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二十九話 ひきづり村と犬神憑き




「頭下げろ!! わをんちゃん!!」



 あぎとくんの声。

 それに反応し、片足に体重を掛けるようにして、腰を落とす。


 それと同時に頭上にまで迫っていた【鬼】が吹き飛んでいった。


 否、吹き飛んだわけではない。

 吹き飛ばしたのだ。

 吹き飛ばしたのは、もちろん──


「あぎとくん!」


 周囲に漂う咽せ返るような獣臭。

 私と繋いでいないあぎとくんの左腕が変形し、獣のソレになっていた。

 体毛に覆われた手に鋭い爪が生え、掌であった部分には堅い肉球がある。

 両足の膝から下も体毛が生え、落ち、生えて落ちるのを繰り返している。

 変形の割合を調整しているのだろう。

 いや、全身が変形しそうなのを抑えているのか。




 その目は瞳孔が広がり、黒目が大きくなっていた。

 そして、その口には、とても人間には見えない、鋭い牙が生え揃っている。




「ば、化け物!!」

「あぎとくんは化け物じゃない、【犬神憑き】です!! そこらへん、間違えて貰っちゃあ、困るんですよ!!」

 引き攣った悲鳴を上げた高倉さんに怒鳴って、腕を掴む力を更に強める。

「いいから、早く立ってってば!!」

 そのまま、引っ張るが、なかなか高倉さんは立ち上がってくれない。



 化け物。

 怪異。

 霊能力者。

 それは全く違うものだ。

 混同して貰いたくはない。


 人間の形を保っているあぎとくんの右手をしっかりと握る。

 大きく息を吐いて、息を吸う。

 馴染み深い獣臭に心が落ち着いていく。


 もう一度息を吐き。

 上を見上げる。

 そして、その虫擬きを【しっかりと見た】



「あぎとくん、コイツは【鬼】本体じゃないけど、大分核をもって・・・・・・」

 あぎとくんに知らせようとして、固まる。




 アパートの向こう。


 数多の腕の先にソレは居た。




 大きな眼球。



 あれはそう、玄関が削られた際に此方を覗き込んだ眼球だ。

 そして、その眼球が歪み、真ん中から上下に分かれていく。


 口だ。

 口が開いていく。

 唇のないそれは、眼球に不吉な亀裂を入れ、そこに腐りかけの歪な歯が乱雑に埋められたようにしか見えない。



 そして、その口から、眼球の中に収まっていたとは到底思えないような大きさのモノが這い出てきた。

 ヌメヌメとした粘着質な膜に覆われた、それは──そう、左足だ。

 三階建てのアパートと比べて遜色ないほどの左足。




 やはり、最後は【左足】に拘るつもりらしい。




 腐乱臭。




 腐りかけの左足が、口から地面に落ちる。

 ずぶり、ずぶりと、左足の肉が、蠢く。

 一つ一つの細胞が意志を持つかのように、左足に潜む幾千万の何かが【産まれる】

 そう、今までは【霊魂の集合体】だったそれが【何か】になろうとしている。

 いや、それこそ【鬼】か。

 いま、これは本物の【鬼】になろうとしているのだ。


 左足から新たな青白い腕が生えてきた。

 それは、まるで繭を破る虫のようだ。


 もちろん、それは一つや二つではない。

 腐肉を漁る蛆虫のように際限なく──ソレは産まれていく。

 中身を出して萎んだ左足に亀裂が入り、そこから、こぼれ落ちそうな程に蠢く眼球が覗く。

 成人男性の背丈程の大きさの瞳が、零れ落ちそうなほどに沢山。

 それが蠢き、此方の様子をうかがっている。

 そして、瑞々しい音を立てて何個か地面に落ち、腕に摺り潰されていく。




「おぎゃあぁああああああ」




 機械音、老人の声、少女の声、男性の声、それが一斉に発せられたかのような不快な音。



【左足が産声を上げた】



 何故か脳裏にそんな言葉が過ぎった。



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