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三話 ひきづり村と再会



 無言のまま、タクシーに揺らされること二時間。

 ついに、私はこのひきづり村まで連れて来られた。


 ──で、冒頭に戻るというわけだ。

 いや、戻らないでくれ。

 誰か私を助けてくれ。



「だからね、わをんちゃん。他の男と同じ空気を吸ったらそれは浮気なんだよ。僕の言っていること分かる? 難しい? なんか間違ってる? ちゃんと言ってくれないとわかんないんだけど。なんで何も言ってくれないの? 僕のことが嫌いだから? あ、駄目だ、もう耐えられない。なん僕とわをんちゃんは相思相愛の恋人のはずなのにいつもこうなの? まるで片思いみたいじゃないか。恋人同士なのにこんなにも恋風が身に染みるのは、僕だけってことなんでしょ。なんで? なんでこんな事するの? なんでこんな事しても平気なの? なんで僕がこんな思いをしているのに全然気にならないの? やっぱり僕が嫌いなんだそうなんだ。もう駄目だ。全部終わりだ。わをんちゃんを殺して僕も死のう。もうそれしかない」


 回想し終わっても、あぎとくんの手にはボロボロの包丁が握られている。

 もう駄目だ。

 現実逃避終わり。



「またソレ繰り返しちゃうかかぁ。あのね、違うの、送って貰っただけなんです。というか、気が付いたら迎えにきて・・・・・・いやいや、この村に一刻も早く着くための交通手段だっただけ!

 うん、あぎとくんが心配で心配で、いてもたってもいられなくてね、仕方なく! 本当に仕方なくね! もう、一刻も早く駆けつけたかったんです! ほら、あぎとくんの命の危機だと思ったし、廃神社に監禁されているとか言われたら、ね? 万が一の想像とかしちゃって怖かったんです。だから、ね! 不安にさせてごめんなさい」


 あぎとくんの瞳は常にハイライトがないが、今のあぎとくんの瞳にはどす黒い闇しかない。

 その瞳だけで人間どころか、小心な怪異であれば死んでしまうだろう。

 ちなみに、そんな恐ろしい瞳は今まっすぐに私に向けられているわけだ。

 最近「今まで生きていた中で、こんなに恐ろしい思いをしたことはない」の連続だ。

 本当に、新鮮な気分を味わわせられている。

 勿論、全然いい意味ではないわけだけれど。



「えぇ、もう、とにかくですね、全てはあぎとくんの為なんですよ! 私もあぎとくん以外の男性と一緒に居たくはなかったんです、本当に、うん」

 私は顔を恐怖で引き攣らせているのか、笑顔を作ろうとして失敗しているのか、自分でも分からないまま、なりそこないの表情を顔に貼り付けようとして叫ぶ。

 上げた両手も、冗談のように震えていた。

 命の危機を感じているのだ、そうもなる。

 心の底から恐怖しているはずなのに、心のどこかで冷静な自分がそう分析している。



 あぎとくんが無表情となり、至近距離から私の瞳をのぞき込む。

 こちらの隠している本心どころか、隠していない事すらも全て暴く様な瞳だ。

 なんなら、思っていない気持ちすら見通してしまいそうである。


「・・・・・・本当?」

 漸く、溝川のようだったあぎとくんの瞳に光・・・・・・いや、光ってないな全然。

 光っていないが、何か、そう闇を煮詰めた瞳が闇深い瞳に戻る。

 そう犬に興味のない人間からすれば、ポメラニアンか柴犬くらいの「どっちも犬だろ」という違いかもしれない。

 しかし犬が好きな人間からしてみれば「ポメラニアンと柴犬はジャンガリアンハムスターとノルウェージャンフォレストキャットくらい違うだろ」という話である。

 そう、その二つは全く違うのだ。

 違いが分かる人間からしたら、全くもって全然違う。

 更にはその違いこそが、私の生存率と命の危機的にも直結する、大きすぎる違いである。


「本当本当」

「本当に本当?」

「本当に本当」

「そうか・・・・・・そうだよね、わをんちゃんが浮気なんてするはずないもんね。ごめんね、僕も誘拐されてナイーブになっていたのかも。僕ってば、わをんちゃんを疑うなんて最低だよね。彼氏失格だよ、ごめんね」

「うんうんうん、全然大丈夫、気にしてない気にしてない」

 いつもそんなものだよ、あぎとくんは、なんていうのは言ってはいけない。

 ナイーブというかネガティブというか、いっそマダラス(殺人的)というか。

 もちろん、本人には言えるわけがない。

 口は災いの元なのだと、あぎとくんは私にいつも教えてくれる。


「確かに、他の男の車で二人っきりで過ごした、なんて許されないことだけど、僕のためにやったことだもんね」

「そうそうそう! 全てあぎとくんを思ってやりました。心配させてごめんね」

「そっか、ごめん、刺そうとするのはやりすぎたね。本当にごめん、わをんちゃんから男の臭いがしたから、ついカッとなって」

「・・・・・・あっ、そっすか」

 あぎとくんが錆び付いた包丁を地面に放り投げた。


 ついカッとなって、それは事件の加害者の言い分そのものである。

 いや、うん。

 とりあえず、命は助かったらしい。

 あぎとくんに終わらせられるところだった、もちろん命を。

 気を抜くと涙が滲みそうだ。

 いや、別に怖かった訳じゃないんだけどね、別に。

 ちょっと、私にも色々と思うところがあるという事だ。

 例えば、幼い頃のあぎとくんと今の私に殺意全開のあぎとくんのギャップとか。


「うん、いや、いい、いいんですよ、あぎとくん」

 まぁ、とりあえずだ。

 リセットしていこう。

 今はそれどころではない。

「・・・・・・さぁ、この村からさっさと出て行きましょう。こんな所にいても、いいことはないですし」

 私はそう言いながらあぎとくんに近付き、なるべく自然な動作で包丁を遠くへ蹴り跳ばした。

 壁には当たらなかったもののの、廃神社の隅の方へ包丁が滑っていったのを見届けて、微かに息を吐く。

 メンヘラの近くに凶器になるものを置いてはいけない。

 最近、身を持って学び続けている常識の一つである。



「・・・・・・それなんだけどね、わをんちゃん」


 嫌な予感がした。

 いや、予感どころか嫌なことが続いている。

 嫌なこと・・・・・・いや、それどころか、あぎとくんの誘拐と監禁まであったのだから、それどころではないか。




「僕さ、呪われたみたいなんだよね」

 あぎとくんは確かにそう言った。

 聞き間違うまでもなく、確かに。



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