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名もなき供物の幸せな神隠し  作者: 三羽高明


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身中の虫(2/3)

「……お姉様、ですって?」


 見とがめられて体を固くしていたお姉様は私の言葉を不可解に思ったのか、眉をひそめてこちらをじろじろ眺める。やがて、「あっ」と小さな声を漏らして口元に手を当てた。


「あんた……供物……?」

「どうやって檻から出たのですか?」


 久しぶりに肉親と再会したことは衝撃だったが、それ以上に捕まっていたお姉様が逃げ出したことのほうが気がかりだった。早く誰かに知らせないと、と焦る。


 ……でも、見張りがいないんだったわ!


「檻なんかには初めから入ってないわよ」


 お姉様は捕らえられた村人たちを小バカにしたような目で見る。


「あたしは村にいたの。でも、こいつらの失態を聞いて駆けつけてきたってわけ」


 お姉様はあらためて私を頭のてっぺんからつま先まで眺める。


「あんた、供物の分際で随分といい服を着てるじゃない。そもそも、どうしてまだ生きてるのよ? 神に食べられたんじゃなかったの?」


「……あの方たちはそんなことはなさいません」


「なるほど。あんたみたいなまずそうな供物は願い下げってことね。……まさか、そのせいで神は村に災いをもたらしたのかしら?」


「災いですって?」


 聞き捨てならない言葉に、私は顔をしかめた。お姉様はげんなりとした表情になる。


「この神域の主のせいで村はめちゃくちゃよ。雨はやまないし、川は溢れかえるしで、ひどい目に遭ったわ」


 ――村人は私を見限ったのだろう。私が彼らを見放したように、な。


 そういえば、(かく)り世から神域へ帰ってきた時、残月様がそう言っていたわね。


 でも、どうして残月様は立波村を(たた)ったのかしら?


「……神を怒らせるには、それなりの原因があると思いますけど」


 私には、あの優しい残月様が何の理由もなく村人に危害を加えるとは思えなかった。


 彼は和魂(にぎみたま)。人に幸福をもたらす神だ。そんな残月様が村に災いをもたらそうとしたのだから、これはよっぽど重大な理由があるのだろう。


 たとえば、村人が罰当たりな行為を働いたとか……。


「今となっては、訳なんてどうでもいいわ」


 お姉様は冷たく言い放った。


「この神域の主はもうあたしたちにとっては古い神。あたしたちは、信仰対象を変えることにしたんだから。……ああ、そうだ」


 お姉様はいいことを思いついたとばかりに、私を見てニヤリと笑った。


「あんた、あたしたちの新しい神の供物になりなさいよ」


「……え?」


「今のあんたは前のあんたより、ずっと美味しそうに見えるもの。きっと朱雀も喜ぶわ」


 お姉様はクスクスと笑った。


 あまりの傲慢さに、私は呆れ返って言葉も出ない。


 けれど、しばらくしたら腹が立ってきた。どうして私は今まで、こんなに身勝手な人の言うことを素直に聞いていたのかしら?


「私は食べられて終わりの供物ではありません」


 私ははっきりと言ってやった。お姉様の笑顔が凍りつく。


「私は神の花嫁として、これからもこの神域で幸せに暮らします。私の夫が村を呪おうと決意したのなら、その判断を尊重しましょう。新しい神の供物になるなどごめんです」


 お姉様はしばらくの間、口を開けてポカンとしていた。ただ驚いているだけではなさそうだ。私はお姉様の茶褐色の瞳に、畏怖(いふ)にも似た感情が浮かんでいるのに気づく。


 それは、この神域の住民が、残月様や咲月様を見る時に抱く気持ちと同じものだった。


 お姉様は今、巫女としての本能で認めたのだ。自分の妹は神の花嫁だ、と。ただの村人である自分がどうこうしていい相手ではないのだ、と。


 けれど、今まで奴婢のように虐げてきた身内が、自分より格上の存在であると急に認めるのは、誇り高いお姉様には無理だったのだろう。すぐに顔を歪めた。


「生意気な子」


 お姉様は精一杯の虚勢を張ってそう呟いた。手が震えているのを必死で誤魔化そうとしている。


 だが、それまで固唾を呑んで私たちのやり取りを聞いていた村人たちはそうではなかったらしい。檻の中にどよめきが走った。


「供物は神の花嫁になったのか……!」

「花嫁様、お願いです! 俺をここから出してください!」

「このままでは我々は、神に食べられてしまいます……!」


 村人たちは一斉に私に命乞いを始めた。お姉様が慌ててそれを止める。


「やめなさいよ、あんたたち! みっともないったらありゃしないわ!」


 だが、村人は言うとおりにはせず、逆にお姉様に噛みついた。


「何が『みっともない』だよ! 元はといえば、明日香のせいじゃないか!」


「巫女は神と人の仲を取り持つのが役目だろう! それなのに、明日香はそれに失敗したんだ!」


「何ですって!? もういっぺん言ってみなさいよ! これ以上あたしを侮辱すると、ただじゃおかないから……!」


「おやめなさい!」


 私が鋭い声で一喝すると、先ほどまでうるさかったのが嘘のように辺りが静まり返る。お姉様でさえも口を閉ざしていた。


「この神域の主は人を食べたりしません。皆さんのことだって、きっと村に帰してくれますよ。あの方たちは、皆さんの命を奪うことにすらもう興味がないようですから」


 私は小さく首を振った。


「村に戻って、新しい神でも何でも、どうぞお好きに(まつ)ってください。……もっとも、その『新しい神』はもういないようですが」


 私は朱雀の首なし死体に目をやる。


 だが、お姉様は余裕のある笑みを浮かべた。


「あんた、やっぱりバカね」


 お姉様は朱雀の体に手を当てる。


「いいことを教えてあげるわ。あたしたちはまだ負けたわけじゃないのよ!」


 お姉様は地面に転がっていた儀仗を手に取った。


「勝算もないのに、あたしがこんなところまで来るはずがないでしょう? 警邏(けいら)中の武人をまくの、すごく大変だったんだから! ここの警備兵だって、わざと火事を起こして退散させないといけなかったし……」


「えっ……雑木林に火をつけたのはお姉様だったのですか? どうしてそんなことを……」


「決まってるでしょう? 神を復活させるためよ! 巫女である、このあたしの力でね!」


 お姉様が儀仗を高く掲げた。祈りの言葉を呟きながら、お姉様が儀仗で朱雀の体を叩く。


 すると、信じられないことが起こった。


 もう事切れているはずの朱雀が、ピクリと動いたのだ。


「き……奇跡だ!」

「これが巫女の力!? 明日香にかかれば、死すらも敵でないということか!」


 檻の中の村人たちが湧き立つ。


 けれど、私は氷でも呑み込んだように冷え冷えとした気分になっていた。頭の中で危険を知らせる警報の笛の音が甲高く鳴り響いている。


 いけない! こんなことをしてはいけない!


「お姉様! すぐにやめてください! 嫌な予感がします……!」

「……もう手遅れよ」


 お姉様の顔が引きつっていた。とてもではないが、これから逆転劇を演じようとしている者の表情には見えない。


 私たち姉妹の中に流れる巫者(ふしゃ)の血が、お姉様にも警告を発したのだろう。お姉様は、自分がしたことのまずさにすぐさま気づいたらしい。


 もっとも、これから先何が起きるのかは、お姉様だけではなく、私にも予想がつかなかったけれど……。


 グチュ。


 不意に、湿った音が聞こえた。


 私の心の臓が体から飛び出しそうなくらい激しく脈打つ。早くここから逃げなければと思うのに、足が言うことを聞かない。


 グチュ、グチュ、グチュ――。


 朱雀の亡骸の中から、長い骨が飛び出してきた。その先端が尖った形状は、どこか針に似ている。


「きゃああぁっ!」


 お姉様が悲鳴を上げる。手を叩いて喜んでいた村人も、やっと事態の異常性に気づいたらしく、冷水を浴びせられたような顔になっていた。


 尖った骨がもう一本、朱雀の体から飛び出す。二本目、三本目……。次に出てきたのは胴体だろうか。それから頭。いずれも骨でできている。


 全身が骨でできたその巨大な生き物は、完全に朱雀の中から這い出ると、犬のようにブルブルと身を震わせ、体中にまとわりつく血を飛ばした。飛び散った朱雀の血液が辺りを汚す。


 恐怖で半ば放心状態になっていた私は、その様子をどこか超然とした気分で眺めていた。


 蜘蛛だわ。大きな蜘蛛。最初に飛び出てきた骨は脚だったのね。こんなものが朱雀の体の中に潜んでいたなんて……。


 でも、蜘蛛に骨なんてあったかしら? 

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