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名もなき供物の幸せな神隠し  作者: 三羽高明


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立波村脱出作戦(1/4)

 記憶を取り戻した私は、奴婢たちが眠る竪穴の家をこっそりと抜けだし、当てもなく村を歩いた。


 私は残月様と咲月様の妻。私がいるべき場所は神域だ。それでなくとも、この村に長々と留まるわけにはいかない。


 なにせ、土蜘蛛は数日中には私を()り代にするつもりでいるのだから。依り代にされたら、私はあの物の怪に体を奪われてしまう。そんなこと、考えるだけで鳥肌が立つ。


「村から逃げ出す方法を考えないと……」


 真っ先に思いついたのは墳丘を使うことだった。あそこは、残月様たちがいる神域と繋がっているから。


 でも、ダメだ。あの墳丘は今取り壊しの真っ最中だった。万全の状態じゃないから、上手く機能しないかもしれない。


 それでも諦め切れなくて、ひそかに村はずれまで行って墳丘の様子を物陰からうかがってみたけれど、寝ずの番の奴婢たちがかがり火を()いて、あちこちに歩哨(ほしょう)に立っているから、とてもではないが近づけそうもなかった。


 何かほかの手を考えないと……。


 困り果てていた私の目に飛び込んできたのは、巫者(ふしゃ)の館だった。


 そういえば、お姉様は神降ろしをして、神の声を聞くことができたのよね。


 お姉様が聞いていた神の声というのは、もしかして残月様や咲月様のものだったのかしら。


 ……これ、利用できるかもしれないわ。


 残月様や咲月様なら、きっと私が神域へ帰る手助けをしてくれるだろう。妻の誘拐にふたりが気づいていないわけがないし、今頃は私のことをとても心配しているに違いない。


 そんな夫たちに、私は無事だということだけでもどうにか伝えたかった。


 でも、神降ろしってどうすればできるの?


 私はお姉様と違って巫女としての教育など受けたことがない。多分、霊力を使って何かするんだろうけど……。


「霊力……」


 私は髪に手をやる。


 奴婢に混じって仕事をしていた私は、当然、装飾品などは身につけていなかった。霊力を使うには翡翠のかんざしが必要だが、今の私の手元にはそれがなかったのだ。


 私のかんざし、どこへいってしまったのかしら? 残月様からいただいた大切なものだったのに……。


 きっと捨てられてしまったのね。ということは、霊力は使えない。霊力が使えなければ、神降ろしだってできない……。


「……いいえ、まだ決めつけるのは早いわ」


 私は必死に頭を回転させた。翡翠のかんざしは不要品。不要品を処分する場所といえばどこ?


「村はずれの大穴……かしら?」


 立波村の外れには、墳丘のほかにも役割を終えた物を集める神聖な穴がある。


 というのは建前で、実際のところ、その穴はゴミ捨て場のようなものだった。壊れてしまった土器や、木の実の殻、貝殻に魚や動物の骨……そんなありとあらゆるものをそこに捨てていたのである。


 私は早速そのゴミ捨て場へ行ってみることにした。ここが空振りだったらどこを探せばいいかしら、という不安は、今は脇に置いておくことにする。


「やっぱり大きいわね……」


 ゴミ捨て場までやって来た私は、穴を覗き込んでげんなりとなった。ちょっとした池くらいの面積があるし、深さも私の背丈よりも大きいのだ。ここを探すのは骨が折れるだろう。


 だが、ためらっている場合ではない。私は斜面を滑りながら、穴の中に入っていった。


 立波村は極貧というほどではないが、何もかもが有り余っているほど裕福でもない。だから村人たちは物が壊れてもすぐには捨てず、修理したり、別の製品に加工したりして使っている。


 ここに捨てられているのは、もはや修理も加工もできない本当の意味でのゴミだけだった。量もそこまで多くないので、なんとか探し出せるだろう。


 と、初めの内は思っていたのだけれど……。どうやら甘かったようである。


 いくら星明かりがあるとはいえ、今は夜だ。しかも、穴は非常に大きい。そんな中から小さなかんざしを一つだけ探すのは、予想以上に大変だった。


「痛っ……」


 おまけに、しょちゅう尖った骨や土器の欠片が指やら足やらを突くものだから、その度に痛い思いをしなければならなかった。作業が終わる頃には、服は穴だらけで、手足は血まみれになっているかもしれない。


「本当にここにあるのよね……?」


 白み始めてきた空を見ながら、私は焦りを覚えていた。もうすぐ奴婢が起きる時間だ。誰かがここにゴミを捨てにきたら、隠れる場所もないし、私はあっさりと見つかってしまうだろう。


 何をしているのかと詰問されたらどうしよう? ゴミを処分しようとして、間違って穴に落ちたとでも言う? そんな間の抜けた言い訳、信じてくれるかしら……。


 不意に、視界の端で煌めくものがあった。


 ゴミには相応しくない澄んだ緑色の輝き。ひょっとして……!


「あ、あったわ……!」


 感激のあまり、私は村中を起こしそうなほどの大声を上げてしまった。まだ顔を見せていない太陽が照らし出してくれたのは、紛れもない私のかんざしだった。


 ゴミ捨て場にあったけれど、幸いにもどこも汚れたり欠けたりはしていない。それでも、私は貫頭衣でかんざしの表面をこすって磨いた。心なしか、先ほどよりピカピカになった気がする。


 私は綺麗になったかんざしを髪に挿した。


 ああ……懐かしいこの重み! やっぱり髪にはこれを飾らないと!


 私は苦労して穴から這い出ると、巫者の館へ向かった。神降ろしをするなら、館にある祭祀場がいいだろうと思ったのだ。


 でも……大変だわ。早起きの奴婢たちが、もう働き始めている!


「ちょっと、供物!」


 うろたえていると、私の姿を認めた奴婢に声をかけられた。


「何をぼんやりと突っ立てるのよ。今日も一日忙しいってのに……」

「あ……はい、すみません……」


 私は動揺を悟られないようにしながら、さも何か用事があるといった足ぶりで祭祀場へ向かっていった。


 よし、無事に切り抜けられたわ……。


「ちょっと」


 呼び止められ、心の臓が止まりそうになる。奴婢は私の正面に回り込むと、私の髪に挿してある翡翠のかんざしをしげしげと眺めた。


「あんた、いいもの持ってるわね。どうしたのよ、それ」

「ひ、拾いものです」

「拾いもの?」

「ゴミ捨て場にあったんです」


 嘘ではない。けれど、奴婢は「ふーん」と疑わしそうな顔になった。


「それ、あんたには似合ってないわよ。あたしがもらってあげるわ」

「……はい?」


 何を言われたのか分からずに私が呆然としていると、奴婢は図々しくも「寄越しなさいよ」と私の髪からかんざしを抜き取ろうとした。


「ダメです!」


 私は反射的に後ろへ飛び退く。


「これは私のです! ほかの人にはあげません!」


「はあ? 供物の分際で何を生意気なことを言ってるのよ。いいから渡しなさい!」


「嫌です!」


 無理に腕をつかまれ、私は顔をしかめた。


 こうなったら仕方がない。私は髪からかんざしを引き抜いた。


「まったく。最初からそうやって素直に言うことを聞いていればいいのに……」

「結の名において命じる。穴よ、現われろ!」


 私がかんざしを渡すと思って油断していた奴婢は、足元に急にできた小さな穴に簡単にはまってしまった。といっても、大して深くない穴だから、足を取られて転んだだけだったけど。


 でも、その拍子に頭でも打ったのか、奴婢は地面に伸びてしまった。騒ぎを聞きつけたほかの奴婢が駆けつけてくる。


「まあ、大変! いきなり倒れてどうしたのかしら。気を失っているわ!」


 私はわざとらしく驚いてみせ、近くにいた奴婢に介抱を頼むと、そそくさとその場を離れた。


「ふう……」


 無事に祭祀場に入室した私は息を吐き出した。かんざしが取られなくて本当によかったわ!

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