三十一話 ひきづり村と犬神
犬神あぎと。
犬神家。
犬神憑き。
または、犬神筋。
西日本を中心に存在する、代々犬神を継承している一族である。
彼らは文字通り、犬神を憑き物として使役する一族だ。
──少年は生まれながらの犬だった。
生まれたその時から選ばれていた。
選ばれて、呪われて、憑かれていた。
だからこそ、犬神あぎとは隔離された。
座敷牢こそが、犬神あぎとの世界の全てだった。
いつ犬神憑きになり、周りを襲うかわからない。
ストッパーのない化け物。
理由もトリガーもなく、急に暴発し暴走し暴虐する災害。
そんな子供の扱いは古今東西そんなものである。
それが、私が犬神あぎとのストッパーとして、犬神家に呼ばれるまでの彼の扱いだったらしい。
実際に見たことはないので、あくまでも使用人や家人たちの話では、という修飾語をつけることになる。
そういう話を犬神あぎとの前でされたことはなく、犬神あぎとに真偽を確認をしたこともない。
事実を無理矢理に確認して、真実を知ることが必ずしも良いことではない、というのが私の考えだからだ。
会って、しばらく経った頃。
私たちは、ようやく外出を認められた。
「わをんちゃん」
少年がぼんやりとした瞳で私を見上げた。
空虚な瞳である。
それは間違っても、子供らしいとはいえない瞳だった。
「かわいいねこちゃんがいるよ」
そう言って、指差した先にいたのは小さな子猫──だが、それは死体だった。
「・・・・・・うーん、その状態はかわいいとは言わないですね」
「かわいいとは言わないの? でも、この前はかわいいっていってたよね」
「うん、あの子は生きていたからね。でも、この子は死んでるから違うかな」
「死んでるとかわいくなくなるの?」
「えー・・・・・・生き物としての忌避感? 死体っていうのは、細菌がいっぱいいるんです。多分、人間の本能が感染症を怖がっている、とか、そういう感じ・・・・・・といえばいいんですかね、多分」
「生きている動物にも細菌があるのに?」
「死んだ生き物にはね、生きていると時にはいない細菌があって、腐敗も進んでいくんですよ」
「へぇ、じゃあ、死ぬと汚いんだ」
「うぅーん、汚いのは汚いんですけどね。それは心に秘めておく方がいいことですよ・・・・・・こういう時の感情は可哀想、とかあんまり見たくない、が一番他人と馴染みやすいですよ、多分」
「死ぬと可哀想とか、見たくなくなるのに、なんでペットとして飼うの?」
「なぜなぜ期ってやつかな。うぅん、かわいいから、癒されたいから、放っておけないから、ですかね・・・・・・」
「死体は汚いのに?」
「情操教育ぅ」
あぎとくんの表情は変わらない。
鉄仮面だなぁ、相変わらずと苦笑する。
この少年の感情はあんまり表に出ないのだ。
「・・・・・・野生や知らないペットと、一緒に過ごして可愛がってたペットではね。失うときの感じ方が違うんですよ・・・・・・きっとね」
「ふぅん」
あぎとくんが興味を失ったように子猫の死体から目をそらした。
「・・・・・・じゃあ、僕もわをんちゃんが死んだら悲しいって思うのかな」
「・・・・・・いや、死んだかと思ったんですけど」
確実に走馬燈が見えた。
そして、久々の虚無虚無あぎとくんが見えてしまった。
いや、表情ないな、あの頃のあぎとくん。
別に今が表情豊かな訳でもないけど。
「あ”~」
身体を起こす。
瓦礫だ。
見渡す限り一面、瓦礫の山。
上を見る。
青白い手のとぐろ・・・・・・どころか、指の一本も見えない。
墨壷をひっくり返したかのような、漆黒の空が広がっているだけだ。
あまり心穏やかになる風景ではないが、差し迫った危機感を感じる風景でもない。
最後にみたモノを思い浮かべる。
腕。
空いっぱいの、とぐろを巻いた腕。
それが此方に倒れてきて──
潰された、と思った。
いや、吹き飛ばされたのだ。
確かに吹き飛ばされたはずである。
だが、私の身体には怪我はなく、周りに人影はない。
あぎとくんも高倉さんも加山さんも、いないのである。
ということは、だ。
「・・・・・・え、天国きちゃった?」
昨年は大変にお世話になりました。
今年もどうかよろしくお願いいたします。




