十九話 ひきづり村と秋本家
村役場に現れた女性は秋本さやかの母親だったらしい。
「さやかはいつも──えぇ、この子は酷いいたずらっ子で・・・・・・桃花ちゃんに意地悪して・・・・・・桃花ちゃんは心が弱い子でしたから、自殺を、えぇ・・・・・・さやかはいつも──えぇ、この子は酷いいたずらっ子で・・・・・・桃花ちゃんに意地悪して・・・・・・さやかは・・・・・・」
ブツブツ呟きながら、虚空を見つめる彼女は、数名の警察官に押さえつけられても、決してその腕に抱いている左足を放しはしなかった。
むしろ、警察官が力を加えると、左足が熟しすぎたトマトのような悲鳴を上げたため、それ以上触れられないようだ。
終始涼しい顔だった犬飼刑事も、その時はさすがに顔を歪めていた。
しかし、ハイイロクマの方は嗅覚が死んでいるのか、表情筋が死んでいるのか、顔色を変えずに女性を羽交い締めにし続けたのだった。
そのまま、刑事たちに囲まれて、村役場の奥に連れて行かれる彼女の目は、やはり何も映してはいないように見えた。
大きく溜め息を吐く。
ようやく、緊張が少しだけほぐれた。
だが、まだ心臓が痛い。
「災難だったね」
「災難すぎますね、さすがに・・・・・・」
「まさか、村役場に突撃してくるとはね。そして怪異じゃなくて、本物の人間だとは思わなかったよ」
「もうさぁ、何なの、この村ぁ。本当に嫌なんですけど・・・・・・」
「すみません・・・・・・」
「もっと、心を込めて謝ってください」
「誘拐までされてるんだよなぁ、僕は」
あぎとくんと高倉さんは事情聴取から解放された。
まぁ、解放されたというか、腐りかけの足を持った女性の登場で、それどころではなくなったのだろう。
もしかしたら、私含めてまた改めて、話を聞かれることになるのかもしれない。
「秋本さやかと父親にもう一度連絡してみます」
高倉さんが静かに女性が去った方を見ながら呟いた。
まぁ、そうだろう。
これで、流石に秋本家も口を開くだろう。
むしろ、こんな事になったならば、警察からの調査も入るはずだ。
「・・・・・・で、今日は私の家に泊まってください」
そして、高倉さんが疲れ切ったようにそう言った。
もう、今日は何かする気力はない、といった感じである。
「・・・・・・そうだね」
「・・・・・・そうしてください」
あぎとくんが力なく頷き、私もそれを肯定した。
まだ一日しか経っていないのに、もう三年はすぎた気がする。
つまり、私たちにも、今日はもう何かをする気力がないのだ。
『言うたでしょう、戻ってきたさやかを慣れさせるのに忙しい・・・・・・あぁ、アイツがソッチにいっとるんですか? それは、すんませんなぁ。さやかにばかり構っとるせいか、どうも、奥にしまっとるうちのが拗ねて、脱走してまうんですわぁ。こちらも本当に困っとります。
もっとる左足? あぁ、さやかのでしょうよ。
あれが放さんので、詳しく調べられてはないですけども、落ちとった肉片で調べる限りは間違いないと。・・・・・・さやかから、当時の話を聞きたい? それは無理やな。あ、いや、うちのさやかが気狂いになったわけやないから、そこはしっかり覚えとってほしいんやけど、
あの子は【二人目のさやか】やから。
なんも知らんよ。うん、うん? いや、どうせ、もどってきても片足や、なら【全部揃っとる】方が見栄えがええやろ。やから、産ませとった子の中から一番近いの譲ってもらったんや。
・・・・・・じゃ、もうええですか? これからまたさやかに、ちゃんと【らしく】するように教えないかんので』
スピーカー状態にした電話の向こうで化け物がそう宣った。




