どきどき、初体験(3/3)
残月様に案内されて、私は盆地を囲う丘の一つへやって来る。斜面からもくもくと煙が上がっているのが見えた。火事……ではないわよね?
「あれは、土器やはにわを作っているのだ」
残月様が説明してくれた。なるほど、窯から上がっていた煙だったのね。
盆地とは反対側の丘のふもとに、職人たちの作業場が見えた。壁のない簡素な小屋の下で、皆が土を捏ねている。訓練場と同じく、ここも活気があったけれど、殺伐とした雰囲気は漂っていないので一安心した。
作業場の職人も私たちを温かく迎えてくれた。私は彼らの仕事ぶりをじっくりと観察する。そうしながらも、邪魔にならない程度には職人の名前を聞いていくのも忘れない。
「俺は長壁。父も母も土器職人だったんで、『お前も土器で長い壁を作れるくらいの名人になりなさい』ってことでこんな名前になりました」
粘土で何かを成形している二十代後半くらいの男性が、そう教えてくれた。私は彼の作品を神妙な面持ちで見つめる。
「これは……踊っている人間でしょうか?」
長壁さんが作っているのは、はにわだった。だが、その形状はあまりに独特だ。
恐らく人間をかたどっているのだろうけど、全体的に寸胴で、頭部は丸い。そして、右手を下に、左手を上に向けたよく分からない姿勢を取っている。
それに輪をかけて特徴的なのがその表情で、口と目がポカンと開いた造形になっている。こう言っては悪いけれど、ちょっと間が抜けた顔つきだ。
私の呟きを聞いた長壁さんは一瞬呆けたあと、額に手を当てながら言った。
「……馬子です」
「ま、馬子!?」
私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「馬子って、馬の手綱を引く役職の方のことですよね? こ、これが……?」
「こいつの作る作品は、大抵が変なものばかりなのだ」
残月様が苦笑している。長壁さんは頬を膨らませた。
「俺は職人である前に芸術家なんですよ。この馬子だって、美を追究した結果、こんな形になったんです。この無駄なものをそぎ取った形! 美しいと思いませんか?」
美しいかどうかはともかく、人目を引くのは間違いないだろう。こんなものが人間に交じって馬の手綱を引いていたら、誰もが二度見するに違いない。
「それに、例の武器は訓練で大活躍だったでしょう?」
「あの人間二人分くらいの大きさがある円筒はにわのことか? 確かに攻撃力は高いが、武人たちは不満タラタラだったぞ。持ち運びにくいとか、光線発射後、はにわが冷めるまで、ひどく時間がかかるとか……」
「はあ……。戦場っていうのは嫌ですね。芸術の出番がないんだから。ずっと前に作った船形はにわだって、ほこりを被って倉庫で眠っているし……」
「ですが、見方によってはそれで良かったのではありませんか? せっかくの芸術品なんですから、戦場で壊れるのはもったいないです」
落ち込んでしまった長壁さんを慰めようと言葉をかけると、彼は嬉しそうな顔になった。
「どうやら、奥方様は芸術がお分かりになるようだ。……そうだ! 奥方様もお試しで美の世界に足を踏み入れてみませんか?」
「ええと……?」
「要するに、何か作品を作ってみないか、ということだな」
残月様が翻訳した。私が作品を?
「私に芸術的な素養などないのですが……」
立波村では、身分の高い者の食器などは職人が作るが、下働きが使うものは自分たちでささっと作成してしまうことが多かった。だから、私も土を捏ねたこと自体はあるけれど、出来上がった作品に芸術性を求めたことは一度もなかったのだ。
「美はそれを見出す者の心の中に宿るのですよ。さあ、こちらへどうぞ。いきなりはにわは難易度が高いでしょうから、簡単な土器を作ってみましょう」
すっかりやる気になってしまった長壁さんは、何やら深いことを言いながら私を隣の小屋へ連れていく。
そこにあったのは、上下二つの円盤に木の棒を渡した器械だった。
「ろくろ……ですか」
ますます自信がなくなってくる。村の職人が使っているのは見たことがあったけれど、実際に触れたことはなかったのだ。
「慣れたら簡単ですよ」
気軽な調子で言って、長壁さんは丸めた粘土を無造作に上の円盤の中央に置いた。「どうぞ」と促され、私はろくろの前の椅子に座る。
まあ、ものは試しよね。失敗したって、大変なことになってしまうわけじゃないし。
「では、深皿を作ってみますね」
私は筒袖の服を肩まで腕まくりした。せっかく着替えたのに、また汚してしまったら困るもの。足で下の円盤を回すと、それに連動して上の円盤も右向きに回り出す。
ええと……確か、村の職人はこうしていたような……?
記憶を頼りに粘土の中心に親指を押しつけ、小さなくぼみを作る。
そのくぼみを少しずつ広げていって……。あっ、そうだ! 上にも伸ばさないといけないわよね。このままだと、平皿になってしまうもの。
……と、余裕のあることを考えていられたのは最初だけ。私はすぐに陶芸の難しさを思い知ることとなる。
まず、このろくろというのがくせ者だ。放っておくとすぐに回転に勢いがなくなって、その内に止まってしまう。
それに、成形作業の難しいことといったら! ちょうどいい大きさにしたいのに、縁は広がりすぎるし、それを修正しようとすれば歪んでしまうしで、とてもではないがまともな形になりそうにない。
「長壁さん、助けてください……」
ぐにゃりと曲がっていびつな形になってしまった皿の縁を呆然と見ながら、私はうろたえた。すると、しなやかな手が私の手の甲を包み込む。
「ろくろは使わないほうが、かえって簡単にできるのではないか?」
後ろから私を包み込むように助けてくれたのは、残月様だった。盤の上に手を置いて、ろくろの回転を止める。
いきなり耳元で囁かれた私は動揺のあまり手に力が入りすぎて、ますます皿の縁が歪んでいった。
「どうした? お前は案外不器用なのか?」
「そんなことはないと思いますが……」
残月様がからかうように笑った。私は気を取り直そうと、頭を軽く振る。
「確かに、ろくろを使わないほうが私には向いているかもしれません」
「では、こちらへどうぞ」
長壁さんが近くの回転しない作業台の上を片づけてくれた。
……よし、あらためて作業開始!
今度は補助は必要ないと思うけれど、残月様は椅子に腰かける私の背後にまた陣取った。そのため、私は残月様の胸に背中を預ける形で座ることになる。
残月様の体……温かいわ。
なんだか肩の力が抜けてきた。
気持ちが落ち着いてくるのを感じながら、私は丸い粘土を手のひらで平たくなるように潰していく。
次は別の粘土の塊を棒状にしたものをいくつか作成。残月様が「ふむ」と感心したような声を上げた。
「先ほどとは別の作り方だな。お前は色々なことを知っているようだ」
「見よう見まねですよ」
私の髪に顔をうずめている残月様の吐息が心地いい。残月様が私の手の甲に手のひらを添えてくれているお陰で、不思議な安心感があった。今度は上手くいきそうな気がする。
平たく成形した粘土の縁に、まずは一本目の棒状の粘土を丸く曲げながらくっつける。
平たい粘土と棒状の粘土の境目が分からなくなるまで指でなじませて……。それが終わったら、二本目の粘土棒をその上に乗せていく。
この作業を目的の高さになるまで繰り返した。
残月様の手に包まれていると、自分の手が別人のものになったような気がする。いつもより指先が軽やかに動いて、その動きに合わせて私の鼓動も弾むようだった。
しばらくして、作業が終了した。
ろくろも使わずに作った深皿は無骨な見た目だったけれど、それがかえって作品に味を出しているようにも見える。これが芸術的ということなのかしら?
「うう~ん。素晴らしい!」
出来上がった土器をあらゆる角度から見回しながら、長壁さんは感嘆のあまり瞳を輝かせていた。
「この、いかにも慣れていません、といった風情がたまりませんねえ。これは俺には出せない雰囲気ですよ。どうです、奥方様。俺と組んで、土器の世界に嵐を巻き起こしませんか?」
「いえ、そんな……。私には芸術は荷が重すぎます」
「まれびとは私の妻だからな。そうしょちゅう土ばかりいじっているわけにもいかないだろう」
残月様が花嫁の役割を見せびらかすように、私の額に口づけた。勧誘に失敗した長壁さんは残念そうな顔をする。
だが、土を捏ね終わっただけでは、まだ作業終了とはいかない。三十日ほど乾燥させて水分を取り除き、窯で焼き上げて、初めて出来上がりとなるのだ。
「完成したら、お前の料理はあそこに盛ってやろう」
一緒に作業できたのが嬉しかったのか、粘土で汚れた手を洗う間、残月様は機嫌が良かった。
私の気分もまだ高揚したままだ。芸術の良し悪しについてはやっぱりよく分からないけれど、先ほどの一時は私にとっても楽しい時間だった。
「二人で何かするというのはいいものだな。よりいっそう夫婦らしくなった。……ああ、そうだ」
残月様が近くにいた職人を呼び寄せ、何かを小声で言付けた。私は「どうかなさいましたか?」と尋ねる。
「なに、ちょっとした楽しみを用意しただけだ」
残月様が含み笑いをする。かんざしの贈り物といい、残月様は花嫁のために「ちょっとした楽しみ」を提供するのが好きなようだ。私は期待しながら「ありがとうございます」と礼を言った。
「では、土ばかり触っていないで、そろそろ名前探しを始めようか」
私は残月様に続いて、職人たちが詰めている小屋に向かう。土器が完成するまで三十日あまり。自分の作品の出来映えを見るためにも、私はぜひとも生き残らなければと思っていた。
ひょっとして、生きる楽しみって、こういう日々のささやかな幸福の上に成り立っているのかしら?
そんなちょっとした発見を楽しみながら、私は職人たちに名前を聞いていった。




