5.二つの嵐と明けない夜(石橋理緒子の寄稿)その1
調査部気象担当の石橋 理緒子です。
アニタ姐さんからご指名いただきました。
アニタ姐さん、火星の短歌、私はいいと思いますよ。特に二番目のやつ。
こういう何気ない感じが、短歌らしいと思いました。
ところで気象担当って何やってるの?って絶対誰か訊くと思うので、先回りして答えておきます。
火星は大気が薄くて乾燥してるから、雨も雪も降らない。霜は降りるけどそれは極地の話。じゃあ傘もコートも出番がないから天気予報なんて要らないよね、って思うかも知れないけれど、実はそうでもない。火星で予報が必要な自然現象は二つあります。それは砂嵐と太陽嵐。
砂嵐は、火星の南半球の春から夏にかけて、極冠のドライアイスが解けて気化し、気圧が上がることをきっかけに始まると考えられています。でも詳しい成因や発達のしくみは、未だに分かっていないことが多いの。そのために観測と調査を行うんだけど、それはそれとして、砂嵐を調べる一番の目的は、いつ、どこで、どれくらいの規模で砂嵐が起こって、どの程度持続するかを知ること。つまり予報。
なぜ予報したいのか。それは砂嵐が太陽光発電の大敵だから。
現在の「リトプス1」の動力はほぼ100%電力。その電気を安定的に作る手段は、今のところ太陽光発電だけ。風力は不安定だし、大気が薄いから出力も小さい。それに細かい砂が風車に入り込んで故障の原因になる。原子力?炉心を安定して冷やせる大量の冷媒なんかどこにもないでしょう。だから太陽光に頼るしかない。でも砂嵐が来ると、その大切な太陽光発電パネルを細かい砂が覆ってしまう。さらに、規模の大きい砂嵐になると、空を砂が覆ってしまい、肝心の太陽光自体を遮ってしまう。そうなると使える電力量が制限をうけるので、そうなる前に事前に知って対策をしておきたい。まあ、対策と言っても、フライホイール蓄電装置にあらかじめ蓄電するくらいしか出来ることはないんですけどね。
予報したいもう一つの嵐は、太陽嵐。太陽のコロナの一部が、巨大な磁気エネルギーを伴って火星に吹き付けてくる。火星には磁場がないから、この嵐は我々のコロニーを直撃して、いろんな機器に影響を与えたり、地球との通信が阻害されたりする。それに、それなりの量の放射線が降り注ぐから、私たちも外出が制限される。だから、いろんな活動が大きな制約を受けることになります。
そして半年ほど前、不幸にもその二つの嵐が同時に来てしまった。
太陽嵐による地球との通信途絶。
そして大規模な砂嵐で太陽光が遮られた、明けない夜。
二つとも事前にある程度の予測は出来たから、コロニーの電力マネジメントは蓄電モードになって、徹底的に節電しながらフライホイールに電気を貯め続けた。でも、蓄電容量も、時間の猶予も、どちらも少しだけ足りなかった。
(続く)