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名もなき供物の幸せな神隠し  作者: 三羽高明


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千客万来(1/2)

「奥方様、お客様がお見えですよ」


 朝の身支度を済ませた私の元に、侍女の小雪さんがやって来てそう告げた。


「集会場にお通ししましたから、対応をお願いいたします」

「集会場? どうしてそのようなところに?」


 このくらい規模の大きい館なら、お客様をもてなす用の建物くらいあるはずなのに。


 そう思っていると、小雪さんは「来客用の建物の中には入りませんもの」と困ったように笑う。


 そんなに大勢の方が見えているのかしら?


 疑問に思いながらも、私は集会場へ向かう。入り口にかかっていた御簾(みす)を上げた途端、私は小雪さんが困り顔になっていたわけを理解した。


「おお、いらしたぞ」

「残月様の奥方様じゃ!」

「あの方が我々を救ってくださるのか……」

「ありがたや、ありがたや」


 ざっと見渡しただけでも、集会場には三十人はいるだろうか。皆、年齢も性別もばらばらだが、全員に共通しているのは顔に生気がなく、どことなく憑かれたような目つきをしている点だった。


 亡名者だわ。


 私は彼らの正体を一瞬で悟った。亡名者は私を見るなり、這うようにしてこちらへにじり寄ってくる。


「奥方様、どうか私の名を教えてください!」

「いや、俺が先だ!」

「わしは夜明け前からここにいるんじゃぞ! わしのほうが先じゃ!」


 亡名者は私を取り囲みながら押し合いへし合いを始める。何が何だか分からず、私はしばらくの間呆然と突っ立っていた。


 しばらくして、やっと昨日の小雪さんの言葉を思い出す。


 ――今回の出来事を知った亡命者たちが、奥方様を放っておくはずがありません。絶対にここへ押し寄せてくるに決まっています!


 私の遠見の力を使えば亡名者の名前を見つけられると分かった時、小雪さんはそう言っていた。


 その言葉が現実のものになったということ? ここにいる亡名者は皆、自分の名前が知りたくて私を頼りにしているの?


 こんなふうに誰かに頼られたことのなかった私は、少し困惑してしまう。だって皆、私のことを救世主のような目で見ているんだもの!


 けれど、そのことにくすぐったいような快さを抱いているのも事実だった。


 私でもこんなに大勢の人の役に立てると思うと、なんだか自分が誇らしくなってくる。どうにかして彼らを助けてあげたいという気持ちが沸き起こってきた。


「皆さん、順番に並んでください」


 私は亡名者に向かって声を張り上げた。


「私の遠見の力は不安定なのです。だから発動するまでに少し時間がかかるかもしれませんが、それでもいいとおっしゃるのなら、お力添えいたしましょう」


 それを聞いた亡命者たちは、私を取り囲むのをやめてワイワイガヤガヤと列を作り始めた。その先頭に立つ男性の手を私は握る。


 すると、お馴染みのあの立ちくらみが始まった。


 こうして私は、何人もの亡名者の過去を探っていくことになった。


 といっても、毎回すんなりといったわけではない。中にはなかなか力が発動しなくて、後ろに並んでいた人たちから「早く変われ」と急かされるようなこともあった。


 何回か回数を重ねる内に気づいたのだが、遠見を発動するのに手間取るのは、体が消えてしまうまでにまだ何日もの余裕がある人たちを相手にしている時が多かった。


 残月様が前に言っていたように、私から遠見の力を引き出すのは、強い感情だというのが関係しているのだろう。名前を取り戻そうと必死な人が相手の時ほど、あっさりと力が発動するのはそのためのようだ。


 そんなふうに自分の能力について理解が深まったのは良かったのだが、しばらくするとある問題が発生した。


「……まだいるのですか?」


 なぜだろう。もう三十人どころか五十人は相手にした気がするのに、室内にいる亡名者の数は一向に減っていかない。


 確かに私は利口なほうではないけれど、いつの間にか数も数えられなくなってしまったのだろうか?


 と思っていたら、御簾を上げて勝手に集会場へ入ってくる亡名者を発見してしまった。いくら遠見をやってもまったく終わりが見えない原因はこれだったのね!


 霊力というものはあまり使いすぎると疲れてくるらしい。やがて私の体は、丸一日働いたあとのようにぐったりとした疲労に包まれるようになっていた。


 ダメだわ。このままだと過労で倒れてしまうかも……。少し休憩しないと!


 危機感を抱いた私は、隙を見て素早く集会場から逃げ出した。近くを通りかかった下働きの女性に、「緊急の亡名者以外は通さないでください」と頼んで私室へ向かう。


 馬に乗った異様な雰囲気の男性と出くわしたのは、その途中のことだった。


 初め、私はその男性がお祭りで使う面でも被っているのかと思った。それにしても、人間の頭がい骨を模したお面だなんて、随分と悪趣味なことだ。馬にも骨の装飾がついているし……。


 けれど、下馬した男性の手足が不気味にガチャガチャと鳴っているのを聞きつけた途端に、私は息を呑む。


 飾りなどではない。本物の骨だ。


 男性は腕にも足にも首にも、皮や肉が一切ついていない。彼の体は骨のみで構成されていた。この男性は服を着た動く骸骨なのだ。


 それは馬も同様だった。馬具の下の体は男性と同じで、骨だけでできていたのである。


「残月様の奥方様でいらっしゃいますね?」


 驚いたことに、この男性は動けるだけではなく話すこともできるようだった。


 私は、誤って真冬の川に落ちてしまった時に感じる、体の芯まで凍りつくような感覚を覚えた。彼は生者である私とは本質的に違う存在であると、直感が訴えかけてくる。


「あなた様は罪を犯しました。それを償わねばなりません」


 男性が一歩、こちらに近寄ってきた。それに対し、私は十歩ほども後ずさる。


「やめて……来ないで……」


 本能的な恐怖を覚えて、私は震え上がった。そんな私に構わず、男性は話を続ける。


「つきましては、今夜お迎えにあがります。奥方様におかれましては、どうかご了承のほどを……」


「残月の名において命じる。魔を払え!」


 荒々しい声がしたと思うと、辺りに涼やかな風が吹く。突然のことに私は思わず目を瞑り、次に(まぶた)を開いた時には男性はいなくなっていた。


「え……一体何が……?」

「くそっ、一匹仕留め損なったか! 伏せろ、まれびと!」


 怒声が響いた。よく見れば、男性は消えていたものの、彼が乗っていた馬はまだそこにいる。


 だが、大人しかった馬は、今やすっかり錯乱状態に陥っていた。自分の騎手がいきなり目の前から消えたのに動揺したのだろうか。いななきながら、こちらに突進してきた。


「きゃあ……!」


 逃げようとした私は尻もちをついた。結果的にそれが良かったのかもしれない。馬は私の頭上を飛び越えると、敷地の奥へ向かって走っていった。


 そして、勢い余って近くの建物に激突する。建物には大穴が空き、中にいた人たちから悲鳴が上がった。


 だが、馬は平然とその穴から出てくる。


 ……いや、「平然と」と言うと語弊があるかもしれない。人々の悲鳴で興奮を煽られたのか、先ほどよりも怒り狂った様子で首を振り回していたのだから。


「まれびと! 怪我はないか!?」


 私の傍らに跪いたのは荒魂様だった。手には翡翠のかんざしを持っている。もしかして、あのガイコツの男性を追い払ったのは彼なのかしら? でも、霊力を使った時は残月様の名前を使っていた気がしたけれど……。


「あの、荒魂様……」

「来るぞ!」


 荒魂様が叫ぶ。暴走した馬がこちらに向かって突っ込んでくるところだった。私は慌てて横に飛び退く。荒魂様がかんざしを口元に当てた。


「残月の名において命じる! 魔を払え!」


 ヒュウ、と風が吹く。だが、ヒラリと飛び上がって馬はその風を避けた。そして、自分を攻撃した荒魂様に敵意を抱いたのか、彼のほうに突進してくる。


「あ、危ない!」


 私は思わず両手で目を覆いそうになったけれど、馬は荒魂様の体を突き抜けていった。……ああ、そうか。彼には実体がなかったんだわ!


 荒魂様の体を通り抜けてしまったのは、馬にとっても予想外の出来事だったらしい。ブルブルと鼻を鳴らしながら、不思議そうに辺りを見渡す。


 その隙に、荒魂様が口を動かさずに手だけで私に建物の裏へ回れと指示を出した。言われたとおりにすると、間もなく荒魂様もやって来る。

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