村人、新しい神を所望する(1/2)
立波村では、首長の館で長老たちを初めとする村の有力者が集会を開いていた。議題は、昨日から降り続く雨についてだ。
もうとっくに朝日が登る時間になっているが、窓にも入り口にもすだれがかかっているので、室内は夕暮れ時のように薄暗い。
だが、すだれを上げていたとしても、真っ黒な雲が太陽を覆い隠しているので、あまり意味はないだろう。
お互いの顔を見分けるのがやっとという暗さの中、口を開いたのは長老の一人だった。
「もはや堤は何の役にも立たん」
老人の険しい声は、野外から聞こえてくる豪雨の音に半分掻き消されていた。
「川は荒れ狂う大蛇のごとくすべてを飲み込みつつある。低い土地に住む村人はすでに家を捨てて山へ避難したとか。だが、高所に住む者もいつまでも無事ではいられまい」
「このままでは村が滅びるぞ!」
首長が拳で勢いよく床を叩いた。
「明日香よ! 神はなんとおおせなのだ!」
「……何も。神は呼びかけにお応えになりません」
明日香は頭痛を覚えながら報告した。休む暇もなく神降ろしをしていたので、ひどい疲労を覚えていたのだ。
「なぜこんなことになってしまったんだ……」
首長の顔から血の気が引いていく。
「まさか、我らは神の怒りを買うようなことをしてしまったのか?」
「そんなことはありません。先日も供物を捧げたばかりではありませんか」
明日香は自分の双子の妹のことを数日ぶりに思い出した。それとも、あんなみすぼらしい娘では、供物としては不十分だったのだろうか。
「神は我々を見捨てたのだ」
長老たちから嘆きの声が上がる。首長は臆病なウサギを思わせる表情になった。
「な……何だと!? 神なしで、我々はこれからどう生きればいいというのだ……?」
「もう終わりだ。すべてはおしまいだ!」
「俺たちは皆死ぬんだ! 神が俺たちを殺そうとしているんだ!」
集まった者たちは半狂乱になって叫びだした。まるで世界の終わりが来たような混乱ぶりだ。
「静まるのじゃ!」
動揺する参加者たちを黙らせたのは、雷のように響く声だった。
村人たちは笞で打たれたようにギクリとした表情になり、声のしたほうを見る。そこにいたのは、長老連中の中では一番若い村人だった。
「この程度のことでうろたえるな。お前たちには、いついかなる時もこの立波村を守る義務があることを忘れるでないぞ」
「この程度のことだって!? 俺たちは神に見捨てられたんだぞ!」
村の若者の代表として集会に参加していた男が気色ばむ。だが、長老はふんと鼻を鳴らしただけで挑発には乗らなかった。
「よく考えるのじゃ。この世には数多の神がおわす。そのすべての神が我々を見捨てたわけではないじゃろう?」
「……どういうことだ?」
首長が口を半開きにしながら尋ねる。長老は「我々には新しい神が必要ということじゃ」と言った。
「今まで我々が祀ってきた神は村を見捨てた。そのような神にはこちらからも見切りをつけ、今度からは代わりの神を崇めるのじゃ」
「代わりの神……」
そのようなことは誰も想像したことがなかったのだろう。集会の参加者たちはざわつき始める。
皆が動揺するのを無視して、長老は話を進めた。
「すでに準備は整えてある。明日香に頼み、様々な神の意向を探らせたのじゃ」
実際に神を降して話を聞いたのはあたしなのよ! 自分の手柄みたいに言わないで! と明日香は文句をつけたくなったが、あまりにも疲れていたので黙っていた。本当はこんな集会などすっぽかして、自室で寝ていたいくらいだったのだ。
「それで? どうだったのじゃ?」
神降ろしの成果はまだ誰にも報告していない。長老は期待のこもった目を明日香に向ける。明日香は巫女の誇りを込めて背筋を伸ばした。
「ほとんどの神は取り合ってくださいませんでした。ですが、一柱だけ色よいお答えをいただくことができました」
はっきり言って、今回はこれを言うためだけにこの集まりに参加したといってもいい。これで誰も自分を未熟な巫女などと思わなくなるだろう。
「おお、そうであったか!」
長老の顔が輝く。
「皆、聞いたか! 我々の新しい信仰対象になってくださるというありがたい神がいらしたぞ!」
だが、喜んでいるのは長老だけのようだ。ほかの者たちは、まだ「新しい神を祀る」ということについて、ピンと来ていないらしい。
皆の反応が思ったより薄かったのが気に食わなかったのか、長老は不機嫌な顔になった。
「どうやら、お前たちはまだ古い神に未練があるようじゃな。……明日香、今より新しい神をその身に降ろせ」
「……はい?」
明日香は聞き間違いかと思って呆然となった。長老はもう一度「新しい神を降ろせ」と命令する。
「新たな神と言葉を交わせば、皆の気持ちも変わるじゃろう。……どうした、何をためらっておる。まさか、できないのか?」
疲れているのに冗談じゃない、と反論しかけた明日香は、長老が片眉を吊り上げたのを見て口を閉ざした。ここでできないなどと言えば、大勢の前で恥をかくことになってしまう。
あのじいさん、あとでたっぷりとお礼をしてあげるから、と心の中で毒づきながら、明日香は「いいえ、できますとも」と肩をそびやかす。
集会の参加者たちは、首長の館にある祭祀用の建物に移動した。




