三十六話 ひきづり村と繭
<side:犬神あぎと>
眼下では白い腕達が血肉に餓えた蛇のように踊り、蠢いている。
それは気持ちの良い光景ではない。
例え、先ほどまでそこにいて、腕に襲われることはなかったのだとしても、わざわざそこに戻りたいとは思えないだろう。
「で、どっちにいけばいい」
「・・・・・・あちらです」
高倉護がすっと指を上げて彼方を指さす。
その指は微かに震えているようだ。
追い打ちをかけるように、上空から腕が一本墜落し、その震える指先をかすめてきた。
高倉護が情けない悲鳴を上げ、指先が引っ込めて大袈裟に仰け反る。
犬神あぎとにしがみついたままだったおかげで、かろうじてひっくり返らずにはすんだようだ。
「なにやってんだ、テメェはよぉ」
「し、仕方ないでしょう! 今のは! 急に落ちてきたんですよ、腕が!」
「ウルセェ、んなもん、見りゃわかる」
「分かるなら、文句付けないでくださいよ!!」
「飛ぶ」
犬神あぎとが再び短く宣言し、両下肢に力を込めた。
言い争っていた二人が、慌ててその腕に力を込め直す。
破壊音。
「おぎゃあぁああああああ」
背中を嬰児の断末魔が追う。
ソレを全て置き去りにして、三人の身体が宙を飛び、屋根を蹴って、宙を飛び、屋根を蹴る。
重力を全く感じさせないその飛躍は、
「あ、あそこです!!」
高倉護の一言によって終了する。
繭。
ソレが人間に与える印象はそういったところだろう。
蟲。
そう、蟲だ。
蟲が卵や幼虫、その蛹を保護するために作り出す構造物。
何かを護り、隠すように、もしくは、何かの侵入を許さないように──
柴田結衣の家は蠢く腕に覆われていた。




