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名もなき供物の幸せな神隠し  作者: 三羽高明


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二つの月(1/1)

 その日の夜。館を出た残月は、墳丘が立ち並ぶ区画へ来ていた。


 しばらく歩いた末、残月はある墳丘の前で足を止める。


 八角形のその建造物は、満点の星空の下で真っ黒な影絵として浮かび上がり、どこか不気味な雰囲気だ。


「少しいいか?」


 残月が話しかけると、墳丘から応える声がした。


「あなたが俺に話しかけてくるなんて、随分と久しぶりじゃないか」


 その声は、残月とそっくりだった。残月は声に向かって、「お前の力を借りたい」と言う。


「どうしたんだ? 外敵にこの神域が狙われでもしたか?」

「いいや。立波村に罰を与えてほしいんだ」

「村に罰を?」


 声の主は驚いた様子だった。


「これはまた、人を守るのが本分のあなたの言葉とも思えないな」

「そう言うな」


 残月は眉をひそめた。


「奴らは私の……私たち(・・・)の花嫁に非道な仕打ちをした。罰を与えるのは当然だ」

「俺たちの花嫁だって!? それでは、ついに……!」


 墳丘からの声が上ずった。そこには、腹の底からこみ上げるような歓喜がにじんでいる。


 その喜びが伝わったのか残月も表情を緩めながら、「ああ、今回は消えなかった」と言った。


「いる。いるんだな、この神域に……! こうしてはいられない! 残月! 俺をここから出してくれ!」


 墳丘からの声は必死に頼むが、残月はすげなく「断る」と言い放った。


「お前は乱暴者だ。彼女に怪我でもさせたらどうする」

「無体を働くわけがないだろう! 俺の花嫁だぞ!」

「私たちの花嫁、だ」


 残月がすかさず訂正を入れる。彼の眉間にはシワが寄っていたが、それでも仕方がなさそうに軽く頷いてみせた。


「お前はどうにも無骨だ。だが、待ち人に会えない辛さは私にも分かる。……よかろう。会うだけなら許してやる。ただし、村への罰も忘れるなよ。お前はお前の役目を果たせ」


「会うだけだと!? 封印を完全に解いてくれるわけではないのか?」


「そのようなこと、するわけがなかろう。私は約束を違えない。……いや、待てよ。約束……? 誰との約束だ……?」


 残月は額を押さえ、一瞬遠い目になった。けれど、すぐに気を取り直したように首を振り、「それに、解きたくても解けないんだ」と言った。


「なんだって!?」


 声の主はぎょっとしたようだった。


「まさか、あなたは……」

「いいから早く行け。私の気が変わっても知らんぞ」

「……ああ、そうだな。ひとまずはあなたに感謝しておこう」


 まとわりつく犬を追い払うように手をひらひらと振る残月の様子に、これはうかうかしていられないと声の主は悟ったらしい。慌てて残月に礼を言った。


 残月が見守る中、墳丘の頂上が二つに割れた。そこから何かが勢いよく飛び出す。その「何か」は、残月の館の方角へ向かって、目にも留まらぬ速さで移動していった。


 その後ろ姿を見守ったあと、残月も家路についたのだった。

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