三十五話 ひきづり村と下準備
<side:犬神あぎと>
「彼女の部屋を探させていただきましょ」
高倉護がついに決意を固めたようにそう言った。
「あ? 逆に、そんな怪しい場所に、まぁだ行ってなかったのかよ!?」
そんな高倉護の言葉に、一番早く反応したのは加山和雄である。
怒り狂った熊のような男に、吼えかけられた高倉護はビクリと一瞬身体を震わせる。
しかし、犬神あぎとの身体に巻き付けた腕に力を入れ、逆に加山和雄を睨みつけてみせた。
「仕方なかでしょう! 拒否されとったんですよ、拒否! まさか、無理矢理、女の子の部屋に入って調べるわけにもいかんでしょうが!」
「現実の方で探しておけば、こんなとこになってないだろうが!!」
怒りからか、加山和雄の手にも力が入り、犬神あぎとの肩が嫌な音を立てる。
「おい、肩」
犬神あぎとが顔を歪め、加山和雄の方を振り返るが、興奮しているせいか、彼の耳には全く聞こえていないようだ。
「そもそも、こっちだってねぇ、明日には・・・・・・いや、なんなら今日だって、すぐ近くまで行っとったんですよ!! やけど、佐々木さんが来襲してて、ソレどころじゃなかったんです!! 仕方ないじゃないですか!!」
「あ”ぁ!? 佐々木ぃ!? あのババアにビビって、入れなかったってことかよ!? テメェがチキンなせいで、手遅れになったってことじゃねぇか!!」
「な、誰がチキンですか!? あなたは本当に失礼な人ですね!! あっちはねぇ、子供の足を持っていたんですよ!! 子供の足!!
というか、ソレを言うなら、そもそも駐在所に行ったときに、貴方が全て話してくれていれば、わざわざこんなに時間をかけずに済んだんじゃないですか! そもそも、話を聞きに行っただけで、あんなにも怒り狂って私たちを追い出すことないでしょうが!! 貴方にだって非があるのに、全部私のせいみたいに言うのは辞めてくださいよ!!」
「あんだと!? テメェ、黙って聞いてれば、生意気な口をききやがって!!」
「はぁ!? ちょっ、頭を掴まないでください!! 本当に野蛮な人だな!!」
加山和雄と高倉護が唾を飛ばしながら、吼え合いを始めた。
犬神あぎとの身体の一部を掴みながら、である。
つまり、犬神あぎとはその喧嘩に強制的に巻き込まれていた。
さらに犬神あぎとを掴む二人の手にも、徐々に力が籠もっていく。
彼のその鋭い牙が生えた口が、ひくりひくりと神経質に動いた。
「・・・・・・僕を掴みながら喧嘩を続けるなら、このまま腕の海に落とす」
犬神あぎとがそう言いながら、上から落ちてきた腕を鬱陶しそうに払い除ける。
その額には太い血管が浮かび、脈打っていた。
「今コレは、ただ増殖して自分を広げていく事に執心している。だから、それ以外の事には興味を示していない。
けどな、満足行くまで増殖し終わったら、次は餌の時間だ。俺たちはさぞかし、いい養分になるだろうよ」
二人は文句を言いたそうに犬神あぎとを睨み上げていたが、付け加えられた言葉で完全に沈黙した。
「ぉうぁあおぅあぁああ」
どこからかまた嬰児の声が上がる。
近いような遠いようなその声は村中に響きわたり、反響し続けていた。
「柴田結衣ちゃんの家に行こう。わをんちゃんが今どこにいるとしても【全てを終わらせるための下準備】をしているはずだ」




