十六話 ひきづり村と刑事たち
事情聴取から解放されたのは三時間後の事だった。
急拵えされた村役場の一室で拘束され、本署から来たとか言う刑事たちに囲まれること三時間、だ。
何もしていないのに、いや、何もしていないからこそ、酷く詰られているような心持ちがした。
凝り固まった身体を解すように伸びをする。
「あ”ー、つっかれた・・・・・・」
第一発見者だ。
事情聴取は仕方がないだろう。
それでも、此方は今日この村に来たのだ。
誰がどういう人間で、どういう事があって、なんて分かるはずがない。
正直な話、全くもって言えることなどない。
だというのに、同じ事を何度も何度も聞かれておかしくなるかと思った。
「あ”ー・・・・・・」
あぎとくんたちは未だに事情聴取が続いているらしい。
事情聴取後に私を担当した犬飼刑事が「お友達の男の子はまだかかりそうだから、ちゃんと村役場の中で待っててね。もう、暗いから一人で行動しないように」と教えてくれた。
あぎとくん、大丈夫だろうか。
私と離されて暴れてはいないだろうか。
ぬらりひょんの事象で離ればなれになったときは大変だった。
一生分の蒟蒻が洪水のように流れてきて、そう、うん、思い出すのはやめにしよう。
思い出したくもない。
というかなんで蒟蒻が流れてきたんだ。
恐らく、その疑問は一生解けそうにない。
なにせ、当のあぎとくんが何も語らなかったし。
そう言えば、高倉さんはどこだろう。
きっと、彼も事情聴取されているはずだ。
一緒に遺体を発見したのだ、この村役場のどこかで話を聞かれているのだろう。
だが、さすがの犬飼刑事も高倉さんについては教えてくれなかった。
まぁ、当たり前だ。
高倉さんと私たちの関係はほぼ無関係に近い。
教える義理もないのだろう。
最初に来たときとは違い、電灯もほぼ消えて、人影もない。
遠くの廊下に明かりが幽かに見えるだけだ。
屋外ももう、夜の帳がおりている。
ふぅと息を吐く。
ここまでくると風がないだけでほぼ屋外のようなものだ。
ブルリと身体を震わせてマフラーを巻き直して首を隠す。
高倉さん。
彼はこの肌寒い中でも汗をかいて額を拭っているのだろうか。
・・・・・・というか、私達はどこに泊まればいいのだろう。
無理矢理、誘拐されてきて宿など取っているはずがない。
というか、見た感じこの村に宿泊施設なんて物があるのかどうかすら不明だ。
推理小説かなにかのように流行っていない旅館かなにかがあればいいんだけど、そもそもこの時間からチェックインなどできるのだろうか。
・・・・・・じゃあ、村役場?
私達はここに泊まるの?
え、でも、本署の刑事さん達がウロウロして・・・・・・そして、恐らくここは捜査本部というか捜査拠点になるんじゃないだろうか。
そんなところに宿泊?
気になるとか、気を使うのももちろんだが、それ以前にそんな場所に宿泊するって許されるのだろうか?
捜査のために、色々外部に漏らしてはいけない資料とかありそう。
・・・・・・やっぱり、高倉さんの事情聴取がもう済んだかどうか聞くべきだった。
どこか、空き家でも紹介してもらわなくては、今晩は野宿の可能性すらある。
この冬の寒い時期に。
いや、野宿なんて刑事さんはさせない、よね?
きっと、村役場の一室を貸してくれる、はずだ。
最悪、学校に忍び込んででも、野宿は回避しなければ。
あぁ、でも、あそこ、文字通り化けて出た場所だから、あぎとくんは嫌がるかも。
無関係といえども、事情聴取の進行度合いを聞いておけばよかった。
今からでも犬飼刑事に聞きに行こうか。
いや、どうだろう。
多分、あぎとくんの事情聴取の具合もボカされていたし、質問してはいけないのではないだろうか。
それに、犬飼刑事があぎとくんの事を教えてくれたのは「真っ暗な中で単独行動は危険だからしないでね」という意味で教えてくれたのだろうし。
ならば、そう。
やはり、聞かないのが正解だったのだろう。
うん、私は間違っていないはずだ。
なんか、刑事さんに余計なことを言って、目を付けられるのも嫌だし。
・・・・・・じゃあ、何だろう、この風だけは避けられるだけの寒い村役場で、いつ終わるともしれない高倉さんの事情聴取を私は待っていないといけないわけか。
唯一の救いは、高倉さんが先に帰った、なんていうのはないって事だけだ。
高倉さんの方がこの村についても、被害者女性についても詳しい。
私とあぎとくんよりも聞くことは多いし、有意義な解答が得られるはずだ。
「あ”ー・・・・・・」
それにしても、ずっと、座っていたせいで肩が凝った。
考え事をし過ぎたせいで、頭も重くなった気もする。
両手を伸ばして、肩を回す。
そして、左右に身体を傾け、解していく。
「う”う”~」
大分凝り固まっていたようだ。
そのまま、立ち止まっているのも肌寒く落ち着かないので、廊下を真っ直ぐに歩いていく。
待合所の先、カウンターの向こうには時計がかかっている。
何となく、止まってソレを見ると、時計の針は午後八時を少し過ぎていた。
村役場に泊まるとすれば──そうすることができればだが、私もあぎとくんも自分を取り調べた警察官達と一夜を、いや、下手したら数日を共にすることになるのか。
息が詰まりそうだなぁ、と思った。
だが、安全と寒さには変えられない。
そう、村役場に泊まらせてもらうのが一番マシなはずだ。
でも、犬飼刑事は優しそうだったが、一緒にいた刑事は自己紹介もしてくれなかった。
しかも、加山さんくらいに体格が良かった事を思い出して、再び溜め息を吐いた。
加山さんがツキノワグマであれば、あの刑事さんはハイイログマだ。
人間からしたら、どちらも熊であるのは変わりがないという意味で。
無言でこちらを睥睨する、あの熊のような刑事には敵意がなかった。
敵意はなかったが、あれは此方の出方や有り様を観察している目だ。
何かすれば容赦はしないぞ、という意味合いの目だったように思う。
「か、関わりたくねぇ~」
思わず零した本音が、思ったよりも村役場の冷たい廊下に響いた。
大きい声は出していない。
だが、辺りがあまりにも静かすぎて、よく声が通ってしまうのだ。
ソレを証明するように、どこかで誰かが小さくせき込むような音が聞こえた気がした。
「あ”~・・・・・・」
視線を窓に向ける。
当然のように暗い。
その上、風も吹いているようだ。
木に留まった烏が強風に吹かれながらも、必死に枝を掴んでいる。
風が強すぎるのだろう。
吹き飛ばされそうな烏には、お皿に一本だけ残ったひじきのような哀れさと無駄な垂直さがあった。
一瞬、あの可哀想な烏をこの村役場に招き入れる自分を想像した。
叩き出されるだろうな、刑事達に。
烏も私も。
見なかったことにして、そっとひじきから目を逸らす。
「ジュース・・・・・・自販機は外だったか」
疲れた脳が糖分を欲していた。
もう、地元限定のたいして美味しくない謎の飲み物でもかまわない。
何か甘い物が欲しかった。
「いや、温かいの・・・・・・温かいのが良いな。カフェオレとかミルクティーとか、あればいいんだけど」
はぁ、と吐き出した息は屋内なのに白い。
両手をポケットにツッコんで暖をとる。
かさりとあのノートの切れ端が指先に当たった。
【佐伯桃花の左足を包丁で切ったのは秋本さやか】
その内容を反復し、思考する。
吊られた校長。
【自殺】した佐伯桃花。
切り取られた佐伯桃花の左足。
行方不明になり──家に戻ってきた秋本さやか。
『秋本さやかが【戻ってきた】? あれが? 兄ちゃん達、本当にそう思ってんのか?』
『まぁ、あんたらよそもんにはそう思えるんかもね』
老人の言葉。
人殺しと呼ばれる柴田結衣。
柴田結衣の家で感じた、あの怪異ではない妙な気配。
食品工場。
佐伯桃花と柴田結衣の机。
枯れた菊の花。
「佐伯桃花が消えますように」
「柴田結衣が消えますように」
左足。
思考しながら廊下を歩く。
そこまで広くない村役場である。
進み続ければ、すぐに玄関が見えた。
そして、玄関にたたずむボロボロの女も視界に映る。
いや、ボロボロの女?
思考も足も止まる。




