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二話 ひきづり村と誘拐



 電話がかかってきたのは、高倉さんを追い出して三日後の事である。

 私は事務所のキッチンでドーナツを揚げていた。

 ちなみにそれは、SNSで紹介されていたヘルシーな豆乳のドーナツだ。

 そして、私の鼻歌はドーナツはゼロキロカロリーだから大丈夫という歌。

 自作である。

 ドーナツは穴があいているから、ゼロキロカロリー、名言だと思う。


 そこに、あぎとくんから電話がかかってきた事を知らせる音楽が流れ、私は流れるような動作でそれを耳に当てる。

 電話は二コール以内に取る。

 メンヘラはコール音の回数が多ければ多いほど、病んでいくらしい。

 それが、デバフかバフか、それともバグなのかは知らない。

 ・・・・・・いや、あぎとくんには、全く関係ない豆知識ではあるが。

 うん、全然これっぽっちも関係ないことだ、全然ね。

 まぁ、うん。

 ともかく、私はあぎとくんからの電話はニコール以内に取ることにしている。


『わをんちゃん、わをんちゃん』

 電話の向こうから聞きなじみのある低音が耳に伝わってきた。

「はいはい?」

 私は菜箸でドーナツをツツきながら返事をする。

 あ、不味い。

 ちょっと返事の仕方がお座なりすぎただろうか。

 また「なんでそんな何かのついでみたいな態度で僕の相手をするの? もう、僕が好きじゃなくなったから? そっか、もう一緒に死のうか」なんて言われるかもしれない。

 もっと、真剣に相槌を打つべきだった。

「どうしたの、あぎとくん。何かあったの?」

 なので、とりあえず、真剣かつ優しく、そして心配していますという声で聞き直す。

 先程の返事は、あぎとくんの気のせいと言うことにしておこう。



『あのね、誘拐されたみたいだ』

 返ってきた答えは簡潔だった。



 そう簡潔。

 至ってシンプルだったのだが、脳が理解を拒否した。

「うん、うんうん? ・・・・・・え、何?」

 衝撃過ぎて、また返事がぼんやりとしてしまった。

 聞き間違いじゃないよなと、どういうことだと先程の言葉を何度も脳内で再生する。


 ゆうかい?


『は? なんでしっかり聞いてくれないの? 本当に僕のこと愛してる? なんでそんな単調で、どうでもよさそうなの? 僕があの高倉って眼鏡に誘拐されて喜んでるの? 今、僕がひきづり村に攫われて喜んでるんでしょう!?』

 電話口の声が荒れる。

 それでも、普段よりもキレがないのは気のせいではない。

 というか、うん。

 あれ?


「いやいやいやいや、え? 幻聴かと思って聞き返しただけです!! え? 誘拐? え、身代金? 身代金がいるの? え、はぁ? 何やってくれてるんですか、あの男!」

『・・・・・・ごめん、頭の中が海朧でさ、何か盛られたかも。わをんちゃんのスマホにも位置共有アプリ入れてるからさ、早めに来て欲しい。さっきまでは、秋本さやかちゃんって子も一緒に居たんだけど、居なくなっちゃったんだよね。なんだろう、あの子、僕がわをんちゃんとの思い出話を始めた途端に居なくなったんだけど。どういう意味? 僕とわをんちゃんのラブストーリーには興味がないってこと? は? 意味が分からないんだけど。それってさぁ、失礼すぎない? 僕はこんなところに一人でいたなんて可哀想だと思って、明るい話をしてあげようと思ったんだよ? その善意百パーセントを一体なんだと思ってるの? 本当に信じられないんだけど・・・・・・』

「・・・・・・ぁい?」

『あぁ、ごめん、充電が危ないから切るね。村の神社に閉じこめられてるから、近くまで来たらメッセージちょうだい。あと、念のために、村人には見つからないようにね』



 電話が切れた。




 私は沈黙し、天井を仰ぎ見る。

「・・・・・・・・・・・・位置共有アプリって何ぃ?」


 次の瞬間、油が跳ねた。


「あっつ!!」

 痛みに身体が跳ねる。

「あー、もう・・・・・・」

 火を消し、油が飛んできた部分を水で冷やす。

「はぁ・・・・・・」

 スマホで、位置共有アプリを確認しなくちゃな。

 位置共有アプリねぇ。

 位置共有アプリってなんだ。

 いや、分かるけど。

 一体、なんなんだ。

 なんで、ついてるんだ、私のスマホに。


 タイミングを計っていたかのように、玄関のチャイムが鳴った。

 来客である。


「いやいや・・・・・・」

 そんな場合ではないのに、まさか、この上来客が来てしまった。

 油に沈めていたカロリーオフ豆乳ドーナツ──になりかけている物体だって、まだ取り出せていないというのに。

 玄関チャイムが急かすように再び鳴らされた。

 勢いよく、エプロンを外しながら、玄関に走る。

「まって、まって! もう、こういうときに限って、さぁ!」



「はぁーい!」

 そう玄関の扉に向かって声をかける。

 もう一度だけ、短く玄関チャイムが鳴らされた。

 駄目押しである。

 そんなにならさなくてもいいのに。

 急かされるように扉を開けそうになって、一旦停止し、ドアスコープを確認する。


 なぜなら、あぎとくんに執拗な程に言いきかされているからだ。

 玄関の扉を開けるときは、キチンとドアスコープを確認し、相手を確かめること。



 ドアスコープの先に居たのは、紺のスーツにパリッとした白いワイシャツにネクタイの老年の男性だ。

 皺が刻まれたその顔は穏やかな人の良さそうな微笑みで固定されている。

 細められた目は開いているのだか、いないのだかよく分からない。

 趣味でしている喫茶店のマスターだなんて言われれば、納得しそうだ。



 いや、誰だ。

 全く見覚えがない。

 依頼人、だろうか。

 どちらにしても、今は相手にしていられない。

 こちらはあぎとくんがいないどころか、誘拐されているのだ。

 相手にできるわけがない。

 お帰りいただかなくては。


 再び、チャイムが鳴らされる。

 何で、そんなに鳴らすんだと内心で文句を言いながら、笑顔を作り玄関の扉を開ける。




「ひきづり村からお迎えにあがりました」

 私が口を開く前に男性が微笑みながら口を開いた。

 ゾワリと鳥肌が立つ。


 ひきづり村。

 それは、そう、あぎとくんが誘拐された村である。

 迎え、そして、このタイミング。

 あからさまに誘われている。


 玄関から離れ、窓から外を覗く。

 階下にはタクシーが止まっていた。

 当然、私が呼んだものではない。

 呼ぼうと思ってはいたが、まだ呼んでいない。

 そして、タクシーの周りに人影もないし、タクシーの中にも運転手の姿はない。


 念のためにと見回すが、通りにはそもそも誰もいない様だ。


 思い浮かぶのは玄関前の男。

 きっと、彼が運転してきたものだろう。

 ひきづり村からここまで。


 溜め息を吐き、再び、玄関に向かう。

 そして、一瞬だけ動きを止め、玄関扉を開けて外を覗く。

 にこやかな男と目が合い、そして、軽くお辞儀をされた。

 本当に礼儀正しい、いっそ、嫌みなほどに。


「・・・・・・一体、誰に頼まれたんですか?」

 そう男に尋ねるが、にこやかなまま、その口は開かない。


 ・・・・・・まぁ、分かり切ったことである。

 仕方なく、玄関の鍵をかけ、外に出る。

 お辞儀をした男を通り過ぎ、窓から見下ろしたタクシーへと向かう。

 やはり、その中には運転手の姿はない。

 つまりは、私の予想通り、男はこのタクシーの運転手なのだろう。


 開け放たれた扉から入り、運転席の後部に腰掛ける。

 すると、後ろから着いてきていた男に手動で扉を閉められた。

 知らない車特有の臭いがする。

 この臭いは少し、苦手だ。


 男が慣れた様子で運転席に向かい、扉を開けた。

 そのまま流れるように運転席に乗り込んで座り、車のエンジンをかける。

 本当に手慣れている。

 何度もこういうことをした経験があるのだろうか。

 そう考えて、余計に嫌になってくる。

 本当になんて村だろう。

 そんな村にこれから向かわなくてはいけないなんて。


 いや、それよりもだ。


「・・・・・・あぎとくんは無事なんですか」

 ルームミラー越しに男が優しく微笑んで、そのまま車は発進した。

 答える気はないらしい。

「二時間はかからないと思いますので、楽にしていてください」

 その代わりに実にタクシー運転手らしい案内をした。

 ここだけ見れば、実に有能で心遣いができるタクシー運転手に見える。

「・・・・・・ひきづり村の廃神社まで?」

 嫌味を込め、あぎとくんを監禁している場所を言ってみる。

「ひきづり村の廃神社まで」

 その答えに一切の淀みない。

 私の嫌味は全く利かなかったらしい。

 まぁ、人を誘拐して監禁するような人間がこの程度で堪えるわけがないか。


「・・・・・・秋本さやかちゃん、って子は?」

 あぎとくんと一緒にいたという女の子。

 彼女も監禁されているのだろうか。

 それとも、村にいる子なのだろうか。

 どちらだろう。


 さすがに年端もいかない女の子を監禁したところで、怪異をどうこうできるわけでもない。

 つまりは、村の子だとは思うのだが、なぜわざわざ、あぎとくんが監禁されている神社にいたのだろう。


「秋本さやか、ですか」

 車のフロントミラーに映る男の片目が微かに開かれた。

 にこやかみ見えたはずのその瞳は、開けば思いの外鋭い。

 それは一瞬だけ、喫茶店のマスターから、人相が悪く油断ならない男の顔になる。

 しかし、それは本当に一瞬だけだ。

 その表情は再び喫茶店のマスターのような穏やかなものに戻っていく。


「その子は【もういない】から、大丈夫ですよ」

 それだけ言うと、男は運転に戻った。



「・・・・・・一体、どういうことですか」

 そう聞いても反応はない。

「・・・・・・はぁ」

 全く説明するつもりはないのだろう。

 額に手を当てて溜め息を吐く。

 頭がくらくらしてきた気がする。

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