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名もなき供物の幸せな神隠し  作者: 三羽高明


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村人、新しい神を所望する(2/2)

 さすがに巫者(ふしゃ)の館にある儀式用の部屋と比べれば、首長の館の祭祀場の規模は小さかったものの、祭壇は綺麗に清められ、室内もほこり一つ落ちていない。神を迎えるための最低限の準備は普段から整えてあるようだ。


 一行が部屋の壁際に座ると、明日香は祭壇の前に移った。借り物の儀仗(ぎじょう)を高く掲げる。


 するとすぐに、自分の体が自分のものでなくなるような、独特の感覚に包まれた。


 次に明日香が話し始めた時にその口から出てきたのは、若い娘のものではないしわがれた威厳のある声だった。


「我に用か、立波村の者たちよ」


 一行の間から、「おおっ!」とどよめく声が上がる。明日香に神降ろしを頼んだ長老が、「あなた様が、我々の新しい神となってくださるというのは本当ですか?」と尋ねた。


「いかにも」


 神は言葉少なく肯定した。首長が好奇心と畏怖(いふ)の混じった顔で質問をする。


「あなた様は何者なのです?」

「我はこの村のはるか西、海を隔てた地に住んでいた者だ」

「では、渡来神(とらいしん)ということですか!」


 首長の声が裏返った。


 渡来神とは、彼方(かなた)の大陸から海を渡ってやって来た異国の神のことだ。噂によれば、渡来神は外国の技術や知識を伝え、富をもたらしてくれる存在らしい。


 そんな素晴らしい神の声を聞いていると分かり、皆は憧れのこもった表情になる。


「そのような尊い神が我々を守護してくださるとは……。痛み入りますのう」


 長老は感激で声を震わせている。渡来神は、「だが、我がお前たちの神になるためには、やらなければならないことがある」と言った。


「お前たちが今祀っている神は、村に危害を加える祟り神となった。そのような(やから)は排除せねばならぬ」


「神を排除!」


 集会の参加者たちは、腰を抜かしそうなほど驚いた。


 それも当然だろう。彼らにとって神とは敬うべき絶対の存在だ。


 信仰する神を乗り換えるというだけでも恐れに近い感情を抱いてしまうのだ。それなのに、神の排除など考えるだけで鳥肌が立つ。


 まるで夜空から月を消そうとするように、絶対に不可能なだけではなく、非常に身の程知らずな行為だと思えてしまうのだった。


「排除……ですか」


 さすがの長老も困惑を隠しきれない。


「そのようなことができるものでしょうか? 第一に、神は神域にいらっしゃるので、我々の前に姿を見せることはないのですが……」


「ならば、お前たちのほうから会いにいけばよいだろう」


 渡来神は、何を簡単なことを、とでも言いたげだ。


「それに、神域に行くのであればちょうどよい。神域には神域の民がいる。祟り神だけでなく、その者たちも根絶やしにするのだ。そうすれば、我が神域の新しい主になれる。これで我の力もますます高まり、この村をより強固に守護できるだろう」


 渡来神の約束する明るい未来に、村人たちは心を動かされているようだった。


 だが、いかに輝かしい将来が待っているとはいえ、その前にやらなくてはならないことの恐れ多さに、皆は尻込みしている。


「お話は分かりました」


 首長が悩ましげな顔で言った。


「ですが、神の排除などという大それたことが、我々にできるでしょうか? それに神域の住民を根絶やしにしようにも、この村はそう人手が多いほうではありませんので……」


「案ずることはない。戦いとなれば、我が力を貸そう」


「おお、渡来神様が!?」


「それは百人力ではないか!」


 血の気の多い参加者の中には、早くも瞳に闘志が宿っている者もいた。


 しかし、大部分の村人は、まだ神に反逆するという事態の重さに恐れおののいているようだ。


「聞いたところによれば、お前たちはひどい雨で苦しんでいるそうだな」


 乗り気でない村人も大勢いると分かったのか、渡来神が静かな声でそう言った。


「だが、神域の住民も同じことで悩んでいるだろうか? 住み慣れた家を離れなければならなくなった者や、増水した川で溺れた者が神域にはいるだろうか?」


 皆がハッとしたような表情になる。何人かがこぶしを膝の上で固く握った。今回の雨で特にひどい被害を受けた者たちだ。


「お前たちが死と隣り合わせで過ごしているというのに、神域の民はのうのうと暮らしている。それもこれも、祟り神が神域の住民ばかりをひいきするからだ。我が新たな神として君臨したあかつきには、神域の豊かな恵みをこの村にも分け与えることを約束しよう」


 そのように言われてしまえば、もう答えは一つしかなかった。


「皆、やるぞ!」


 首長が勢いよく立ち上がり、拳を天井に向かって突き上げた。


「我々に仇なす神を討つ! そして新たな神、渡来神様を祀るのだ!」


 どの道、このまま放っておいたら村は全滅だ。それならば、どれほど恐れ多くても古い神を倒し、新しい神を迎えるしかない。首長は、それが自分たちにとっての最善策だと判断したのだ。


「よし、やるぞ!」

「俺たちの手で村を守るんだ!」


 首長の勢いに押されるように、村人たちが次々と立ち上がり、決意のこもった声を上げていく。それを見た首長は鼻息を荒くしながら大きく頷いた。


「行動を起こすなら早いほうがいい。今夜、神域に夜襲を仕掛けよう!」

「男衆を動員しろ! 動ける者は、すべてこの戦争のために駆り出すんだ!」

「武器の手入れを忘れるなよ? 神は手強いぞ!」


 神殺しの準備のために、村人たちは急いで建物から飛び出していく。集会が始まった時の暗い表情など、もう誰の顔にも残っていなかった。


 集まりは自然に解散になったと判断し、明日香は神降ろしを終了した。体から何かが抜け出ていくような感覚がして、明日香はぐったりと床に座り込む。


 自分たちが祀っている神ならともかく、どこのものとも知れない人ならざるものをその身に宿すのはとにかく疲れるのだ。役目が終わり、明日香はほっとしていた。


 そんな明日香に、首長が話しかけてくる。


「ご苦労であったな、明日香」


 一応明日香を(いたわ)ってはいるものの、どこか心ここにあらずな表情だ。きっと、今夜の戦争のことに気を取られているのだろう。


「ところで、神域に攻め込む時は巫女としてお前さんも来てくれるのだろう?」

「ええ、考えておきます」


 そう言ったものの、明日香は心の中では「誰が行くか」と思っていた。


 神降ろしだけでも重労働だというのに、戦争にまで参加させられては身が持たない。明日香は村で待機しているつもりだった。


 留守番の女や子どもたちを守るためとでも言っておけば、あとで面倒なことにもならないだろう。


 とはいえ、不測の事態が発生すれば明日香も巫女の力を使って戦いの手助けをしなければならない。だが、戦争には渡来神も協力してくれるというし、滅多なことは起らないはずだ。


「……そう、そのはずよ」


 小さく呟いて、明日香は身震いした。巫女としての直感が、今回の戦争について明日香に何か不吉な予感を告げていたのだ。


「うん? 何か言ったか?」


 明日香の独り言を聞きつけた首長が首を傾げた。明日香は「いいえ、何でもありません」と軽く手を振る。


 どの道、もう村人たちはやる気になってしまっている。


 今さら彼らを止めることは、この雨で氾濫(はんらん)した川をせき止めるのと同じくらい無謀な試みだ。下手なことを言えば、祟り神を庇っていると思われて、明日香の身が危うくなる。


 今は大人しく体を休め、皆が出発する前には戦勝祈願の祈祷を捧げることにしよう。


 疲れた体を引きずるようにして、明日香は首長の館をあとにした。

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