燃える神域(2/6)
「荒魂様、船形はにわの修復が終わりましたよ!」
避難所のどんよりした雰囲気に相応しくない陽気な声が聞こえてきた。階段を登って墳頂へやって来たのは、土器職人の長壁さんだ。
長壁さんは、下っ端風の職人の男性たちを引き連れていた。彼らが二人がかりで運んでいたのは、私と残月様が夜空を旅した時に使った船形はにわだ。
「ほかの船形はにわも、もうすぐ着きますからね!」
「随分と待たせてくれたな。修復は最低限でいいと言ったはずだが」
「そういうわけにはいきません。職人の矜持にかけて、適当なことはできませんよ。それに、やっつけ仕事で俺の作品が大破したらどうするんですか! 荒魂様だって、乗っている途中で船が真っ二つになったら嫌でしょう?」
「それはそうだが……」
「それに、いいお知らせもありますよ。直しただけじゃなくて、とっておきの武器もつけておきました!」
とっておきの武器? 気になった私は、船形はにわをじっくりと観察する。
すると、船の装飾に以前はなかったものが付け加えられているのに気づいた。
「大刀か……」
荒魂様が呟く。船上には、威杖、日傘と共に、新しく大刀が並んでいた。
その長いことといったら、船首よりも巨大だ。こんな大きな武器、巨人でもない限りは使いこなせないだろう。それ以前に、船から引き抜くことすらできないに違いない。
残月様が呆れ顔になった。
「お前が作るものは、相変わらず飛んでいるな。荒魂はものに触れられないのだぞ? ご自慢の武器も使えなければ意味がないだろう」
「でも、朱雀はそのことを知りませんよね?」
長壁さんが作った大刀があまりにも立派だったから、私は彼の肩を持つことにした。
「脅しくらいにはなるのではないでしょうか?」
「そんな! 置物扱いなんて! せっかく作ったんですから、使ってくださいよー!」
「だから荒魂はものに触れられないと言っているだろう」
「それ以前に、威杖や日傘は必要なのか? 邪魔になるだけだと思うんだが……」
「必要に決まってるじゃないですか! 芸術品っていうのは、ただ存在するだけで価値があるんですよ!」
残月様たち三人は言い合いを始めてしまった。どこか気の抜けるような光景だ。重苦しくなっていた避難所の空気も少し軽くなったように感じられる。
石を投げ続けるのに疲れてすすり泣いていたあの少年も、クスリと笑っていた。
ひょっとして長壁さん、皆の気持ちを解そうとして、わざととぼけたことを言っているの?
と思ったけれど、彼の表情は真剣そのものだった。
……そうよね。職人魂の塊。長壁さんはそういう人だったわ。
残月様たちがやいやいとやっている間に、ほかの船形はにわも続々と到着する。どれも見事な造形だけれど、私たちが乗った船に比べると随分と小ぶりに見えた。きっと、数人しか乗船できないだろう。
船形はにわが着くと同時に、武人たちも墳丘へやって来る。
「よし、行くか」
言い合いを終わらせるように、荒魂様がピシリとした口調で言った。
「結と残月は、住民たちと一緒にこの墳丘の奥まったところに隠れていてくれ。流れ矢でも飛んできたら大変だからな」
「分かった」
「荒魂様、お気をつけて……」
いよいよ本格的な反撃が始まるのだ。残月様が重々しく頷き、私も緊張で胃の腑がきゅっと縮まったような気がした。
そんな私を見て、荒魂様がふっと笑う。
「そうだ、結。帰ってきたら婚礼の儀を行おうか」
「婚礼の儀?」
「今までは名前がなかったから、結は正式な花嫁にはなれなかったんだろう? だが、もう『結』という名がある以上、いつまでも仮の妻のままでいる道理もないじゃないか」
「そう……ですね」
この非常事態に将来のことにまで目を向けているなんて、荒魂様はかなり悠長に構えているようだ。そう思うと、少し気が楽になる。
朱雀の暴走を止めたいという想いはあっても、武人ではない私は戦うことができない。だったらせめて、妻として夫を信じて待とう。敵は強大だが、荒魂様ならきっと朱雀を討ち取ってくれるはずだ。
「またな」
荒魂様が私の唇に柔らかな口づけを落とす。残月様が隠り世へ連れていかれた時も口づけられたけれど、あの時の接吻は離別の痛みが伴う悲しいものだった。
けれど、今回は違う。まるで、こんな口づけはいつでもできると思っているような気軽さを感じさせるものだった。
荒魂様は勝って帰ってくる気でいる。そして、私とまた親密な一時を過ごしたいと思っているんだ。
霊力で船形はにわが大きくなる。それに荒魂様が乗り込むと、船は次々と空に向かって飛んでいった。荒魂様が乗った一番大きな船を先頭にして、勇ましく敵のところへ進軍していく。
その凜々しい姿が小さくなるまで、私は墳丘の上から動かずに船影を見守り続けていた。




