三十四話 ひきづり村と核
<side:犬神あぎと>
「やはり、ここは異界だったのか」
犬神あぎとが結論を出した。
「異界? まさか、ここは偽物の村いうことですか?」
「偽物に決まってるだろうが! 本物なら、今頃はそこら中で悲鳴があがってるはずだからな!」
足下を蛇の河・・・・・・いや、蠢く腕の群が流れていく。
三人はそれをどうすることもできずに、ただ見下ろす。
「・・・・・・明らかに量が増えている。膝まで埋まってきたな」
「こ、この腕・・・・・・襲いかかってきたりしないですよね?」
「おい、気持ち悪いことを言ってんじゃねぇよっ!」
ぱしんと軽い音を立てて、加山和雄の手が高倉護を叩く。
再び腕の海に叩き落とされそうになり、高倉護が嫌そうに顔を歪めて、加山和雄を睨む。
腕の海に叩き落とされて顔を打った瞬間、脚に力が入るようになったらしい。
腕の海に突っ込んだ瞬間、彼の中の恐怖が臨海点に達した結果のショック療法というやつなのではないかと、犬神あぎとは考えている。
「ちょっと、叩かないでくださいよ!」
「テメェが気持ち悪いことを言うからだろうが!」
「気持ち悪かろうが何だろうが、解消しておかなくてはいけない疑問でしょうが!」
「口答えしてんじゃねぇよ!」
パシンという軽い音が辺りに響く。
再び、加山和雄が高倉護を叩いたらしい。
「だから、止めてくださいよ!!」
「テメェこそ、デケェ声出すな!!」
「そっちの方が大きな声・・・・・・だから、押さないで!!」
三度、加山和雄に叩かれた高倉護がバランスを崩す。
しかし、倒れそうになったその瞬間、加山和雄の手を掴んで、何とか転倒を免れた。
「ちょっと、また転けそうになったじゃないですか!」
「はぁ!? これだけで倒れそうになる方が、わりぃだろうが、だいた・・・・・・」
水から次々と泡が浮き出るような音。
ソレが三人の足下の腕から発生した。
そう、腕からである。
三人の目が互いを窺い、そして、同時にその視線が地面に落とされる。
まるで、腕が液体のように泡立っていた。
ポコリ、ポコリと肉が膨らみ、弾けていく。
まるで、水中から気泡が追い出されるかのようだ。
呆気にとられて、その気泡を眺める。
腕の間から人間の眼球が浮き上がり、ジロリと三人を見回す。
人間の目玉。
そう、人間の目玉そのものだ。
だが、人間の目玉だったのは数秒のことだった。
虹彩が分裂し、一つ、二つと増えていく。
犬神あぎとは自身の上半身を思わず仰け反らせた。
──眼球全体に増殖した虹彩が広がっていく。
再び、水からいくつもの泡が浮き上がるような音が響く。
もう一つ、腕の中から眼球が浮かび上がってきた。
何かが起ころうとしていた。
「上に飛ぶ」
犬神あぎとが短くそう言い、その両脚が完全に毛に覆われていく。
肉が盛り上がり、間接が変形し、服と靴が破れる。
「しがみつかないと、置いていくからな」
彼の屈強な獣の脚に力が入れられたのを見て、二人は慌てて彼の身体に縋りついた。
肉と肉が衝突する生々しい音が響き、三人の身体は宙を飛ぶ。
犬神あぎとの足が近くの生け垣を蹴り飛ばし、家の壁で跳ね、ついには屋根の上にまで辿り着いた。
そして、そこで、この跳躍行動は終了となる。
しかし、眼下の腕の増殖は留まることを知らない。
このまま手をこまねいていれば、腕の海が屋根まで覆い尽くすことになるのは明らかだ。
「・・・・・・さっさと、異界の核を探さないと不味いな」
「異界の核?」
「鍵となる場所だの人間だの物だの・・・・・・とにかく【鬼】に関係しそうな【何か】だよ」
「それをどうにかすれば、本物の村に戻れる、って事か」
「目星はついているんですか?」
二人の視線をその一身に受けた犬神あぎとは、けれども、やはりソチラを見ない。
はぁ、とあからさまに肩を落とし、落ち込んだ様子である。
「・・・・・・クソ、わをんちゃんがいれば一発なのに。コイツらは全然役に立たないし。何でいないんだよ、わをんちゃん。一生一緒にいるって約束したじゃないか、アレは嘘だったのかよ」
「役立たずで悪かったな・・・・・・というか、いねぇんだから仕方ねぇだろうが」
心底面倒くさそうに、加山和雄が呟いた。
その手が胸ポケットに入っている何かを取ろうとして、止まる。
そして、そのままポケットの物を取り出す事もなく、手を下げた。
「・・・・・・つまり、分からない、ということですか?」
恐る恐る片手を上げた高倉護が二人を交互に見るが、全く視線が合わない。
恐る恐る上げられた手はそのままゆっくりと下げられた。
それ以上、突っ込む勇気がないらしい。
「・・・・・・いや、アレの鍵は柴田結衣と佐伯桃花だ」
犬神あぎとが溜め息混じりにそう宣言する。
「ここまで、あからさまなのに違ったら、それこそ嘘だろ」
両足を獣にした犬神あぎとが眼下を見下ろす。
蠢く腕はやはり増殖し、その水位を上げているようだ。
「そして、佐伯桃花の家族の方はもう村にいない。
確かに、怪異なら遠隔の可能性もある。だが、わをんちゃんが言った通り【まだ何者でもない化け物】なら、まだまだそんな力はない。遠方までは力が届かず、まずは近場から狙うはずだ。
つまり、柴田結衣が隠し持っている、佐伯桃花に関するものが一番怪しいのは確定。
まぁ、順当に考えるなら、柴田結衣が元々何かの【霊能力者】で、それに佐伯桃花の霊魂が反応して、クソみたいな【化学変化】を生み出した結果、核となって【寄せ集めの化け物】が誕生しつつあるってとこだろ」
「でしょうね」
高倉護が小さく息を吐く。
「もう、四の五の言っていい状況じゃありません・・・・・・柴田結衣ちゃんの家に行きましょう。異界といえども、女の子の部屋に無断で侵入するのは気が引けますが・・・・・・元凶かもしれないなら、仕方がありません」
高倉護が犬神あぎとを掴む手に力がこもる。
「彼女の部屋を探させていただきましょ」




