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名もなき供物の幸せな神隠し  作者: 三羽高明


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一緒に帰りましょう(2/3)

「なんだか酔ってしまったようだ」


 一口もお酒を飲んでいないのに、残月様はわざとらしく顔を手であおいだ。


「少し風に当たってくるとしよう。……失礼する」


 残月様は隠り世の王の返事も聞かず、輪を抜けて舞台の端の手すりに寄りかかる。その表情はどこか険しかった。死人だらけの宴会などという気味の悪い場にいるのだ。神経が張りつめて疲れるのも無理はない。


 今、残月様の周りには誰もいなかった。彼と接触するなら今しかない。私は辺りに人がいないことを確認してから、残月様に向かって大きく手を振った。


 けれど、どこか遠くを見ている残月様はこちらに気づかない。焦った私は、もう少し大胆な方法を取ることにした。近くに落ちていた小石を拾って、舞台に向かって投げつける。


 カツン!


 小気味のいい音が響いた。それは、楽しくお喋りをしている宴の参加者たちの耳には届かなかったらしいが、皆の輪から外れてひとりでいた残月様には聞こえたようだ。残月様は反射的に音がしたほうを見る。


 だが、何もないと分かったのか、すぐに視線を戻そうとした。その拍子に、物陰に隠れていた私と目が合う。残月様があんぐりと口を開けた。


「まれびと!? どうしてここにいるんだ!」


 残月様が突然大きな声を出したものだから、私はギクリとして身を引っ込めた。


 とっさのことだったけれど、そうしておいて本当に良かった。残月様の大声に驚いた宴の参加者たちが、次々と舞台の端に集まってきたからだ。


「奥方様? いかがなさいましたか?」

「何かおかしなものでも見つけたのですか?」

「ああ……いや、その……」


 皆から質問を浴びせかけられた残月様が、弱り切ったような声を出すのが聞こえてくる。残月様、何とか言い逃れをしてください! 私は心の中で祈った。


「落ち着け、皆の者。どうやら、奥方様は我々が思う以上に酔っておられるようだ」


 その場を鎮めたのは隠り世の王だった。どうやら彼は、残月様がまだ何も飲んでいないことに気づいていないらしい。


「少し辺りを散歩なさってはいかがですかな? 酔いも冷めるでしょう。誰か供をつけましょうか?」


「……いや。一人でよい」


 残月様はこの状況を利用しようと思いついたらしい。ろれつが回っていない演技を始める。


「では、失礼するぞ。……ひっく!」


 残月様は酔っ払いらしくしゃっくりをする。私が物陰からそろりと顔を出すと、残月様は階段を使って舞台から降りるところだった。


「大丈夫ですかねえ?」


「しばらくは一人にしてやれ。夫と無理に引き離され、ヤケ酒でも飲まなければやってられんのだろう」


 隠り世の王は気の毒そうに言った。皆は宴に戻っていく。


 私は人目につかないように気をつけながら、その場を離れた。舞台から遠ざかっていく残月様の背中を追う。


「残月様!」


 私が声をかけると、残月様は立ち止まった。振り向いた時の残月様は、まるで夢でも見ているようなぼんやりとした表情をしている。


 ……もしかして、本当に酔っているの?


 何も飲んでいないはずだったわよね? と心配していると、残月様が思い切り私を抱きしめた。


「こんな危ないことをしてはいけなかったのに……!」


 そう言いつつも、残月様は私を離そうとしない。再会の喜びに打ち震えている。


 それは私も同じだった。また残月様の体温を感じられた。また彼の声が聞けた。歓喜が全身に広がり、喉の奥から熱いものが込み上げてくる。声にならない声が口から溢れ出た。


 だが、いつまでも再会の喜びに浸っているわけにもいかない。私は残月様の背中をポンポンと叩いた。


「お迎えに参りました。私と一緒に神域へ帰りましょう」

「……ああ、そうだな」


 残月様は私から離れると同時に変身を解く。そうして私の夫は見慣れた青年の姿になった。


「おい、お前! 何をしているんだ!?」


 残月様と会えたことで注意散漫になっていたのか、周囲を警戒するのをすっかり忘れていた。近くにいる下働き風の死人がこちらを見て、大声を上げる。


「あれは産土神(うぶすながみ)の残月様ではないか!?」

「た、大変だ! 残月様が花嫁を取り戻しに来たぞ!」

「皆の者、入り口を固めるのだ! 警報を鳴らせ!」


 死人の大声に釣られるように、続々と人が集まってくる。どこからか鋭い笛の音が響いた。残月様が「待て待て」と彼らを制止する。


「私がまれびとを迎えにきたのではない。まれびとが私を助けにきたのだ。よくできた妻だろう?」


「今はそんなこと言っている場合ではありませんよ!」


 気が緩んでいるのは残月様も同じだったらしい。私は珍しくとんちんかんなことを言う夫の手を強く引っ張った。早くここから逃げないと!


 けれど、私たちはすでに御殿中の注目を集めてしまったようだ。武装した死人が駆けつけてくるのを見て、私は顔を引きつらせた。


「残月の名において命じる……」


 残月様が翡翠のかんざしを髪から抜き取り、霊力を使って何かをしようとした。


 だが、追いついてきた死人が残月様の腕をつかんだ。それを振り払った拍子に、残月様の手からかんざしが滑り落ちる。


「ツルよ、伸びろ!」


 残月様が叫んだ。


 すると、かんざしが地面に落ちたところからツルが伸び、死人の体をかんじがらめにしてしまう。よく見れば、そのツルには紫色の玉が連なった果実のようなものが実っていた。


 こうして、何とか一人だけ死人の動きを封じることはできたものの、多勢に無勢なのは変わらない。残月様が「こっちだ!」と言いながら、私の手を引いた。


「残月様!? 出口はそちらではありませんよ!」


「もう出入り口は封鎖されているかもしれない。そんなところへ行けば捕まってしまう」


 残月様が私を連れてきたのは、御殿の敷地を囲む柵が設置されている場所だった。


 なるほど、ここから出るのね。でも、この柵、残月様の身長よりも高いわ。それに、足がかりになりそうなものもないし……。どうやって乗り越えればいいの?


「まれびと、行け!」


 残月様に質問しようとした矢先にいきなり肩車をされ、驚きで臓腑がひっくり返りそうになった。急に高くなった視界に戸惑いつつも、私は必死に柵をつかんで身を乗り出す。


 そして、転げ落ちるようにして御殿の外に出た。

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