十話 ひきづり村と警察官
空気がヒリツキ、喉が渇いた。
唾を飲み込もうとして、失敗する。
だが、何とか仲裁して話を聞かせてもらわなくてはいけない。
そう、思い口を開こうとして──
すぐ背後、駐在所の扉が勢いよく開いた。
「加山さん、どうされたんっすか! 向こうの角までデカい声聞こえてたんすけど!」
明るい声が響き、呪縛が溶けたように空気が緩んだ。
黒髪短髪、制服を着ていなければ、大学生にしか見えないような青年である。
声の主は恐れなど一切感じていないという顔で、そのまま駐在所内を進んできた。
「ん? お~、お客さんが来てるじゃないすか。村役場の高倉さんと・・・・・・見ない顔だし、外からきた子っすよね? どっかのお家の親戚の子っすか? あ、もしかして、迷子になっちゃったんすか?」
愛想良く笑いながら、青年が此方に疑問をぶつけてくる。
加山さんとは、天と地の差の愛想の良さだ。
「あ! 高倉さんと居るって事は、高倉さんの親戚の子ってことなんっすか? いやぁ、高倉さんって一人暮らしでしょ? で、いっつもアパートに帰らず、村役場でお仕事しているみたいっすから、心配してたんすよ! そっか、そっか、親戚が来てくれたなら安心っす。ね、加山さん!」
此方は一切返答していないのに、青年の中では私達は高倉さんの親戚で、彼の体調を心配してこの村にやってきたというストーリーが生まれてしまった。
しかも、彼はそれを現実だとそのまま思いこんでいるようだ。
否定する間もないマシンガントーク。
なんてとく舌が回るんだろうか。
そして、殺人現場のような顔をした加山さんにまで、同意を求めるあたり、恐れも知らないのだろう。
それか、吃驚するほど空気が読めない人間なのかだ。
「おい、新田、コイツら追い返せ!」
加山さんは自身の足で立ち上がるのを、ついに諦めたらしい。
青年、新田さんに命令し、私達を自分から遠ざけようとし始めた。
もう一度両手に力を入れたようだが、それをすぐにやめ、頭を押さえて、そのまま伏せる。
ブツケた額の方ではない。
それはいいのだが、もしかしたら飲み過ぎて、頭がクラクラしているのかもしれない。
「・・・・・・えっと、大丈夫ですか?」
「うるせぇ!!」
思わずそう尋ねたが、凄い勢いで怒鳴りつけられてしまった。
本当に取り付く島もない。
「追い返せっていったって・・・・・・うわ、また加山さん、酒呑んっすか? 勘弁してくださいよぉ、もぉ。後片付けは大変だし、村の人たちからクレーム来たら、聞くことになるの俺なんっすからね?」
新田さんが床に転がっている瓶を拾い上げて、床の隅に並べる。
これ以上、加山さんの近くに酒瓶を置いておけば、踏んで割られかねないし、最悪私達に投げつけかねないのでありがたい。
その本数は・・・・・・七、いや、八本。
酒瓶一本でリットルはあると思うが、どれだけ飲んだのだろう。
知らずに息を吐く。
まさか、数少ない話を聞ける人材がこれとは。
解決までがあまりにも遠い。
もしかしたら、道程自体がないのかもしれないとすら思える。
「あーあー、床にお酒が零れちゃってるよ、もぅ、布巾どこやったんすか、加山さん・・・・・・あ、もしかして、前にゲロったのを拭いて捨ててから、新しいのを買ってないとかないっすよね! ちょっと、マジで勘弁してくださいよぉ」
新田さんが情けない声を出す。
大股で流し台に近付き、棚を全て開け、中を改め始めた。
だが、やはり見あたらないらしく、その肩が落とされる。
「まぁ~じ、か。商店ももう閉まってるんすよ? 布巾は明日朝一に買いに行くとして・・・・・・この零したお酒は・・・・・・トイレットペーパー使うかぁ・・・・・・」
「いいから、さっさとソイツ等を追い出せ!!」
加山さんが再び吼えた。
歯をむき出し、もうほとんど威嚇する熊そのものである。
「ちょ、ちょっと、そんなに叫ばでくださいよ、もう、仕方ないなぁ」
新田さんはここで漸く加山さんが怒っていることに気が付いたようだ。
遅い。
慌てて、加山さんを宥めて、此方に振り返る。
「すんません、皆さん! 加山さんもこういってますし、ちょっと、外でて貰っていいっすか?」
新田さんは好青年の顔で私たちに微笑みかけた。
「もう二度とくるんじゃねぇぞ!!」
加山さんが再び此方を睨みつけた。
最後にもう一度起きあがろうと、両手を床につこうとあがいて、やはりまた失敗して滑ったようだ。
明らかに飲み過ぎである。
だが、低い位置から此方を睥睨する様は、やはり飛びかかる寸前の獣のソレ。
このままジッと見ていると、喧嘩を売られたと勘違いされそうだ。
私はこれ以上は噛みつかれないように目線をソッと逸らした。




