一話 左足とひきづり村
時を戻そう。
私にそんな能力などないので、つまり、これは回想という事である。
貸し事務所兼自宅内の応接室。
そこそこいいソファーに、二人の男性が向かい合って座っている。
時刻は夕方六時を少し回っている時間、事務所の外には帰宅中であろう学生達のふざけ合う声が響く。
一年の終わりがすぐ背後に見えるこの時期、駆け抜けるように日は暮れていき、窓から射す光は橙に燃えていた。
その眩しさにかすかに目を細める。
「成る程、人間の左足を拾ってくる子供ですか」
私はあぎとくんの手前に座る男性に珈琲を出しながら、今聞いた話を繰り返した。
右足でも、右手でも、左手でもなく、左足。
それを拾ってくる子供。
なんだか、日本国内の話とは思えないような話題である。
いや、海外でもそんな話はなかなかないだろう。
そんな話題を持ってきた客人の男性は、部活帰りのあぎとくんについてきてしまったらしい。
ついてきてしまった、いや、待ち伏せされていた、というべきだろう。
しかも、こっそりと耳打ちされたのだが、部活をしている間、ジッと観察されていたようである。
スーツの男が高校に侵入し、部活動をしている生徒を観察。
完全に不審者のそれである。
刃物を持っていなかったのが、奇跡なほどには不審者だ。
昨今はそういうことには厳しいというのに、警察のお世話にならなかったのも奇跡である。
私なんて、間違えて学校に卑弥呼様みたいな格好で入ってしまい、死ぬほど怒られたことがあるというのに、この男性は注意もされなかったのか。
・・・・・・いや、あの時は間違いすぎて、帯刀もしてしまっていたのだったか。
それは怒られもするだろう。
不審者どころの話ではない。
格好が馬鹿すぎて偽物の刀と判断され、通報されなかったのだけが救いである。
・・・・・・まぁ、この男にとっても、そういう、ある種の奇跡が連続した一日だったのだろう。
だが、あぎとくんの今後の安全のためにも、学校に不審者が侵入していたと報告した方がいいのだろうか。
悩ましいところである。
そして、そんな不審な男が部活終わりに話しかけてきたものだから、あぎとくんと友人は警察に通報しようか散々迷ったらしかった。
とても正しい反応である。
私でもそうするだろう。
「あい、そうです」
男性は応接室の暖房が効き過ぎるのか、下に着込みすぎているのか、頻りに自身の額をハンカチで拭いている。
ここに来てからずっとこの調子だ。
そんなに暑いだろうかと、エアコンの温度表示を見やる。
数値的にそこまで上げてはいないと思うのだが、少し下げるべきだろうか。
あぎとくんに目線を移す。
学ラン姿そのままで、ソファーにどっかりと座り込んでいる。
あぎとくんの方は、汗一つかいていない。
そして、寒そうでもなかった。
あぎとくんには適温のようである。
もしかすると、男性の方が異様に暑がり、いや汗っかきなのかもしれない。
ちなみに、あぎとくんはいつものお気に入りの位置に座っている。
事務所内が見渡せる、扉から一番離れた席。
つまり、上座である。
あぎとくんは来客時でも、そこを絶対に譲らないのだ。
もう一度、男性に目線を向ける。
男性の名前は高倉護さん。
ひきづり村の村役場勤めの公務員。
七三にキチリと分けられた髪に、スクエアの黒眼鏡とグレーのスーツ、恐らく三十代前半の男性だ。
典型的な、そう、絵に描いたような役所勤めをしている真面目な人間、という見た目をしている。
ステレオタイプすぎて、わざとそう見えるよう、作り込まれたような印象さえ受けた。
そんな彼はあぎとくんの話を聞いて、遙々と訪ねてきたらしい。
彼の話によると、親戚のおばさんの働いている会社に、お客さんとしてきている娘さんの友人の知り合いの親戚の甥にあたるらしい。
怪談なんぞで言うところの「友達の友達が」だったり「兄さんの知り合いが」程度の関係。
つまり、私たちにとっては、毛ほども関係のない初対面で、全くの他人の男性ということだ。
「えぇ、うちん村の子供が人間の左足を拾うてきまして」
男、高倉さんが何でもない顔で、とんでもないことを言ってのけた。
なんだか、訛りが似合わない男だな、と何となく思う。
なぜそんな事を思うのかは分からないが、なんとなく。
訛りがある人間はもっと素朴な格好をしていそう、なんて偏見が私にもあったのかもしれない。
それとも、見た目が生真面目な公務員すぎて、標準語でイメージしてしまっていたのか。
「・・・・・・はぁ、そうなんだ。でももう、国に報告したんなら、僕らがすることなんか何もなくないですか? 怪異であれば、怪異事象部門が動くし、それ以外ならそれ以外でどっかの部署が動くんだし。
ワザワザ僕たちに相談する意味が分からないっていうか」
あぎとくんは大して興味がなさそうだ。
きっと、学校まで押し掛けられなければ、無視すらしていただろう。
・・・・・・というか、結構凄いことを高倉さんが言った気がするのだが、あぎとくんは全く気にしていないようだ。
はっきり言えば、若干迷惑そうである。
お座なりな対応をして、本心から帰って欲しいというのを隠そうともしていない。
だが、このあぎとくんの対応は殆ど正解である。
こういう事象には、できる限り関わるべきではない。
台風の目からは距離を置き、プロに任せる。
これが正解だ。
仏心や親切心でひっかき回せば、余計に悲惨な結果を招くことがある。
これが、私たちが今までの事象に関わらせられて学んだことだ。
あぎとくんはゆったりと足を緩く組み直し、カップを呷る。
あぎとくんは珈琲が飲めない──まぁ、かく言う私も緑茶党で珈琲は全く飲んだことがない──ので、カップに入れて飲んでいるのは蜜柑ジュースだ。
瓶に入っているちょっぴりお高め飲み比べセットの中の一品。
このジュースは二ヶ月前、怪異事象の解決を依頼してきた男性からのプレゼントである。
彼と一緒に南極に行き、何故か一緒に世界の命運を懸けたリンボーダンスバトルをするはめになった。
本当に意味が分からないのだが、それでもリンボーダンスに世界の命運がかかっていたのは事実だから仕方がない。
そんな彼から、プレゼントされた蜜柑ジュースの一本がそれである。
なので、値段は不明だ。
キチンとした箱に詰められているし、お高いのだろうなとは思っている。
・・・・・・それにしても、あの男性もペンギンの一撃と前日に作ったカレーライスのコンボで全てが決まるとは思っていなかったのだろう、あの時の空気感は今思い出しても微妙な気持ちになる。
だが、勝ちは勝ちだ。
彼は自分の命を狙っていたはずの女性と、色々な擦った揉んだの末に結婚し、新婚旅行の世界一周をしている最中なのだという。
これもまた理解が追いつかないが、そうなったのだから仕方がない。
だが、だとすれば、世界旅行でいった海外のお土産でもよこしてくれればいいのにと思う。
まさか、海外旅行中なのに、代理人を立てて購入した国内の蜜柑ジュースを贈られることになるとは思わなかった。
まぁ、見たことのないものを食べるより、見慣れたちょっと良い物のほうがいいかと思い直す。
まぁ、世界の珍味だとか言って、原材料が不明のものを贈られても困っただろうし。
それに、あぎとくんは蜜柑ジュースが好きだしね。
「あ~、これはあんまりかも。わをんちゃん、この蜜柑ジュースの評価は△にしといて」
「はいはい」
あぎとくんからの指示を聞いて、私はキッチンに戻っていく。
蜜柑ジュース評価。
それは冷蔵庫に貼ってある【蜜柑ジュースランキング表】に記入してある評価のことだ。
冷蔵庫まで歩いていき、その表を覗き込む。
書き込まれた蜜柑の名前から該当するものを探し、ペンの蓋を取った。
「えぇっと・・・・・・さんかく、っと」
この表を参考に、リピートする蜜柑ジュースを決めるらしい。
飲み比べて自分の好みの物を知る、これは色々な種類のものの詰め合わせの醍醐味だ。
あぎとくんは色々な蜜柑ジュースを試せるし、私もあぎとくんの好みが知れて嬉しい。
良いこと尽くしである。
「あと、酸味が強すぎるって書いて」
「わかったわかった」
あぎとくんの言葉にそう返し、さらにランキング表に書き込んでいく。
女の子の名前のような蜜柑の名前の横、そこに三角と酸味と書かれているソレは、知らない人が見たらどう思うだろう。
その人の中で、サイコホラーが始まってしまうかもしれない。
それにしても、あぎとくんは本当に彼の依頼には興味がないようだ。
その興味はもう完全に蜜柑ジュースに向いている。
まぁ、今回のこれは上から押しつけられた仕事ではない。
完全に飛び入りの、受ける必要など微塵もない仕事だ。
そりゃあ、やる気もでないだろう。
「国には言うとりません」
「・・・・・・警察にもですか」
まさかの高倉さんの言葉に、思わず疑問が漏れた。
思わず、歪めてしまった顔で彼を見る。
いや、聞き違いだよなとは思うほどに、その表情は極々普通のものだ。
「えぇ、警察にもいっとらんのです」
「・・・・・・人間の足が見つかっているのに? たとえ、怪異じゃなかったとしても、何かは起こっているじゃないっすか」
あぎとくんも大きく息を吐いて、面倒臭そうに問いかける。
嫌になってきたのか、段々態度にも棘がみえるようになってきた。
「事件があったなんて、それも切断された人間の足が見つかるような陰惨な事件が、うちん村であったなんて知られたら、それこそ恥です。うちん村に怪異か人殺しがおるみたいやないですか。そんな噂がたったら困んます」
間髪入れず、高倉さんが当然のように返した。
はぁと思わず間抜けな音が出る。
何と言っていいのか分からない。
高倉さんが何と言っているのかは分かるのだが、全くもってどういう意味なのかが分からないというべきか。
それにしても、怪異か人殺しか・・・・・・まぁ、そりゃあ起きているだろう。
人間の左足だ。
何もないのに、そんな物が出てきてたまるか。
そんな治安の悪い国じゃないだろう、日本は。
それにしても、高倉さんのこの表情。
開き直っているというか、本当に当然と思っている気がする。
それが当然なのだと、その他の選択肢を全て切り捨てているのだろう。
田舎のような狭いコミュニティーで、生きている人間の見本のような男だ。
うん、なんだろう、本当に見本みたいだ。
人間と言うより、そういうサンプルみたいにすら思えてきた。
私とあぎとくんは閉口して、お互いを見やる。
その左眉がひくりと持ち上がり、その瞳が雄弁に訴えてきた。
「うちにはうちの事情ちゅうもんがあります」
高倉さんはこれで自分の言い分が全て通り、それが当然であるというように言い切った。
それで、この追求は仕舞いだ、とでも言いたいのだろうか。
「では」
あぎとくんがソファーから立ち上がった。
今まで無表情だったのが、嘘のような笑顔をその顔に浮かべている。
大股で進んでいき、彼が向かったのは事務所の玄関の扉の前だ。
そして、そのまま、扉を開け、掌でその向こうを指し示す。
「ならば、此方には此方の事情があるので、断らせて貰おうか。どうぞ、お引き取りを」
嘘のような笑顔、つまりはアルカイックスマイルである。
これ以上の会話は不要だと判断したのだろう。
「まっとください!!」
高倉さんが吼えた。
彼もソファーから立ち上がり、肩を怒らせながら、あぎとくんに大股で近付いていく。
もちろん、そのまま大人しく退出することはない。
彼はあぎとくんに抗議のため、立ち上がったのだろう。
「もう、お金はらっとるんですよ!!」
「いや、うちは一銭も貰ってないんで。多分、どっかで消えてるみたいなんだよな、その金」
あぎとくんがにっこりと微笑んで、更に大きく扉を開く。
限界まで開かれた扉から冷気が部屋に入ってきて、私は微かに身震いした。
もうすぐ、夜が来そうな気配がしている。
「さぁ、どうぞ、お帰りを」
あぎとくんが恭しく腰を軽く曲げて、再び掌が扉の外を示した。
もう、完全に話を聞く気がないようだ。
まぁ、最初からなかったみたいだけど。
「これ以上は全部無駄だ。そうだよね、わをんちゃん」
「えぇ、お客様、お帰りのようですね。お力になれず申し訳ないです」
私もそう言って、全く手をつけられていない高倉さんのカップを下げる。
全く飲まなかったな、あの人。
取っ手すら、掴んでない。
なら、飲んじゃおうかな、この珈琲。
捨てるのも、もったいないし。
実はこれも世界一周している元依頼人から贈ってもらった、とてもいいやつなのだ。
なにかの動物のうんこがどうこう言っていた気がする。
それを聞いて、今までも珈琲を毛嫌いしていたあぎとくんは、余計に毛嫌いするようになってしまった。
毛嫌いも毛嫌い、毛を逆立てて威嚇せんばかりの勢いで嫌っているのだ。
「はい、それじゃあ、遠路はるばる、お疲れさまでした」
「ちょ、ちょっと、村のもんにももう全部話とるんです!! 来て貰わんと困ります!!」
「うちは困らないんで、さっさと帰ってくれ」
高倉さんは噛みつかんばかりの勢いであぎとくんに詰め寄るが、あぎとくんの方は歯牙にもかける様子はない。
こちらは完全に断っているし、全くもって受ける気は全くないというのに、高倉さんはまだ粘る気のようだ。
だが、そんな彼を気にすることなく、あぎとくんはぼんやりとした瞳のまま高倉さんをみて、欠伸をした。
大きな欠伸である。
そう、上からの指示であれば、私もあぎとくんも渋々依頼を受ける。
だが、渋々である。
そういう、契約を結んだから、受けざるおえないからこその渋々だ。
だからこそ、上からの指示ではない怪異事象に関わるなど御免である
そんなものに関わっていれば、命がいくつあっても足りない。
私もあぎとくんも命知らずではないし、自殺志願でもないのだ。
・・・・・・と、なると、高確率でこういうことになってしまう。
どうもここには『自分たちの依頼を受けるのが当然だ』と思っている依頼者ばかり来るらしい。
お客様は神様だと、本気で信じているタイプの人間が多いのだろう。
それか、あぎとくんが学生であるのを見て、自分たちよりも格下だと思って舐めきっているのかもしれない。
まぁ、どちらにしても、時代に取り残されすぎだ。
最近はカスハラ、カスタマーハラスメンなんて言葉が生まれ、定着している。
お客様は神の座から降ろされたのだ。
未だに神気取りでいるのは、化石すぎる。
しかも、そういうのに限って「学生にそんな金は~」なんて提示する依頼料を出し渋ったり、時給換算もできていない程に低額だったりする。
他人の労働というものに対しての考えが軽いのだろう。
それか、他人は自分のために苦労して当然と思っているのか、社会経験がなさ過ぎるのか。
最近はそんな『お客様は神様野郎』と絶対に依頼を受けたくない私とあぎとくんの攻防の毎日である。
そう、最悪なことに、これは結構お決まりの流れだ。
本当に最悪なことだけど。
「困っとる人間を見捨てて、心は痛まんのか!!」
「痛まねぇっすね、というか、政府に言え政府に」
「後ろ暗い人間ほど情だなんだと言うんですよね」
私もあぎとくんに援護射撃をする。
そもそも、政府が処理する事象なのだ、こういう怪異事象は。
それを「さっさとやってほしいから」とか「政府に言いたくない」だとかゴネる方が悪い。
わざわざ民間を選ぶな、民間を。
・・・・・・まぁ、わざわざ民間でなんとかしようとするというのは『そういう風にゴネなければならない後ろ暗い人間』という事なのだろう。
だから、トラブルばかり起こすのかもしれない。
町に根ざしすぎるとこういうことになる、という生き字引が私たちである。
「そう、そう、わをんちゃんの言うとおり。勘弁してれよ。そんな後ろ暗い大人の事情に子供を巻き込むのはさぁ」
「君らはもっと大人を敬うべきだ!! 世間を知らないから、そんなことを言うんだ!! いいか、大人にはな、大人の事情というものがある!! 子供は黙って・・・・・・」
「はいはいはいはい、帰った帰った」
最終的にこういう人間お決まりの説教に持って行き、自分の正当性を主張するフェーズに入った。
本当にお決まりのコースである。
こうなると長いし、面倒くさい。
説教臭い上になんの学びもない。
大きな声で威嚇すれば、何でも言うことを聞かせられる、とでも思っているのだろうか。
真っ当な人間はそもそも『自分は大人だ客だ』なんて、威嚇などしない。
まぁ、そんな真っ当じゃない人間に慣れていなければ、恐怖で言うことを聞いてしまう人もいるのだろう。
私たちはもう慣れきってしまい、面倒臭いという感想しかないけれど。
何はともかく、追い返そうとするあぎとくんの更なる援護に回ることにした。
「はいはいはいはい、これ以上は警察呼びますよー」
そういいながら、扉の外に高倉さんを押し出していく。
「ちょ!」
高倉さんが何か叫ぶが、
「はいはいはいはい」
あぎとくんも、私と一緒にその身体を外へと押し出す。
「まちな・・・・・・」
そして、ついに、高倉さんを事務所から完全に押し出すことに成功した。
そこで、この件は終わり。
私たちはハイタッチの後、日常に戻った・・・・・・筈だった。




