

 秋本さやかの父親の姿になって、しなくてはいけない後始末、か。

 恐らく、のっぺらぼうがこれからすることは、外部の人間には知られてはいけないことなのだろう。

 そして、ソレを見せるということは、この誘いは恐らく強制だ。

 最初から選択肢がない。

 断れば監視対象に逆戻りどころか、処刑対象に指定されかねない。



 あぎとくんと私は黙ったまま、ソファーに引き返した。

 犬神家に飼い殺されていた方がよかった、なんて事にならなければいいのだが。



 ため息を飲み込む代わりにマグカップを持ち上げたが、これはあぎとくんの蜜柑ジュースだったことに気が付いた。

 そうだ、私の珈琲はのっぺらぼうに飲まれたのだった。

 持ち上げたマグカップをそのまま机に乗せる。



「珈琲をありがとうございました」

 高倉さん、いやのっぺらぼうが立ち上がった。

 見上げると、やはり、あの見慣れた七三分けの顔ではない。

 歩き方もがに股気味ですこし重心が背後にあるようだ。

 態度も仕草も偉そうなのに、敬語。

 本当に口調との乖離がすごすぎる。

 のっぺらぼうが高倉さんをしていた頃の比ではない違和感だ。



「・・・・・・えぇ、なんのお構いもできませんで」

 私はのっぺらぼうに定型文を送る。

 あぎとくんの方は再びソファーに寝転がり、反応をしようともしない。

 まぁ、全身打撲までして、先程は私が突き落としてしまったし、寝転んでいても許されるだろう。

 だが、私の方は一応同僚だか上司だかになるだろう、この怪異を玄関まで見送ることにした。

 ソファーから立ち上がり、のっぺらぼうについていく。


 玄関手前でのっぺらぼうが振り返った。


「わをんさん、私、期待してるんですよ」

 そして、いかにも意地が悪そうな古狸の姿で、嫌に丁寧な言葉を発した。

 ここまでギャップがあると正直、薄気味悪さを感じる。

 得体の知れない何かが乗り移っているような・・・・・・いや、得体が知れない何かが、仮面を被って人間の振りをしているのだったか。


「同じ怪異として、貴女ならば怪異と人間と共存できると、世界に証明することができるんじゃないかってね」

 かつて高倉さんだったものはにこやかにそう続けた。

 そのまま、彼は全く似合わない丁寧なお辞儀をし、振り返ることなく玄関の扉から出て行った。



 扉から出て行ったのっぺらぼうはやはり大股で、せっかちで機嫌の悪い人間の動きをしながら、待たせていたタクシーに乗り込んでいく。

 それは私をひきづり村に連れて行ったタクシーと同じ会社ではあったが、のっぺらぼうがいうところの相棒ではなさそうだ。

 シルエットの体格が違う。

 小柄だから、もしかすると女性なのかもしれない。

 だが、その判断がつく前にタクシーはさっさと発進していった。



 そのまま、ひきづり村に向かうのだろう。




 新しい秋本さやかはもう村には慣れたのだろうか。

 再び霊能力で人を害した柴田結衣はどうなるのだろうか。




 天を仰ぐ。

 この世の全てに平等に日差しを注ぐ太陽が天高く、確かにそこにあった。



「わをんちゃーん」

 事務所からあぎとくんの声がする。

「はーい」

 私はそれに返事を返し、玄関の扉を閉めた。

 そうして、私は日常に戻っていく。

 変化はあったが、それでも、変わらずに明日を待つ。




 少なくとも、私たちの中でのひきづり村怪異事象はここで終わることになった。



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