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名もなき供物の幸せな神隠し  作者: 三羽高明


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燃える神域(4/6)

 ハッとなって目が覚めた。残月様の腕に抱かれていた私は「分かりました!」と大声を出す。


「分かりましたよ、荒魂様のお名前が! これで彼の封印を解くことが……」


 ふと、羨道が騒がしいことに気づいて私は口を閉ざした。


 見れば、武人たちが盾を構えて一列に並んでいる。彼らが防ごうとしていたのは、立波村の村人たちだった。どうやら入り口が突破されてしまったらしい。


「遠見が成功したのだな。よくやった」


 残月様が羨道の様子を気にしながら言った。


「これで荒魂の封印を解くことができる。そのためには奴に名を教えなければならないが……」


「武人たちに頼んで、どうにか村人たちを押し返してもらいましょう」


 この玄室には、外と繋がる通路は一つしかない。だが、今はそこで戦闘が行われているのだ。このままだと、荒魂様のところへは行けない。


「それに荒魂は今、空中戦の真っ最中だろうからな。こちらも空を飛ぶ方法を考えなければ」


「無理ですよ。船は皆出払っています」


 傍で声がする。床にうずくまっているのは、あの臆病者の年若い武人だった。


「羨道を塞いでいる村人だって、どうせ退けられっこない。退けられたって、船がなければ空も飛べない。言ったでしょう? 俺たち皆死ぬんだって。運命は変えられないんですよ」


 武人の言葉に、周囲にいた人たちが絶望の表情を浮かべる。皆、今の状況を変えるのは相当難しいと気づいたのだろう。


 一方の私は猛烈に腹が立ってきて、武人に詰め寄った。


「あなた、名前は?」

「……え?」

「あなたの名前です! 名があるのなら答えなさい!」


 有無を言わさない口調で武人を詰問した。あまり私らしくもない態度だったけれど、怒りのあまり、そんなことにまで構っている余裕はない。


「お……押勝(おしかつ)ですけど」

「まあ、ご立派な名前ですこと!」


 私はふんと鼻を鳴らした。そんな私を見て、押勝さんは目を白黒させている。


 残月様が松明の傍に落ちていた燃えかすを使って、石造りの地面に「押勝」と文字を描いた。


「どんな時でも勝利を諦めないという意味だな。お前にぴったりの名前だ」

「だって、仕方ないでしょう!」


 残月様の皮肉に、押勝さんは顔を歪めた。


「残月様も奥方様も、あんな鳥の化け物に勝てるなんて本気で思ってるんですか!? おふたりはあいつと戦ったことがないから、そんな夢みたいなことが言えるんですよ!」


「何が夢みたいなこと、ですか。荒魂様は自分が負けるなんて、これっぽっちも思っていませんよ」


 私は苛立たしげに言った。


「このままでは負けてしまうなら、勝つ方法を考えるだけです。これ以上、あんな化け物に神域を蹂躙(じゅうりん)されるわけにはいきませんから。今だって、こんなにも大勢の人が不幸になっているのに」


 私は避難所に集う人たちに目をやった。


 ここにいるのは朱雀の被害者の内の、ほんの一握りだけだ。外ではまだ、朱雀と戦っている者もいれば、安全な場所を求めて必死で逃げ回っている者もいるだろう。


 そんな人たちのことを考えたら、朱雀を倒す手立てを得たのに、ここでじっとしているなんてできなかった。


 この神域もそこに住まう人も、私にとっては大切な存在だ。だったら、私が皆のことを守らなければならない。


 そのためには、何があっても荒魂様のところへ行く必要がある。墳頂で投げるのを我慢した石ころを、別の形で朱雀に投げつけてやる時が来たのだ。


「まさに神の妻、だな」


 残月様が私の肩を優しく叩いた。


「荒魂は荒ぶる神として外敵を滅ぼそうとしている。そして、結は神の妻としてそんな夫を支えようとしている。では、武人は何をするべきだ? 周りを見てよく考えてみろ」


 この時初めて、押勝さんは周囲がどんな目で自分を見ているかに気づいたらしい。皆の不安をいたずらに(あお)っていたと分かり、押勝さんの顔に恥じらいとも申し訳なさとも取れる表情が浮かぶ。


「結はか弱い人の身で(かく)り世まで行った女傑だ。少しはその勇気を見習え」


 押勝さんはうなだれてしまった。その丸まった背中を見ている内にかわいそうになってきて慰めてあげようかとも思ったけれど、今は時間がない。私は押勝さんに背を向けた。


「墳丘を出るまでは武人たちの力を借りるとして、荒魂様のところへはどうやって行きましょう? 船のほかに、空を飛ぶ手段はないのですか?」


「そうだな……こういう時は……おおい! 長壁!」


 周囲を見回していた残月様が目を留めたのは、土器職人の長壁さんだった。彼は人混みを掻き分けてこちらへ来る。


「こういうことはお前の知恵を借りるに限る。空を飛ぶ道具を出せ」

「いいですとも。ついてきてください」


 残月様は事情も説明せずに無茶振りをしたが、こんなことには慣れているのか、長壁さんは顔色一つ変えなかった。


 というよりも、すぐ近くで戦闘が起きているのに、彼は平静そのものといった様子だ。結構肝が据わっているのかしら?


 長壁さんが私たちを案内したのは、玄室の奥だった。そこには色々な土器やはにわが置かれている。残月様は呆れ顔になった。


「お前……まさか避難する時にこんなものまで持ってきたのか?」


「当たり前でしょう。俺の大切な作品ですよ? 立波村の人たちが芸術の価値を分かるとも思えませんし、壊されたり略奪されたりしたら大変じゃないですか。……はい、お求めの品です!」


 長壁さんは台座に載ったあるはにわを高く掲げた。翼をピンと横に突き出した鳥形のはにわだ。私は長壁さんの意図を察する。


「なるほど! 鳥なら空を飛べますからね!」


「外に出られたら早速これを霊力で大きくしよう。そして屈強な武人を乗せて荒魂のところへ飛ばせばいい」


「屈強な武人!? 冗談じゃない!」


 長壁さんははにわをギュッと胸元に抱えた。


「俺の作品は繊細なんですよ。重いものを乗せたら、バキッ! となってしまいます。選ぶならもっと軽い人にしてください。できれば女性がいいですね。この子だって、野郎を乗せたくはないでしょうし。前に試験飛行で俺が乗ったら、振り落とされて怪我をしかけましたよ」


「そう色々と注文をつけている場合か。緊急事態だぞ」


「大丈夫ですよ、残月様。私が行きますから」


 私が残月様と長壁さんの会話に割って入る。残月様は「何だって?」と眉根を寄せた。


「空では戦闘が行われている。万が一お前に何かあったら……」


「あら、私は隠り世へ行くほど勇敢だとおっしゃったのは残月様ではありませんか。それに、荒魂様に名前を伝えるなんていう大役はほかの人には任せられません。元から私が行くつもりでした」


「なんだかよく分からないけど、奥方様ならこの子も喜んで乗せてくれますよ!」


 長壁さんはうっとりと鳥形はにわを撫でた。


「さあ、乗り手も決まったことですし、早速ひとっ飛びといきましょう。飛ぶのは久しぶりですから、はにわも空が恋しくてウズウズしてしますよ!」


 長壁さんは羨道のほうに駆け出そうとした。その腕を残月様が慌ててつかむ。


「そっちは戦闘中だぞ。危ないから護衛もなしに突っ込むな」


 羨道では、村人と武人が一進一退の攻防戦を繰り広げていた。今のところ、両者の力は五分五分に見える。どちらかが援軍を送れば、戦況を動かせそうだ。


 つまり、もっと武人を投入すれば、私たちが外に出る機会も巡ってくるかもしれないということである。


「武人たちに声をかけてこよう」


 私の決心が固いことを悟ったのか、残月様が半分諦め顔で言った。


「ほとんどの者は羨道の防衛に当たっているだろうが、まだ手が空いている奴らもいるかもしれない」


「俺のことですか?」


 声がしたほうには、押勝さんが立っていた。


「どうした。お前はもう死の運命を受け入れたのだろう?」

「でも、このまま黙ってやられるなんて、あんまりにも惨めですから」


 残月様の嫌味にも押勝さんは動じなかった。その表情は先ほどまでとは違い、こちらがたじろぐほどの闘志に満ちている。


「俺だって武人の端くれ。いくさで散るなら、それもまたよしです!」


 押勝さんは腰の大刀を抜き、勇ましい声を上げながら村人に突進していった。残月様が「おい、待て!」と慌てる。


「煽って悪かった! どうして、どいつもこいつも一人で敵に突っ込んでいくのだ!」


「よし、彼に続きますか」


「私も行きます!」


 長壁さんが鳥形はにわを大事そうに抱えながら走る。その後ろを私も駆けた。


「結と長壁まで! ここにはこんな者しかいないのか!?」


 そう言いつつも、私たちを放っておくことはできないと思ったのか、残月様も着いてきた。


「退け退け! 残月様と奥方様のお通りだ!」


 押勝さんはがむしゃらに大刀を振り回す。身を守ることを考えていないような、決死の戦い方だ。


 その気迫に押されて、敵どころか味方まで道を空けた。勇気ある村人が何人か押勝さんの前に飛び出してきたが、今の彼の敵ではない。すぐに切り捨てられ、強制的に退場させられていった。


「俺とこの子もいるんですけどねえ」


 鳥形はにわを抱きかかえる長壁さんがポツリと呟いた。まったく、とてつもない余裕だわ!


 押勝さんは村人を蹴散らしながら進む。しばらくして、私たちは外に出た。


「墳頂へ!」


 残月様が指示をする。


 墳丘では、あちこちで戦闘が行われていた。


 幸いにも、壊された円筒はにわはそこまで多くなかったのか、結界はまだ機能しているようだ。


 私たちは戦いに巻き込まれないように気をつけながら、墳丘の頂上にやって来た。


「辺りは俺が警戒しておきます!」


 押勝さんが大刀を構え直して周囲に油断なく目を配る。私たちが何かをしようとしているのに気づいた村人が近づいてきたが、押勝さんは寄ってくるすべての敵を容赦なく撃退していった。


 これなら安全に作業ができそうだ。長壁さんが鳥形はにわを地面に置く。


「長壁の名において命じる。肥大せよ」


 長壁さんが翡翠のかんざしをかざすと、鳥形はにわはみるみる大きくなっていく。簡単に抱えられるくらいの大きさだったのが、あっという間に私が両手をいっぱいに広げたのと同じくらい巨大になった。


「危なくなったら、すぐに引き返せ」


 残月様が私を抱きしめた。私は彼の背中を叩きながら、「大丈夫ですよ」と言う。


「長壁の名において命じる。動け」


 長壁さんが霊力を吹き込むと、鳥形はにわは自ら台座を降りた。そして、自分が何をすべきか分かっているように、足を折り曲げて屈む。


「行ってきますね」


 私は残月様から離れ、ひらりとはにわに飛び乗った。


 私が乗った途端に、はにわは大きく羽ばたいて空に向かって飛んでいく。墳頂に立つ残月様たちが、あっという間に小さくなっていった。

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