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名もなき供物の幸せな神隠し  作者: 三羽高明


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立波村脱出作戦(2/4)

 私は祭壇の前に跪いた。夫の顔を思い浮かべながら、かんざしを口元に当てる。


「結の名において命じる。神よ、来たれ」


 ……何も起きない。


「結の名において命じる。神よ、来たれ」


 もう一度呪文を唱えた。


 けれど、今回も失敗だ。 


 私は唇を噛みながら再度呟く。


「結の名において命じる。神よ、来たれ」


 今度も不発。


 どうして? やっぱり私は巫女ではないからダメなの? 私は祭壇に向けて声を荒げた。


「妻が夫と話したいと思うのは、そんなにいけないことなのですか!? 結の名において命じる! 残月様か咲月様か……どちらでもいいから、お話しさせてください!」


 半ばヤケクソで言ったところ、全身が不思議な感覚に包まれた。


 自分の体が他人にものに変わっていくような……。けれど、決して不快な気分ではなかった。むしろ、大きなものにゆったりと身を任せているような安心感を覚える。


「結?」


 すぐ近くで夫の声がしたものだから、私は飛び上がりそうになった。慌てて辺りを見渡す。


「残月様? 咲月様? いるのですか?」

「私は残月だ」

 

 声の主がもどかしそうに名乗る。


「やはり結か! 神降ろしをしたのだな!」


 傍に人気がないのを不思議に思っていたけれど、どうやら夫の声は私の口から出ているようだった。傍目からは、一人二役を演じているような奇妙な状況に見えるだろう。


 そういえば、お姉様もこうやって神と会話していたわ。


 つまり、神降ろしは成功したのね! 私は胸が一杯になった。


「結……。無事でよかった……」


 残月様の声はかすれていた。私と同じで、残月様もこの再会に心を震わせているようだ。


「どこも怪我などしていないだろうな?」

「はい、今のところは」


 私は、土蜘蛛に誘拐されてからのことを話した。


「名を奪うことで、土蜘蛛は結の記憶を操ったのだな」


 残月様が怒りを含んだ声で言う。


「そして、村にいる者たちにも同じことをした。結、そこにいては危ない。今すぐに村から出ろ。墳丘は使えるか?」


「随分と取り壊しが進んでいますが、やってみます」


「よし、頼んだぞ……」


 ふと、祭祀場の入り口で足音がした。誰かがこちらに向かってくる気配がする。


「名残惜しいですが、もう時間が来たようです。……神降ろしはどうすれば終了できるのですか?」


「そちらは何もしなくていい。私のほうから繋がりを断ち切ろう」


 体を包んでいた不思議な感覚が抜けていく。私の口を借りて、最後に残月様が呟いた。


「結、また会おう。愛している」


 私も愛しています。


 そう返事をする前に、憑依は完全に解かれた。残月様との突然の別れについて、独りで感傷に浸っている暇もなく、掃除用具を手にした奴婢が入り口のすだれを押し上げて祭祀場に入ってくる。


「あれ? 供物じゃない。こんなところで何してるの?」

「あ、あら? 今日は私が掃除当番ではありませんでしたか?」


 私はとっさに、目についた布で祭壇に設置されていた銅鏡を磨いた。


「それ、床掃除用のボロ切れだけど」


 奴婢はポカンと口を開ける。


 まあ、大変! 銅鏡は神聖なものなのに! 誰よ、こんなところに汚い布を放置したのは!


「もういいよ。あとは私がやっておくから」

「ええ、ありがとうございます」


 私は礼を言って、そそくさと祭祀場から退散した。


 危なかったわ。バレなくてよかった……。


 神降ろしをしていたなんて気づかれたら大変なことになるところだった。土蜘蛛は私にかけた術が解けたと見破るだろうし、そうなったら、また名を奪おうとするだろう。


 私が術を解くことができたのは、ただ運が良かったからだ。幸運が二度も続くとは限らないし、記憶を取り戻したことは何としてでも隠し通さないと!


 私は村を出て、墳丘の近くまで行く。取り壊し作業はまだ再開されていないが、相変わらず何人かの奴婢が見張りに立っていた。


 墳丘を使うには、彼らを何とかしないといけない。たとえば、騒ぎを起こして注意を引きつけるとか……。


 ……確か戦争の時、お姉様は雑木林に火をつけて見張りをおびき寄せ、朱雀に近づいたんだったわね。


 よし、私もその手でいこう。


 墳丘の近くには、取り壊し作業担当の奴婢が寝泊まりする建物があった。何とか雨風はしのげるだけ、という粗末な小屋だ。


 もし、ここに火がついたら?


 すだれもかかっていない窓を遠くから覗くと、小屋の中では何人かの奴婢が寝ていた。彼らが出火に気づいて大騒ぎすれば、見張りたちも駆けつけてきて、一緒に消火活動に当たるだろう。


 そうなれば、墳丘の出入り口付近は無人になる。その隙に、羨道(せんどう)を通って神域へ行けばいい。


 ……この作戦で決まりね。


 私は小屋の裏手に回った。髪からかんざしを抜き取り、木でできた小屋の壁に近づける。


「結の名において命じる。燃えろ」


 小さな火が小屋の壁にまとわりつく。私は息を吹きかけて、その炎を大きくした。


 火が段々と壁を呑み込んでいく。順調だ。あとは騒ぎになるのを待つだけである。


 私は物陰で奴婢たちが起き出すまで待機することにした。


 けれど、しばらく待っても何も変化が起きない。もう火は屋根の近くまで届くほど高くなっているのに……。小屋にいる奴婢たちは、よっぽどぐっすりと眠っているのだろうか。


「もう、何してるのよ! このままじゃ、奴婢の丸焼きができちゃうわ!」


 私はあくまで騒ぎを起こしたかっただけで、死体を出したいわけではないのだ。仕方ない、こうなったら奥の手よ!


「火事よ! 小屋が燃えてるわ!」


 私は大きく息を吸い込み、ありったけの大声を出した。


「誰か早く来て! 小屋よ! 小屋が燃えてるわ!」


 喉が潰れそうなほど必死に叫んだせいで、最後のほうはほとんどダミ声になってしまった。ゴホゴホと咳き込む。


 だが、体を張ったかいはあったようだ。急に小屋の中が騒がしくなる。


「誰だ、朝っぱらから叫んでるのは」

「火事がどうとか言ってなかったか?」

「そういえば、焦げ臭いような……」

「……おい! 天井が燃えてるじゃないか!」

「水だ! 水を持ってこい!」


 奴婢たちが小屋から転がり出てくる。


「皆、来てくれ! 小屋が燃えてるんだ!」


 ある者は川へ水を汲みに、またある者は見張りに立っている者に応援を要請しに。奴婢は四方に散っていく。その内に、小屋の周りには木桶に水をいっぱいに満たした奴婢たちが集まってきた。


 これだけ人数が集えば、墳丘の出入り口には誰もいなくなっているだろう。私は作戦が成功したことに胸をなで下ろしながら、その場をあとにした。


 予想どおり、墳丘の中程に空けられた横穴の近くには誰もいなかった。私は穴を塞ぐ大岩に向かって、かんざしを掲げる。


「結の名において命じる。岩よ、動け」


 ズズズッ……と音がして、岩が横滑りを始める。


 しかし、その遅いことといったら! これでは、人が通れるくらいの隙間が空く頃には、日が暮れているだろう。私はイライラしながらかんざしを手の中でもてあそんだ。


「早くしてよ! こっちは急いでるのに……!」


 私は何度も何度も後ろを振り返った。あんまりノロノロしていると、見張りが戻ってきてしまうわ!


 私はもう一度かんざしを岩に当てた。


「結の名において命じる! 岩よ、動け、動け、動け、もっと速く動け……!」


 私が焦りながら命じると、途端に岩が動く速度が上がった。やったわ! さあ、もっと速く動いて……。


 と、思った瞬間に、私の視界から岩が消えた。ズドン! という落下音のあとに、重たいものがゴロゴロと転がる地響きと騒音が聞こえてくる。


 私の霊力の影響を受けた大岩が、墳丘の段になった部分を転がり落ちていったのだ。私は顔を引きつらせた。


「ちょっと! そんなに遠くまで行かなくていいのよ!」


 何を言っても無駄とばかりに、大岩は墳丘から滑り落ちてもまだ止まる気配はない。岩が転がる音はとてつもなくやかましくて、私は嫌な予感を覚えた。


「転がる岩が突然現われたなんて、これは火事どころの騒ぎじゃないわ……」


 不審に思った奴婢が駆けつけてくる前に、私はさっさと羨道に入ってしまうことにした。


 どうして私の霊力使用の腕前はこんなに未熟なのかしら。やっぱり、「結」という名前に何か問題があるから?


 一面に石が敷き詰められた羨道を進んでいくと、すぐに広い空間……玄室(げんしつ)に出た。


 その最奥に設置されていた大岩に私はかんざしを当てる。


「結の名において命じる。岩よ、砕けろ」


 岩を横に滑らせて移動させるだけの広さはあったけれど、先ほどの失敗に()りて、今度は岩を破壊して進むことにした。


 案の定、一度の攻撃ではヒビが入っただけだったけれど、何度か霊力を使う内に、岩は粉々になる。


 その奥に伸びている羨道を見た私は、早くも胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた。


 ここを抜ければ、神域に帰れる。


 もうすぐだ。もうすぐ会える。残月様と咲月様に。ふたりとも、どれだけ私の不在に心を痛めていることだろう。早く戻って安心させてあげないと……!

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