二十二話 ひきづり村と鬼
「テメェがやったのか!!?」
熊の様な体躯の男に、それこそ熊のような獰猛さで掴みかかられる。
私の襟元を掴み、数センチ足先を浮かせているのは加山和雄、その人である。
死んだ。
いや、殺された男。
四肢を切断され、さらにその断面に何らかの左足を縫いつけられた男。
電柱に百舌鳥の早贄のように、否、見せしめのように掲げられて死んだ男。
自らの死を幽霊になって知らせに来た男。
新田海斗。
あの人の良さそうな警察官の同僚だ。
私の太股よりもずっとご立派な腕が私の胸倉をひっつかんで、今にも殴りかかってきそうだ。
その顔が赤黒く染まっているのは、アルコールのせいだけではないのだろう。
確かにまだ息は酒臭かったが、少なくとも、その頭からはアルコールが抜けているように見える。
「おい、わをんちゃんから手を離せ!」
あぎとくんが加山さんの腕を掴むがビクともしない。
全体重をかけ、何とか引き剥がそうとしているが、それでも加山さんは動かない。
もはや呆れを感じるほどの体躯の良さだ。
奥さんの浮気相手を襲って、ひきづり村にとばされたのだったか。
その浮気相手は最初、熊に襲われたとでも、思ったんじゃないだろうか。
もしかすると一発殴っただけでも、顔面は原型を留めていないかもしれない。
哀れむべきか、自業自得だと蔑むべきか。
「加山さん、落ち着いて、落ち着いてください!」
高倉さんも慌てて加山さんに縋るが、その恵体はやはりピクリともにもしない。
男性二、三人に掴みかかられたところで、何ともないという感じだ。
というよりも、むしろ見えていないのかもしれない。
熊なのに猪突猛進。
浮気相手を襲っているときに、奥さんだの駆けつけた警官だのが取り押さえようとしても、きっと無駄足だったのだろう。
逆に怪我をさせてしまった可能性すらある。
詳しい話を聞いたことがないので、知らないけれど。
「テメェら、新田と一緒にどこぞに行ってたもんなぁ!? おい、そうなんだろ!! テメェが新田を殺したんだ!!」
「その後、すぐに別れましたし、一緒に行ったも何も、加山さんが追い出せなんていうから、新田さんは私たちを送っただけじゃないですか!! それに最後に見られたんは村役場やて、言うとるでしょう!! わをんさ・・・・・・尾張さんの事情聴取が終わるよりも先に帰られとったみたいやし!! 全然時間が合わないんですわ!!」
「あ”!? 今、わをんちゃんを名前で呼びました!? 信じられない!! 一体どういうことか説明してくれますよね!! えぇ、最初から怪しいと思っていました。つまりは呪いをかけることで、この村に留まらせて、解決に非協力的になることで【僕が呪いをとく】のを妨害し、僕を殺して落ち込むわをんちゃんに取り入ろうって算段なんだな!! うわぁ、信じられない!! 聞いたか、わをんちゃん!! この間男本当に信じられない策士だよ。最低だ。人間の屑だ。いや、本当に人間なのか、疑わしくなってきた。ちょっと呪ってみよう、死んだら人間で死ななかったら怪異だから殺そう」
「じゃあ、なんで、この女が遺体の第一発見者なんだよ!! おかしいだろうが、この女が絶対に何かしてるに違いねぇんだ!!」
「してないにきまってるだろうが。というか、なんで僕よりもお前の方がわをんちゃんに詳しいみたいな面しているんだ、可笑しいだろうが! こいつなら、そうに違いないみたいな、わをんちゃんの理解者面をするな。お前も僕の敵なのか? 敵なんだな。クソ、この村は僕の敵ばかりだ。最初にわをんちゃんをタクシーで送ったとかいうジジイからしてもう駄目だったんだ。やっぱり僕の勘は間違ってなかった。
そして、わをんちゃんをこの女呼びするのも辞めろ、っていうか触んな!! お前の女じゃないし、お前がこの女呼ばわりして、連れ扱いしてんのが気にくわねぇんだよ!! そもそも、なんでテメェは僕のわをんちゃんをベタベタベタベタ触ってんだよ!! 本当にキッショいな!! テメェ、第一印象は最悪だったけど、気になるあいつ枠を狙ってんじゃないだろうな!? もう最悪だこの村は!! 何がひきづり村だ!! 寝取り村に改名しろ!!」
「何いってるかわかんねぇんだよ!! 黙ってろ、クソガキ!!」
「本当に勘弁してください・・・・・・二人とも暴れないで・・・・・・ここ私の家なんですよ・・・・・・」
この寒い中屋外で話なんてできないし、こんな小さな村に夜中に・・・・・・いや、明け方まで開いているお店などはない。
そして、村役場には本署の刑事さんたちが犇めいている。
さらに、その中には村にとばされる前、職場が同じだった加山さんの同僚もいるのだという。
そういうわけで、私たちが話し合いを行っているのは高倉さんの家である。
そんな場所──アパートで、この大騒ぎをしているというわけだ。
私が大家だったら、高倉さんは明日から家なしにしている。
そして、私が近隣住民であれば、警察に通報しているだろう。
いや、そもそも、加山さんは警察官だったか。
世も末だ。
きっと、世紀末は近いな。
いや、ふざけている場合ではない。
そろそろ、収拾をつけなければならないだろう。
通報されて駆けつけるのは、あの恐ろしいハイイログマかもしれない。
別に嫌いなわけでも、好きなわけでもない。
だが、事故で張り付いたところ、心底邪魔そうに横に退けられたのはなかなか心にきた。
表情は変わらなかったが、普通に嫌そうだったのだ。
暫く、というかできればもう会いたくない。
「・・・・・・本気でそう思ってますか?」
私は静かに彼、加山さんの瞳をみる。
血走ったその瞳には、欠片も理性が見えない。
息のアルコール臭さに此方が酔いそうだ。
だが、言い争いはしても、彼はまだ誰も殴ってはいない。
「私が新田さんを殺した、本当にそう思っているんですか?」
加山さんの手が、ゆっくりと私の胸元から外された。
久々に私の足が床を踏みしめる。
おかえり、地面。
しかし、その手を外されはしたものの、その瞳だけは、爛々と異様な光に輝き、私を見ている。
獣のそれだ。
隙を狙っている猛獣のそれ。
「・・・・・・お前ら霊能力者共が無能だから・・・・・・こんなっ!」
苦々しく吐き捨てるように言う加山さんは、それこそ親の仇を前にしたかのようだ。
どうやら、新田さんの死がかなり堪えているらしい。
あの後、私はすぐに通報した。
本署の刑事さんたちはすぐに駆けつけてくれたのだが、彼らだけで新田さんの遺体をどうにかすることはできなかった。
当たり前である。
電柱に引っかかっている、いや、刺さっているのだ。
電柱に上るまではなんとかなるかもしれないが、電柱に刺さっている新田さんの遺体を下ろすのは難しいだろう。
感電の危険だってある。
その場で事情聴取を受け、一時間経つか経たないか、そんな時、加山さんがすごい勢いで突っ込んできた。
そして、ご近所中に響く罵倒を披露してくれた。
おそらく、この村の住人の半数は、加山さんの咆哮で一度起床しているはずだ。
それ位に凄まじい咆哮だった。
正直、加山さんと新田さんが争った末に亡くなったなんて、勘違いしている人がいてもおかしくない。
そして、それは梯子車がやってきた後も続き、高倉さんが加山さんごと家に連れ帰ることを決心する羽目になっても終わらなかった。
まぁ、とにかく私が、いや、霊能力者が憎くてたまらないらしい。
きっと、新田さんを死に追いやった原因と、自分を含めた遠因全てが許せないんだろう。
「そもそもこれはね、畑外なんですよ」
掴みかかられた襟元を直す。
変な皺になっているのを見て、小さく溜め息を吐いた。
事務所に帰ったら、アイロンをあてよう。
それにしても、霊能力者が無能か。
なるほど、そう見えたのだろう、何も分からない彼には。
「畑外だと?」
加山さんが睨みを利かせる。
視線だけで人が死ぬならば、私は何度か加山さんに殺されているはずだ。
「畑外です」
私がもう一度、そう繰り返す。
何度聞かれても、畑外は畑外だ。
変わりはしない。
「つまり?」
あぎとくんが此方を伺う。
その腕は未だに加山さんに掴みかかったままだ。
というよりも、捻ろうとしているようだ。
なんとか危害を加えようとしているらしい。
加山さんは一切気にしていないが。
「これは怪異じゃなくて、霊魂関係の事象ですよ」
そう、前提が違ったのだ。
私は校長と新田さんを思い浮かべる。
彼女らはそう、そもそも怪異ではなかった。
校長に関しては、軽い違和感だけで「怪異ではない」と流してしまった。
そもそも、敵意もなかったし、本人に死んだ自覚がなさすぎたのだ。
だが、新田さん。
そう、新田さんである。
新田さんを見た時には直ぐに分かった。
校長を見た後だし、二度目だ。
そして、新田さんの方は【殺された自覚】がキチンとあった。
だからこそ、そう、流石に分かる。
「これ、霊魂部門の仕事でしょ。そりゃあ、霊能力者も失敗するわけですよ。【怪異事象】だと思って、対策しても意味ないですもん。呼ぶ必要があったのは霊能力者ではなく霊媒師。
霊の能力を使う人間ではなく、霊を媒介する人間。
これは、アレですよアレ」
「【鬼】」




