その3.気づかないフリをしてるうちに
【登場人物紹介】
藤 知日路[ふじ・ちひろ]:公立古港高等学校の二年生。伝統楽器研究部部長。
静波 乃愛[しずなみ・のあ]:同二年生。同部副部長。知日路の親友。
廿梠木 漆[とどろき・うるし]:転校生。二年生。伝楽部に入部。
有衛 爽雨[ありえ・そう]:同一年生。同部部員。知日路の中学からの後輩。
鍋形 凪々帆[なべがた・ななほ]:同一年生・同部部員。爽雨とはクラスメイト。
ミーティングで知日路のした提案に反対する人はいなかった。
むしろこれまでになかった斬新な意見に好意的な興奮が巻き起こったほどだった。
「知日路! それだよ。それなら伝楽部の発表として大勢の人に見てもらえる。興味を持ってくれる人もきっと増えるよ」
「でも、バンドネオンはもともとはドイツからアルゼンチンで広がった楽器だし。『伝統楽器』という範囲からは外れてしまわない?」
「そうかもしれないけど、別にうちらは『和楽器研究部』ってんじゃないでしょ。今バンドネオンを持ってる学校なんてほとんどないだろうし、立派な『伝統楽器』なんじゃない?」
プレゼンをするにあたって知日路はバンドネオンという楽器について調べたことをレポートにして事前にみんなに配って説明をした。
日本に伝わった時期は正確には不明だが、大正末期(1920年代)くらいに日本で起こったダンスホールやレコードの流行に合わせて奏者や楽団が増えていったという。古港高等学校の設立は約100年前なので、設立間もないくらいの年の流行を受けて導入をしたものと思われる。
そう考えると学校の歩みとともに存在してきた楽器ということになるので、「伝統楽器」という解釈は不自然というわけではない。
「問題は楽器の担当決めじゃない? この中で楽器の経験とかある人いる?」
話が盛り上がりかけたところで漆が現実的な話題に引き戻した。
知日路もそのあたりでつまづいたらどうしようかと危惧していたが、いい意味でその心配は裏切られた。
「言ってませんでしたっけ。私、中学校までバイオリンを習ってたんです」
と、言ったのは普段は飄々とした凪々帆だった。あまりにも事も無げに言うので他の四人はみな同じポカンとした表情をしてしまった。
受験を期にやめてしまったものの今も自宅に自前のバイオリンも持っているという。
「じゃああとはギターとベース……コントラバスだっけ。乃愛と爽雨、どっちができそう?」
どちらも事前に音楽の先生に聞いて貸してもらえる確認はとってあった。バンドネオンを中心にした楽曲はちょうど5人編成が基本で、バンドネオン、ヴァイオリン、ピアノ、コントラバス、ギター(クラシック、エレキどちらの場合もある)となっている。
「じゃんけんで決める? 爽雨」
「いえ。私がコントラバスやります。乃愛先輩、身長的に厳しそうですし」
乃愛が軽く言い出すも、すぐに爽雨が答えを出した。確かにそれはその方がよさそうだとみんな意見は一致した。なにせ乃愛の身長は148cmしかなく骨格も細い。コントラバスは中型のものでも180cmくらいの長さがある。プロのクラシック楽団の奏者には乃愛くらいの体格の人もいるにはいるも、初心者がいきなり重大なハンデ付きの楽器を選ぶ必要もないだろう。
「爽雨のコントラバスは弓で弾くのに慣れるのが難しいだろうから、弦楽器経験者の凪々帆に教えてもらって。ギターの方は楽譜見た感じフラメンコみたいな超絶技巧を求められるようなものじゃなくてメインのバンドネオンとピアノのリズムとコードを揃えるための役割になるから、ちゃんと練習すれば大丈夫なはずよ。あとで一緒に音楽室に行って……」
技術的なことは漆が手早く話をまとめてくれた。
普段は部長としてまとめるために内心でかなり考えながらやっている知日路にとって、このリーダーシップは素直にすごいと思えるものだった。
「…………て、ことでいい?部長?」
最後にくるりと振り向いた漆が微笑んで一つウインクをした。
その様子に思わず顔が赤くなりそうになるのをごまかしながら、知日路は立ち上がって一つ手を叩いた。
「みんな。本当にありがとう。これからもっと大変になると思うけど、一緒に協力していきましょうね」
パチパチ、と乃愛が拍手をするとすぐに一年生の二人、そして漆が追いかけるように手を叩いてくれた。
*****
「どうもありがとう、漆。本当に助かったわ」
ミーティングを終えた夜、どうしても個人的にお礼が言いたかった知日路は漆に電話をかけた。
今まではFuReCOというチャットアプリで事務連絡のようなメッセージ交換だけはしていたが、一対一で通話をするのはこの日が初めてだった。
「別にお礼を言われるようなことじゃないでしょ。私だって伝楽部の一員なんだし、ね?」
突き放すような言葉を返しつつもその声色には照れの色も見えていた。それがわかって知日路は思わずふふふ、と笑い声を漏らしてしまう。
「何よ?」
「ううん。どうして今まで気づかなかったんだろうなって」
受話器をそっと持ち替えて知日路は自室のベッドの上に腰掛ける。窓の外には細い三日月が明るく見えていた。
「私達、今まで『伝統楽器研究部』なんだから伝統楽器だけを活動に使わなきゃいけないって勝手に思い込んでいたみたい。でもそれって手段が目的に変わっていたっていうか、建前みたいなものを守ることに必死になってたのね」
「そうなの?」
「漆に演奏会をしようって言われたときにね、『ああ、こんな方法でもいいんだ』って思ったの。バンドネオンを伝統楽器ってことにするのもそうだけど、もっと柔軟に現代の楽器をあわせて自由に演奏をすることだってそれも立派な伝楽部の活動なのにね。……私、何かを守らなきゃって思い込みすぎて臆病になってたのかな」
きっとそれは転校という形で新しい考え方や価値観を漆が持ち込んできてくれたからできた発想なんだろう。知日路はそれを自然にやってくれた漆に対して、これまで誰にも感じたことがなかった気持ちを覚え始めていた。
「私だってびっくりしたわよ。あなたにね、知日路」
「私に? どうして?」
「だって、普通怒ったり抵抗したりしない? よそから来た何も知らないようなやつからよ。好き勝手にああしろこうしろって言われて。あんまり素直に考えを切り替えるもんだから、え? あれ? そうなの? みたいに思っちゃった」
あはは、と知日路は笑った。そうかもしれない。でもなぜか、それまでの考えに固執しようという気持ちにはならなかった。
「でもまあ。そういうところ、いいと思うけどね」
「えっ? ど、どういうところ?」
急に漆が声を小さくして、思い切って打ち明けるような言い方をしたので知日路は戸惑った。
「うじうじしないでスパッと決断するところと、決めたらまっすぐそっちに進むところ。あんまりいないわよ、そんな性格の人」
「そう、かな。………ねえ、褒めてくれてる、のよね?」
「当たり前でしょ!」
そうして一緒に電話を挟んで二人は笑いあった。なんというか、すごく、すごく今、心が通じ合っているようなそんな安らぎが知日路にはあった。
「ミーティングでも言っていたけど、これから忙しくなるわね」
「そうね。明日とか、さっそくギターの用品買いに行くからつきあってくれって乃愛に頼まれたわ」
乃愛、という名前が出てきて知日路は一瞬言葉が詰まった。
すぐに知日路? と電話口の向こうで漆が言う声が聞こえて、慌てて「今飲み物を飲んでたの」と知日路はごまかす。
「なんでもエレキギターの一式は親類で使ってないものを持ってる人がいるからそちらから借りるんだって。で、ストラップとかピックとか小物類は自分が気に入ったものを選びたいからって、明日楽器屋さんに行くのについてきてほしいってさっき言われたのよ」
「え? さっき? もしかして私の電話の前に乃愛と電話してた?」
「そうよ。だから知日路が電話かけてきたとき、最初は『またかけてきたの?』って思って取っちゃった」
それは全然不思議でもなんでもないことだった。
だって二人は付き合っているのだろうし、休日に約束をして出かけるなんてごく普通のこと。
知日路はそれまで浮かれてしまっていた気持ちに急に冷水をかけられたように感じて自分が恥ずかしくなった。
「そうだったの。ごめんね、時間をとっちゃって」
「なあに、今頃。迷惑だったらちゃんと言うんだから気にしないで」
「あの、漆。その……乃愛とは、いつも電話とかしてるの?」
聞いてしまってから少しまずいと思わなくもなかったが、知日路はできるだけ自然に質問をした。
即答するかと思ったら意外に漆は数十秒ほどの間をおいてゆっくりと答えを伝えてきた。
「そうね。ここのところは、よくかかってくるかな」
「あ! 別に、そんな。いいの、言いたくなかったら」
「なんで? 言いたくないわけないでしょ」
急に不穏な感じになってしまった。
知日路はやっぱり尋ねるべきではなかった、と思いつつも、同時に何か二人の今の関係がわかるようなことを言ってくれないかと待つ気持ちがあった。
「あのね、知日路」
「うん、何? 漆」
「別に、気にしないでほしいの。そういうの」
どういうの、だろう。知日路は次の言葉を待つ。
「私と乃愛が、どうであっても。知日路は友達でしょう?」
「………うん」
「あーーーーーっ! やっぱりこの話、やめ! 聞かなかったってことにして」
そこでバタバタ、と音がする。おそらく電話の向こうで漆が立ち上がって室内を歩き回っているのだろう。
「ところで明日の話なんだけど。楽器屋さんて、駅前のビルのところの他にこのあたりってどこかある?」
「一般的なギターとかベースとか扱っているところなら、その駅前のお店が一番大きいと思うわ。他にも中古やリペアを扱うお店とか少し郊外にいくつかあるのを知ってはいるけれど」
「そ、そう。なんだか乃愛が自信満々だったからちょっと気になって。ほら、乃愛が自信ありそうだとかえって不安になるっていうかさ」
「わかるかも」
一応の回復をしたと言えるだろうか、そこで近隣のお店についての軽い情報交換をして穏やかに電話を切った。
ふと知日路がベッドの上から窓の外を見ると、そこには先程まできらめくように輝いていた三日月に薄く靄がかかっていた。




